5.事態悪化

文字数 1,349文字


5.事態悪化

「っ、…あのねっ! その前に!」
優がいきなり息をはずませて言った。
「この前は! …も! …ごめんなさいッ…!」
「…この前?」
聞いたのはミロウシだ。
言われた広明は固まっている。身には覚えがあるらしい。
「ぼく玄関なんかで待ち伏せしてごめんなさい! ストーカーみたいだよね! 遅刻させちゃってごめんなさい!」
「いや…あれは… 俺が… そもそも俺が!」
なんとなく、話の流れを覚って、不幸にして居合わせたその他三人が非常にばかばかしい気分になりそっぽを向いた。
「すまん! 本当にすまん! あんな場所であんなことを、いきなり!」
「…ううん…?」
きょとんと、小首をかしげる優の天然ぼけなかわいらしさは、ほとんど犯罪(誘発)級だ。
「ぼく驚いただけで。べつに嫌じゃなかったし。なにも言えなくってごめんなさい。
ああいう時は、なにか、気のきいた褒め言葉を言わなくちゃいけないんだよね?
地球式だと。
ぼくよく分らなくって。でもあれは暴力じゃなくて優しかったし。友達だからでしょ?
ぼく広明の心はあまりよく読めないんだけど、いっつも優しいし。
あの…地球人て、ほら、言葉は悪いけど『万年発情期』って体質だから。
いきなりいつでもああなるから、時々不便なんでしょ?
ぼく広明のことは大好きだから。いつもすごく救けてもらってばかりだし。
だから、いつでもぼくが必要な時は言ってね? …ぜひ。」
広明は、真紅になって、黄色くなって、青くなって、どす黒くなった。
心底まじめに真剣に本気で!
惚れて惚れすぎて、惚れぬきすぎて、手のひとつも握れないほどの、相手から。
「いつでも気軽にセフレに使ってね♪」
とか、言われて…
(そしてかつ「他のたくさんの男たちと同じように、」という意味合いで、…だ!)
嬉しい男が、はたしているんだろうか…? (いや、いない…)
「…違うッ! 違うんだ~ッ!!!!」
広明は哭きながら絶叫すると、ダッシュではるか彼方へと、再び走り去っていた…。



(あ~、ありゃまた外構一周フルマラソン走り切るまでは、戻って来ねーなー…。)
やはり実は幼馴染の親友が本気の本気で惚れている!という驚愕の事実に気がつく前までの、ごく限定的な期間のみの間柄では、あったが。
「可愛いスグルちゃんの可愛いお尻♪」に、しかも一度ならず、ありがたくも親しく繰り返しお世話になった時期があった、ミロウシとしては…
ただ困惑して、事態を見守るしか、なかった。
…だって十代の健全な地球人の、しかも日系男子に!
あの可愛い、性別のない、むしろ聖別されたとでも表現したくなるような、美しく繊細な白毛の兎耳に猫のような瞳の、美少女ではなく美少年でもありはしない、優しく礼儀正しい相手から。
「もしよかったら、いつでもお相手しますよ?」なんて、にっこり、微笑まれて…
そのありがたくも天の福音かと思わんばかりのお誘いをむげに断われるやつがいたら。
そのほうが、よっぽど…
ありえない、事態というべきだった。
(…広明くらいだろ…?)
ミロウシはため息をついて呆れたふりを装いつつ、実は内心で忸怩たるものは感じつつ…も。
役得役得♪
…と、喜んで優を(もちろん遠慮なんかせず、お姫様だっこで!)抱き上げて医務室まで、運んだ。

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