第2話 東京サンダース

文字数 2,972文字

 NFLでここ数年最もホットな話題となっていたのは新チームの設立だった。
 そして来シーズンからいよいよ新チームが参入することが決まっている。

 NFLでは2007年から毎年ロンドンで公式戦を開催し、成功を収めて来た。
 そしていよいよロンドンに新チームをと言う機運が高まって来たのだが、リーグの均衡を保つ上でもうひとつの新チームの設立が検討された。
 第1候補となったのは、ロンドンと同じく毎年公式戦を開催してきたメキシコシティ。
 だが、サッカーの公式戦との兼ね合いでスタジアムの日程が取れずにその計画が日の目を見ることはなかった、NFLのチケットがメキシコシティの一般大衆には高価すぎることも一因、年に1試合ならば奮発出来ても8試合となると厳しい。
 第2の候補を挙げて行く上で浮上して来たのが上海と東京だった。
 中国や日本ではまだアメリカンフットボールは人気競技とは言い難いことは否めない、だが、アジアにおける市場開拓の拠点にしたいと言う思惑もあり、有力候補として議論されて来たのだが、どちらかと言うと大勢は上海に傾きかけていた。
 その東京が一躍最有力候補になったのは、オーナーになりたいと言うアメリカ人が名乗りを上げたからだ。
 その人物とはエドワード・タナカ。
 名前からわかるように日系人、三世に当たる。
 エドワードの祖父は戦後まもなくアメリカに渡り、そこで日本料理店を開いた。
 祖父の代では地元で人気のあるレストランと言う程度だったが、父の代に移ると規模は飛躍的に大きくなり、カリフォルニア州にチェーン店を展開するまでに至った。
 そしてフットボールチームを所有できるほどの企業に押し上げたのはエドワード。
 日本食ブームの潮流に乗って、全米で日本食レストランが乱立し始めたのだが、それらを一蹴する勢いを見せたのがエドワードだった。
 中国人、韓国人などが経営する、怪しげな日本食レストランでもそれなりに繁盛していたのだが、エドワードは傘下の各店に日本人シェフを招き、同時に日本人マネージャーも招いた、そして本物の日本の味と共にきめ細やかな日本式のサービスを提供することで人気を博したのだ。
 エドワードのチェーンは瞬く間に全米を制覇する一大外食産業にのし上がった。

 実はエドワードもNFL選手だった経歴を持っている、それもジムがQBコーチを務めていた時代のランダースで。
 体格とパワーには恵まれないエドワードだったが、3巡目でランダースにドラフトされると、ジムの薫陶を受けてめきめきと上達した。
 エドワードはスタンフォードの出身で記憶力も理解力も高い、ジムの指導をスポンジのように吸収し、3年目にはスターターの座を獲得、4年目のシーズンではチームを地区優勝に導きプレイオフに駒を進めた。
 だが、その試合でエドワードを悲劇が襲った。
 28-30で迎えた最終クォーター残り18秒、ランダースはハーフライン辺りまで攻め込んでいた、後15~20ヤードボールを進められれば逆転のフィールドゴールを狙える。
 その場面で、そこまで堅実にエドワードを守って来たレフトタックルが足を滑らせてDEを取り逃がしてしまった、エンドワードもそれに気づいてはいたが、タイムアウトは使い切っていてここで倒されたら終わりだ、投げ捨てることになってもパスを投げなければならない、素早いモーションで投げようとする右腕にDEの腕がかかり、肩が不気味な音を立てた……。
 ゲームには敗れエドワードは病院に担ぎ込まれた。
 診察結果は右肩の骨折。
 エドワードは手術を受け、厳しいリハビリに耐えて復活を目指したが、選手としての輝きを取り戻すことは出来なかった。

 だが、ジムから受けた薫陶はビジネスにも役立った、常に最良の結果を求めるためにあらゆる可能性を考えること、小さなリスクも見逃さずに回避すること、そして決してあきらめない事。
 それを胸にエドワードは祖父が興し、父が大きく成長させたレストランチェーンを全米規模にまで拡大することが出来たのだ。
 そんなエドワードが『東京にNFLのチームを』と言う動きに反応しないわけはない、フットボールを愛するアメリカ人として、日本を愛する日系人として、名乗りを挙げないわけには行かない、そんな思いでオーナーシップに名乗りを上げたのだ。
 

 そこから先は順調に物事が進んだ。
 本拠地は東京郊外の調布市にある東京スタジアムに決まった。
 東京では都心より郊外に人口が多い、基本的に日曜の午後試合があるNFLにとってはむしろ好都合なのだ。
 2002年のサッカーワールドカップに合わせて建設されたスタジアムなので飛び切り新しいと言うわけではないがよく整備されていて美しいスタジアムだ。
 収容人員は5万人強とNFLのスタジアムとしては少し物足りないが必要条件はクリアしている。
 サブグラウンドではしばしば大学の試合が行われているので、フットボールにはなじみがある土地柄だとも言える。
 ニックネームはサンダースと決まり、太鼓を背負った雷神を象ったロゴマークも決まった。
 チームを編成して行く段階に入って、エドワードは意中の人物に電話を掛けた。

「ハロー、ジム・ブラウンだが……」
「お久しぶりです、エドワード・タナカです」
「……」
「どうしました?」
「君が私に電話をして来ると言うことは……サンダースだろう?」
「ご名答です」
「私は3年前に引退してるんだがね……」
「もちろん存じていますよ、ですがあなた以上の適任者が他にはいないことも知っているんですよ」
「私は既に73歳だよ、まだ働かそうとするのかい?」
「日本にフットボールが定着するかどうかと言う局面なんですよ、フロンティアスピリットが騒ぎませんか? アメリカ人として」
「確かにそれは否めないが……」
「ランダースのGMとして常勝チームを維持していたご苦労は良く知っています、でも、全く新しいチームを作り上げることにはまったく違う魅力を感じませんか?」
「感じないと言ったらウソになるな……」
 そして、エドワードは『魔法の言葉』で止めを刺した。
「すべてあなたにお任せして、私は口をはさみません、どうか思い通りのチームを作ってください」
「非常に魅力的なオファーだな、麻薬のようだと言って良いくらいかもしれない、禁煙中のスモーカーの前で甘い香りのする最高級葉巻をくゆらせるような……ね……だが、返事は少し待って欲しい」
「良いですとも」
「期限は……」
「お任せしますよ、あなたはご自分でスケジュールを立てられる人だ」
「それは私がオーケーした場合だろう? 断ったらどうするね?」
「その可能性を考えていないもので」
 エドワードの声の調子は笑っているかのように軽いが、ジムは真剣にならざるを得ない。
 正直、やりたい気持は強い、しかし、思うようなスタッフを集められなければ、隠居生活を返上してまで地球の裏側に出来る新チームを引き受けることは出来ない。
「いや、やはり少なくともヘッドコーチの目途がついてからでないと引き受けるとは約束できないんだが」
「あなたなら相手が誰であれ口説き落とせると信じてますから」
「なるたけ早く返事をするようにするよ」
「良い返事を期待していますよ」

 電話を切ったジムは、それを置く間もなく登録してある番号にカーソルを合わせた。

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