3.侵入者アリ

文字数 1,875文字


3.侵入者アリ

彼らの勤務先は観光地図上ではふつう「植物園」または「自然植生観賞公園」等とわかりやすく略称されてはいるが、たんに観光客への一般公開だけでなく、絶滅危惧種の保護育成から各星各地方の原生植相生態系の再現と保全、その観察報告や新種の発見、遺伝子解析から薬学応用までをもこなす人材の集まる総合的な研究機関を兼ねた複合野外施設のひとつである。
各地の原植生を正確に再現するとなれば当然ながら鳥や動物や昆虫や細菌も含めて面倒をみることになる。(それらに関する研究機関は近くに点在している。)
本人自身がリスタルラーナ星間連盟における最重要指定の絶滅危惧種な少数民族の出のうえに、さらに世界でただ一人の地球人との混血。という一種一個体の特別種である優が選んだ仕事は、同じ絶滅希少種たちの保護育成育種という、ある意味では自分で自分の観察記録も付けて暮らすような、重要だが地味で静かな職業だった。
怪我したところを保護して治療してけして餌付けはせぬよう気をつけて、回復と同時に野生(とはいってもそもそも再現合成したジオラマ公園内だが)に戻した藤色蝶紋鳥の雛のその後の様子を調べに行って、さあ戻ろうと思った時には時刻はだいぶ遅くなっていた。
深い森の中の一本道の隘路を通る。
通い慣れた職場のなかだが、今日は様子が違った。
「…?」
鳥や虫が(侵入者警戒)のコードを発している。
と、思った時には、自分が声をかけられていた。
「よーう。やっと逢えたなバニーちゃん!」
「遅かったじゃん。今日この時間にここで待ってりゃ逢えるって情報、ガセかと思ったぜ!」
瞬時に(危険!)と本能で悟ったが、努めて落ち着いた声を出してみた。
「誰ですか? ここは一般開放されていないエリアです。観光客のかたは侵入禁止ですよ!」
「かーわいい~♪ 声までか~わいい~♪♪」
囃したてる口調には、まともな会話は成立しない、という意思表示が含まれている。
「あんたがアレだろ? あの有名な。頼めば誰でもヤラせてくれるという、白兎バニーちゃん♪」
「…何の話ですか」
しらばくれるだけムダだとは思ったが、悪意ある無責任な噂を肯定する気もない。
まずいことに、この辺りの監視カメラは先日の嵐で壊れたままで、いまだに修理が終わっていない。
武器か退路はないものかと、優は焦りを抑えて内心必死であたりを見回した。
どこからどうやって森の奥まで入り込んで来たものか、襲撃者たちは十数人はいる。
若くて体格も金回りも良さそうな、そして品性と知性は最底辺に下劣そうな、いっそ定番と呼ぶべきチンピラたちである。
にやにやと下品な嗤いを浮かべて落ち着かない様子で腰をゆらゆら前後に揺すっているから、いまひとつ地球系人類の表情や感情や機微には疎い異星系ハーフの優にでも、その襲撃の意図は明らかだ。
「前ここで働いてたって奴の噂を聞いてさ~♪」
「可愛いスグルちゃんの可愛いお尻♪」
「頼めばやらせてくれるんだろ?」
「あんたの文化圏だと、セックスに誘われて、断ったら失礼なんだって?」
「誰でもオッケー? おっけーおっけー!」
「てことでみんなで『お願い』に来ましたー!」
「高かったんだぜー! ここまでの案内料!」
知るかい! 優は内心で絶叫した。
まただ。
また、みんなに、迷惑をかける…。



舗装された道幅は、作業用車両が一台通れるくらいで、この時間にここを通りかかる予定の車も人もない。
前後から挟撃されていて、走っては逃げられない。
…頭上は?
見上げれば、上から樹冠を見下ろす参観学習用の空中散策路が通ってる。
…あそこまで木登りして行ければ、通報用の非常電話があるな…。
咄嗟に跳びのいて、一番近づいてきてもはや腕を掴もうとしていた奴ら数人は日頃からこんな時のために鍛錬している護身術の基本通りに蹴り飛ばし殴りつけぶん投げて放り出して、それから飛びのいて小道の脇の沼地を走りぬけて樹上に!
飛ぼうと、した。
その足元に、絶滅希少種の七色イモリが泳いでた。
…踏んだら潰れる…!
とっさに足の位置をずらした。
みごとに転んだ。泥にまみれた。
げらげら、笑い声がわきあがった。
「ど~したの~? バニーちゃーん!」
「見かけによらず強いね~! おれ驚いちゃったよ~?」
ずるりと、腕を掴んでひきずり上げられ、
小道の上に押さえつけられ、四肢を開かれて。
勝手に服をはだけられ、ベルトをはずされ、下着を…
(暴力だ! …これは、友愛の行為じゃなくて…、暴力だ!)
がたがた震えた。
必死で叫んだ。
「…た、…救けて…ッ!!

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