10.猛獣襲来

文字数 2,337文字


10.猛獣襲来

「なんだおまえら知り合いか?」
昨日の盗掘集団襲撃事件を受けて。監視カメラの補修と増設のためさっそく増員された臨時スタッフを紹介しようとした途端の騒ぎに、所長は困惑した。
「えぇもちろん。私たち、婚約者でしたの ♪」
「…えぇっ?」
「嘘つくなッ! …おい信じるな優ッ!」
「…こ、婚約…?」
「だから違うって!」
「…ぅへぇ…。」
ミロウシは頭を抱えつつ、ごくごく常識的に事態の収集に乗り出した。
「所長。コイツはおれらと同じ大学でしたが、広明に対する度重なるストーカー行為の罪で公式に接近接遇禁止令が出されているはずですが」
広明の顔かたちはとりわけ整ってもなく普通だが。長身大柄でスポーツ万能、学業優秀にして女性には礼儀正しくそっけなく…(だって優にしか興味がないから!)という特徴が逆にうけて学生時代にミスター大学!に選ばれたことがあった。
その年のミズ大学!の称号を獲得した女に、一方的に…恋人宣言を、かまされた。
その後の非常識すぎる迷惑行為の数々と、とばっちりで優にまで被害が及んだため広明がキレて、正式に警察と裁判所に届け出たので公式資料には犯罪歴として必ず備考欄に記載がされている、はずだが。
「…いや? 必要書類一式は精査したが、どこにもそんな記載はなかったぞ?」
「そんなはずは…」
「あぁら、いゃあねミロ君てば♡ あれはもちろん、ヒロアーキがあの後すぐ訴えを取り下げてくれたのよ♪」
「してねぇッ!」
「…とりあえず、今日の担当はまったく別の場所だし、また天候が崩れる前にすぐに作業にとりかかってくれ。その件については改めて大学惑星府に問い合わせを出しておく。」
所長が言って、その場は収まった。…かに見えた。



その晩だった。
かなり長引いた残業が終わって遅い時間にひと風呂浴びた広明は、調理スタッフは帰宅した後の深夜帯のレンジ飯になってしまったなと嘆息しながら食堂へ足を運んだ。
すでに無人で明かりは落ちている。広明の気配をセンサーが拾って自動で点灯する。
自販機の前でどれを喰おうかと迷っていると、背後に不穏な気配を感じた。
「うっふっふ♪ うらぶれた背中も素敵~♪」
「げッ!」
ストーカー女に待ち伏せされた! 広明は固まった。
仕事が忙し過ぎてうっかり忘れていたし、疲れて腹も減りすぎていて、咄嗟にどう逃げたらいいものか…反応できない。
いきなり、女は、からだを投げ出すようにして膝まづき…
広明の、股間を、口で、攻めた…!
「…な…ッ! ちょ! …をい! やめろ…ッ?!!!!」
なにしろ敵娼は百戦錬磨の、「アタシもうヒロアキに決めた!」と勝手に宣言するまでは学内イケイケ乱交女の最高峰、「頼めばやらせてくれる美女!」ナンバーワンの称号をほしいままにしていた手練れの…お姉様である。
かといって女を殴りとばすわけにも行かず、途中まではまだ何かの冗談だと思っておたおたと後退をくりかえし、ついには壁際に背中と腰が当たってその反動のままずるりと床に下半身をひき倒され。
床に座って壁に背を預かる姿勢のまま進退きわまり困り果てる広明の、股間を銜えてしゃぶって握って離さず、しかも、攻略法が…
…う、…巧すぎる…ッ!
実はこの時この年齢に至るまで、高校一年で一目惚れした優を心底真実一路一直線に想うあまりにいまだ童貞であった広明の、経験値ゼロの柔らかい皮膚には、もはや抵抗のしようもなかった。
「………っ! …………すッ、すまねぇ…っ! …すぐるぅ…………ッ!!!!!」
びくんびくんと揺れながら絶叫して、ついには果てた。
その、呼んだ…名前に。
肉食獣は怒り心頭。その直前まではぜんぶ呑みこんであげよう♪ とか思っていた濃い液体をすべて吐き出し、その、ストーカー特有の一方的かつ多大にして肥大し腐乱した恋情とプライドの、傷ついた裏返しの勢いの…ままに、

がぶりと。



深夜の食堂に男の悲鳴が響き渡った。
ただごとならぬ騒ぎに、夜警が駆けつけてきた時。
血と精液にまみれた紅い唇を拳でぐいと拭きながら荒々しく立ち去るパメラの姿は。
どんな凶暴な豹よりも虎よりも、人喰いライオンよりも、怖かった…!
…と、男の夜警はその後たびたび魘されるほどの激甚な虎馬傷を受けた。
一人では運べなかったので警備管理室に事情を連絡して増援を呼び、だいじょうぶか、だいじょうぶかと、おろおろ同情しながら数人がかりで担架で広明を運んだ。
不幸にして、その深夜の医務室当直は妙齢の美人女医であった。
ばっくりと歯型がつき、深い噛み傷からまだだくだくと血を滴らせながら、ぶくりと膨れ、腫れあがり始めている若いイケメンの哀れな局部の治療を担当するという珍事に…
職務上(という好奇心の言い訳で)受傷に至った経緯を詳しくこと細かに、聞き出さざるをえず…
一部始終を聞いて、深く同情は(一応)したものの、…笑いだすことは止められず…
ぎゃはぎゃはと嗤い崩れる発作に必死で耐えようとしながらも思わずがくがくと震える手でもって、ざくざくざっくりと、まだ麻酔がろくに効き始めてもいない局部の傷口を縫われて…
響き渡る深夜の絶叫が三度四度と。
騒音に叩き起こされた物見高い見物客がなんだなんだと集まり。
…広明の受けた体の激痛と、深いまだら模様の心の傷は、さらに深刻なものになったのであった…。
その後パメラが医務室からの通報ですぐに性行為の強制と暴行致傷の罪名で逮捕され、即日解雇のうえ惑星外永久追放となったのが、唯一の救いではあったが。
痛みとショックで広明はしばらく起き上がることもできず。
ミロウシが命名したところの「良い子の優くん早寝早起き大作戦!」計画は。
陽の眼を見ずに、オワッタ。

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