第10話 プレシーズン・ゲーム

文字数 9,696文字

 
 プレシーズンゲームとは、日本のプロ野球におけるオープン戦のようなもの。
 週に一度しか試合がなく、1シーズン16試合制のNFLではプレシーズンゲームも4試合だ。
 スタジアムに有料の観客を集める以上中心選手も出場するが、とりわけ最初の2試合では中心選手は顔見世程度の出場にとどまり、主に若手選手のテストを兼ねた経験の場と言った要素が強い。
 
 キャンプを終えた時点で、評論家たちのサンダースへの評価はあまり高いとは言えなかった。
 かつてクリーブランド・ランダースに長い黄金時代をもたらした名GM、ジム・ブラウンが選手を集め、ジムの下で長くヘッドコーチを務めたビル・ミラーが率いるとは言え、サンダースは全くの新設チーム、既存のチームに比べてどうしても戦力的に劣ると見られていたのだ。
 ジムの人選に首をかしげる評論家もいる。
 特にスキルを要求されるポジションにベテランを配するのは良いが、選手として晩節を迎えている選手が多く、身体能力が要求されるポジションには前のチームでスターターに手が届かないでいた選手が多い、スタープレーヤーと言えるのはケン・サンダースくらい。
 そこまでは新規参入チームなので理解できる、しかし最重要とも言えるクォーターバックにリック・カーペンターと言うジャーニーマンを据えるとは……FA市場に出ていたクォーターバックは他にもいたし、ドラフトで指名したのも、3巡目以降が順当とみられていたティム・ウィルソン、かつての名GMも今や骨董品になったとまで酷評する者もいる始末だ。
 だが、極端な悪評を別にしても、少なくとも今年のサンダースはまるで1軍半のような陣容だと言うのが大方の見方だった。
 チームをタレントの集合体として見るならば、サンダースはあまり見栄えがしないのは確かだ、選手名鑑を見ればあまりなじみのない名前がずらりと並んでいる。
 だが、実際はその他の『一軍半』たちはジム・ブラウンが目を付けた選手ばかり、ジムが作ろうとしているのはタレントの集合体ではなく『チーム』なのだ。
 要所要所に配された大ベテランに残された選手寿命はそう長くはない、だが、ジムが集めた若手選手たちは、ある者は自分のポジションに規範となるようなベテランがいないチームで、必要なスキルを学べないでいた、またある者は自分のポジションに良い選手がいたせいで出場機会を得られずにいた、そんなポテンシャルを秘めた者ばかりなのだ。
 彼らにとって、追い越すべきベテランがいるチーム、出場機会を得られる可能性があるチームで、経験豊富なベテランのプレーを間近で見ながら過ごすことは大きな意味がある。
 ポジションを確保できていなかった選手にとって。NFLで長く活躍して来た選手は何が出来るのか、それを知ることは重要ではない、何をしようとしているのかを知ること、それが重要なのだ、そしてそれを理解できたなら、彼らはベテランに取って代わることが出来る能力を秘めた選手たちなのだ。
 フットボールに身を投じたからにはNFLの舞台に立ちたいと願わないものはいない、大半のポジションんでスターターが決まっていないと言うことは誰にでもチャンスがあると言うことだ、大きなモチベーションは選手を成長させるものだ。
 そして、キャンプで流した汗の成果が問われるのがプレシーズンゲーム。
 他のチームにおいてもプレシーズンゲームは若手のアピールの場だが、サンダースではアピールは出場機会に直結する、目の色が変わるのは自然なことだ。

 そんな若い選手たちの中にあって、ティム・ウィルソンはとび抜けた自信家だ。
 ドラフト順位が2巡目だったのは単純に身長の問題だと考えている、自分がそれを克服するためにどれだけ努力を払い成果を得て来たのか、自分の視点から見なければわからないだろうとも考えている。
 確かにあと4~5インチ背が高ければ、迫って来る相手のディフェンスライン越しにマークの甘いレシーバーを探すのは楽だし、パスに触れられることも少ないだろう、だが自分にはそれを補う機動力があると自負している、ディフェンスはかわせば良いのだ、何も密集の中でレシーバーを探さずとも、密集の外へ出てしまえば良い。
 リック・カーペンターのパス能力はリスペクトしている、教えを請えば的確なアドバイスを貰えるのもありがたい、だが、自分にはリックが出来ないことが出来ると言う自負がある。
 そしてリックは慎重に過ぎるとも考えている、勝利を得るためには、時にリスクも冒さなければならないと言うのがティムの考え方だ、そして自分はリスクを超えられると言う自信もある。
 ティムにとってリックは学ぶべきところの多い大ベテランだが、近い将来……それこそシーズン半ばには追いつき、追い越せる存在、そう捉えている。

