2.経過報告

文字数 1,618文字


2.経過報告

「おいおい、あいつらまたやってるぞ? マラソン大会」
食堂で久しぶりに遭遇した同僚から出合い頭にそう告げられてミロウシは苦笑した。
「今度はどっちだ?」
「ヒロアーキが逃げ回ってる。」
「うーん…」
「今朝おれが目撃したのはな。正面階段入口脇のエントランスの傘立てのそばにスグルが居たわけだ。」
「おう」
「そこへ遅刻寸前のヒロアーキがダッシュで走って来ましたよと。」
「あぁ」
「スグルに気がつくだろ?」
「だろうな」
「ダッシュの勢いのまま直角に曲がりやがって、遅刻ぎりぎりだってのに…建物外周わざわざ大回りして、裏門北口から入り直して、ロッカー無視して泥靴と私服のまま集合。」
「…おーい…。」
目に見えるような醜態に、苦笑して頭を抱える。
「まぁそれでもなんとか間に合うところがあいつの俊足なんだがな~…」
「そこで感心せんでくれ。」
喋りながらよいしょと斜め前の席に腰かけて手に持っていたトレーのAランチを素早くかっこみ始めた同僚にセルフサービスの冷水を注いでやりながら、ミロウシは言った。
「大体よ」
「おん?」
「あいつら、どー…っ! …見たって、…両想いだよな? 完全に。」
「だと思うが」
「なんでいつまでもあの調子なんだよ。いいかげんくっつけよ。ここに来てからだって、もう四~五年は経ってるだろうに。」
「俺に言わんでくれ…」
ミロウシはもうこれ何度目かなと思いながら嘆息して肩をすくめる。
「だっておまえら三人って幼馴染なんだろ?」
「いやちょっと違うぞ」
「え? 違うのか?」
「俺と広明はそれこそ卵のころからツレだが優に遭ったのは高校ん時。日系人の文化学習クラスの合同授業があってさ。地域の学校いくつか横断で」
「そうなのか。」
「しかも出会い頭のアッパーカット!」
「なんだそれ。」
「広明がなんか失礼なこと言ったらしくて」
「やりそう」
「頭ひとつ分くらい身長差あったのに優の右腕炸裂で広明の顎の骨が砕ける寸前」
「うひゃひゃ」
「以来、広明は、優の貞操観念がもんのすごく堅い!? …と、思いこんでてな~…」
頭が痛い。
「…え?」
同僚が本当に心底、キョトンとした顔をした。
「だってスグルってアレだろ? 日系人てより、あの《乱交猿》の血のほうが濃い…」
「…しゃらっぷ! それ差別用語だからな?」
「おうすまん。」
「俺はいいけど、他では使うなよ? 外交問題になるぞ?」
「済まんて。口が滑った。」
「あぁ。」



銀河時代も数百年と経てば星間移動もありふれた日帰り旅行になるが。
起源の異なる三つの人類が寄り集まってできたリステラス銀河連盟にはまだまだ色々と民族紛争だの人種差別だの階級闘争だの性犯罪だの人身売買だの…の昏くて長い歴史の傷跡が残っていたりする。
しかも人口の半分くらいが集積された遺伝子データの人工合成によって人為的かつ計画的に製造され補完されているような、自然出生率激減の時代になっても。…だ。
ヒロアキ・イダ=タカギ(和名:高木広明)とミローシ・アシガラヤマ・アダシガハラ(和名:足柄山美浪士)は、「日系おたく」と総称される固有文化保存財団からの定期発注で生産された「ほぼ純血」に近い和種と呼ばれる銘柄だが。
話題のもう一人ラウ・レ・ライ・リ=ス・グル(和名:兼高 優)は。
今どき珍しい、自由恋愛関係にある二人の異人種の精子と卵子を自然性交によってかけあわせてさらに自然出産された…混血人種。だった。
その母?親の血筋についてはなにかととやかく噂にされる、謎の多い少数民族である。
「…まぁとにかくオレはよ?」
さっさと平らげたトレーを片手に立ち去りかけながら同僚はのたまった。
「可愛いスグルちゃんの可愛いお尻をありがたくお借りしたことのある身としては、早く幸せになって落ち着いちゃってほしいわけだよ。…うん。」
いささかならず愕然としているミロウシに悪い顔でにやりと笑い、
「ヒロアーキには内緒な?」と、
言いおいて、同僚はさっさと逃げた。

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