6.天使と賢者

文字数 1,563文字


6.天使と賢者

「…ねぇミロウシ。ぼくちょっとお願いがあるんだけど…」
「お? なんだ?」
食後の一服の嗜好飲料をちびちび嘗めながら雨天の休日の午後を寮の談話室でのんびり動画雑誌など眺めて過ごしていたミロウシのところへ、勤務日だが昼休み中らしい優が、なんだかあまり見たことがないようなまじめに思い詰めた表情でやってきた。
「あのね。」
「うん?」
「…ミロウシのね。感情をね。…読ませてほしいの…」
「?」
何故そんなことを今さらわざわざ訊くのかそのほうが不思議だったが、触りやすいように黙って左手首の腹側を上に向けて出してやった。
たしかここを掌で握るのが一番相手の感情を読みやすいと言っていたはずだ。
「いい?」
「なんでわざわざ聞くんだ?」
「ぼく忘れてたの。聞かなくちゃいけないってこと自体を」
「あー。そうか」
「アーリーがちゃんと聞いてからテレパス使ってるのを見て思い出したの」
「あぁ。…だな。」
たしかにそこだけはちゃんと押さえてる。優に関してはどうだか知らないが、他の人間を相手に、断ってるのにむりやり脳をいじって性交渉に持ち込んだというようなトラブルは、聞いたことがない。
「ぼくだって学生時代はなるべく聞いてたと思うんだけど」
「あぁ」
「ここ来てから、なんかみんな…誰も、断らないから。」
「だな」
「なんでかな?」
「ここが植物園で、植物を相手にしてる奴って、心にウソが少ねぇからなんじゃないか?」
「…あ~! そうか!」
「植物なんてみんなエンパスだろ? 刈ったり世話したりしてる時、こっちの気持ちがダイレクトに伝わってる気がする」
「だね!」
「高校はよく知らねぇが、大学ん時はおまえのまわりは生きてる小動物の生態研究してるやつか、実験して解剖して標本つくって、遺伝子解析とか商業開発とかしてるやつ…」
「それだぁ!」
優は納得したらしく瞳が明るくなった。
「ぼく断られたのは後のグループの人たちばっかり!」
「イモリもイタチもイルカも、人間の嘘は見抜くだろ。それの世話が大好きだってやつらは、最初から嘘が少ねぇんだよ」
「…嘘ついてる自覚のある人が、読まれるのを嫌がるわけかー!」
…そこに今まで気がついていなかった優の鈍さもなかなかだ…。
苦笑してミロウシは動画の端末を閉じ、医者の検査でも受けるように両手首をそろえて出して優に触らせた。



「それで? おれの感情のなにが知りたいんだ?」
「うんとね… ぼくこれ今まで自分の能力だと思ったことがなかったの」
「うん?」
「ぼんやりとは解るけど… 他のちゃんとしたユーヴェリーたちみたいにクリアには見えてないみたいなの」
「そうなのか」
「だからどっちかってと劣等感もってて。あんまりこれ地球人には無い特殊な能力だって自覚なかったのね。」
「…ふん?」
「それからぼくは自分の感情のことも今まであんまりよく解ってなかった気がするの」
…なんとなく話の流れが見えてきた…
ミロウシは心臓が躍るのを自覚した。
「………? ミロ…、嬉しいの?」
「嬉しい方向性に進展してくれると嬉しいなー♡ …という期待の気持ちだな。」
「言葉にするとそうなんだ?」
「だと思う。」
「ふぅん…」
眼で読むわけではないと思うが、優は自分の両手で握ったミロウシの両腕を、じっとみつめた。
「あのね。だからぼくちょっとお願いがあってねぇ。」
「おう」
「ちょっと僕のこと、大嫌いだ!って、言ってみて?」
「なんだそりゃ」
「ためしに言ってみて?」
「おう。…えーと… 大嫌いだ! …ぞ?」
「だーうと!」
カードゲームのように、即座に優は笑って断定した。
「だなぁ」
「じゃあちょっとぼくのこと大好きだ!…って、言ってみてくれる?」
ミロウシの心臓は今度はあらぬかたに跳ね上がった。
おい待て。真正面からまっすぐ覗き込んできておいて、そんな酷な質問、するかぁ…?

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