 プレシーズンゲーム第1週のゲーム、先発したのはリック、ケン・サンダースもランニングバックの位置に入った。
 相手のキックオフはタッチバックになり、自陣25ヤード地点から始まったそのシリーズ、リックは2度のファーストダウンを更新したが、相手陣内に入ったサードダウン8ヤードでケンに投げたスクリーンパスは5ヤードのゲインに留まり、ファーストダウンを更新できずにパントで攻撃権を手放した。
 だが、ティムはそのプレーで大学時代からの盟友、ジミー・ヘイズが相手陣内25ヤード地点でフリーになり、『こっちだ』とばかりに手を挙げているのを見逃さなかった。
(ジミーに投げていればファーストダウン、上手くすればタッチダウンにもなったのに)
 ティムはそう考えていた、自分ならば迷わず投げていたと。

 ハーフライン近くからのパントは相手陣内10ヤード近辺まで飛び、リターンも封じて相手の攻撃は一度もファーストダウンを更新できずにパントで終わった、そして自陣40ヤード近辺から始まったサンダースの攻撃シリーズはまたも2回のファーストダウンを得て、飛鳥のフィールドゴールに繋げ、サンダースは3点を先制した。
 実際の所、リックにオープンになっているジミーが見えていなかったわけではなかった、だがジミーに気づいて動き始めていたセイフティにも気づいていたのだ、それゆえリックはケンにパスを投げた、ケンの個人技でファーストダウンが取れれば良いが、取れなくても押し込んだポジションからパントを蹴らせれば良いフィールド・ポジションでボールが得られる、リックはそこまで読んでいたのだが、ティムにはジミーしか見えていなかったのだ。

「ティム、次のシリーズから行くぞ」
 ビルにそう告げられてティムは気を引き締めた、概ね予定されていたプランだから驚きはしないが、プレシーズンゲームとは言えティムにとってはプロデビューなのだ。

 飛鳥のキックオフは相手を自陣深くに押し込んだものの、2回ファーストダウンを更新され、相手の好パントでサンダースは自陣5ヤード付近まで押し込まれてボールを得た。
 この位置からパスを投げるのは危険だ、サンダースはケンにボールを持たせて15ヤード進み、自陣20ヤードからのファーストダウン、ここでティムは初めてパスを投じた。
 盟友ジミー・ヘイズへのミドルパス、だが、相手のコーナーバックに阻まれた。
 カレッジでは楽に通っていたはずのパス、ジミーは体半分だがコーナーバックをリードしているように見えた、自分のパスもしっかりコントロール出来ていた。
 しかし、パスがジミーの手に収まろうとした瞬間、コーナーバックの手がぐっと伸びて来てボールをカットされたのだ。
(さすがにプロだな、楽には通させてもらえないか……)
 ティムはプロのレベルを痛感しながらもう一本パスを投じたが、今度はレシーバーが伸ばした手の先をボールが通ってしまい、失敗。
 サードダウン、10ヤードでもう一度パスを試みようとしたが、プロテクションが破られてしまってティムはスクランブルに出た。
 8ヤード走ってファーストダウンが見えたのだが、追って来たラインバッカーに押し出されてしまい、パントに追い込まれた。
 プロ初めてのシリーズではファーストダウンを更新できないままにサイドラインに戻ったティム、コーチには肩を叩かれただけ、リックもフィールドから目を離さずに何も言わない。
(まあ、今回は上手く行かなかったが、ミスしたわけでもない、次のシリーズで挽回すれば良いさ)
 ティムはその程度に考えていた。

 その後は相手が主力を下げて若手主体に切り替えたこともあって、ティムのパスも通り始め、試合は28対28の同点のまま残り約1分、サンダースは相手陣内20ヤード近くまで攻め込んでサードダウン残り3ヤード。
 コーチからの指示はランプレー、時間を消費してフィールドゴールで勝ち越し、残り時間を守り切って逃げ切ろうと言う作戦だ。
 だが、スクリメージラインに着いたティムは相手ディフェンスの隊形を見て、オーディブル(あらかじめ決めたプレーを変えること)に打って出た。
 パスに備えるべきセイフティがランを予想して上がり気味だったのだ。
「ハット! ハット!」
 カウント2でオフェンスが動き出し、ディフェンスが対応する。
 ティムは真っ直ぐドロップバックせず、右へと走った。
 当然相手はティムに向かってラッシュして来る、ラインバッカーに襲い掛かられそうになった瞬間、ティムはパスを投げた。
 ターゲットはジミー、大学時代からコンビを組んでいた彼はティムの意図を察して相手ゴール前10ヤードで急ブレーキをかけ振り向く、ティムのパスもそのタイミングを予想して投げられたものだった。
 ジミーをマークすべきコーナーバックの対応は一瞬遅れ、パスをキャッチした彼はコーナーバックが走って来るのと反対の方向へとターンしてそのままゴールへ駆け込んだ。
 タッチダウン!
 試合はそのままサンダースが35対28で勝利し、プレシーズンゲームとは言え、初陣を勝利で飾った。

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

「実際上手く行ったでしょう? 相手はタイムアウトを2つ残していたし、フィールドゴール圏内まで攻め込まれる可能性もありましたよね? でもあそこでタッチダウンを取って置けばフィールドゴールでは追いつけない、僕は勝利に貢献したつもりですが」
 試合後、ティムはビルに呼ばれて、何故プレイを変えたのかを訊かれた。
 とがめるような口調に、ティムは少し反感を持った。
「結果的には確かにそうだ、だがプレシーズンゲームとは言えサンダースには初陣だから確実に勝ちたかった、だからあの場面ではランで行ってフィールドゴールに結びつけようとしたんだ、あの距離なら飛鳥は確実に決めてくれる、ランが出なくても相手はタイムアウトを一つ使わざるを得ないから逃げ切れると踏んであのプレーをコールしたんだ、それにケンをオープンに走らせれば3ヤードは取れると踏んでいた、相手のラインバッカーは中央に集中していたからな、ファーストダウンさえ取れればタイムアップ寸前までニーダウンを続けて、あとはフィードゴールを決めれば良いだけだ」
「オーディブルが気に入りませんか?」
「オーディブル全てを否定するつもりはない、だが、あの場面ではやるべきではなかった」
「タッチダウンを取っても?」
「そう、タッチダウンを取ってもだ」
「わかりました、次からはプレーコールに従います」
 ティムは不満そうにそう言って部屋を後にした。
(ティムは少し時間がかかるかもしれんな……)
 ビルはため息をついた。
 自信家なのはわかっていた、だが現時点ではまだ『過信』だ、勝利のためにどうするのがベストなのかをまだ完全には理解できていないようだ、自分がチームを引っ張って行くと言う気概は歓迎だが、それが上手く行かなかった時チームメイトの信頼を失うことまでは考えていないらしい、おそらくこれまでのフットボール経験の中でそんな事態に陥ったことがないのだろう……。
(ジムはここまで読んでリックを取ったのかな……だとしたらさすがの慧眼だ)
 そして、その頃、別室ではジムが腕組みをしていた。
(やはりリックを取って置いて良かった……)と。

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

 プレシーズンゲーム第2戦もリックが先発してティムが後を引き受ける形で勝利、ティムのレイティングは90を超え、80そこそこだったリックをはっきりと上回った。

 プレシーズンの第3戦、ハーフタイムまでリックが出場し、14対10とリードしてティムに引き継いだ。
 ティムもパスとランでひとつづつタッチダウンを挙げたものの、ディフェンスは踏ん張り切れずに28対31とリードを許して2ミニッツウォーニング(注)を迎え、サンダースは自陣35ヤード地点で攻撃権を得た。
 プレシーズンゲームを通して、サンダースはランを多用する攻撃を見せていた。
 ケン・サンダースは期待通りのパフォーマンスを見せてくれた上に、ドラフト7巡目に指名したクリス・デイビスが予想外の活躍ぶり、ジムの眼力をもってしても『予想をはるかに超える掘り出し物』だったのだ。
 スピードとパワーを兼ね備えたケン・サンダース、変幻自在なクリス・デイビス、大型でパワフルなゲイリー・パーカーと言う異なる個性を持つ3人のランニングバックに加え、クォーターバックのティムも走れるとあってはそれを止めるのは難しい。
 だが、このシチュエーションではサイドライン際へのパスを多用するのが定石、ティムもそんなことは百も承知だったのだが……。
 ティムはジミー・ヘイズ、バリー・二ルソンへとパスを投げ分け、敵陣40ヤード付近までボールを進めた、あと10ヤード進めばフィールドゴール圏内、15ヤード進めれば飛鳥はまず外さない。
 そして次のプレーコールも左サイドのバリーへのパス、だがレフトタックルの外側からパスプロテクションが破られた、パーカーは大柄でパワフルだがスピードはない、相手のディフェンスエンドは防いだものの、その外側からストロングセイフティが回り込んで来たのだ。
 ティムは右側へとスクランブルしながらレシーバーを探した、右サイドにはジミーがいるはずだ。
 ジミーはコーナーバックを振り切れずにいたが、ティムがスクランブルするのを見て急ブレーキをかけた、カレッジ時代に何度もチームのピンチを救ったランバックのパターンだ、ティムもジミーが戻ってくれることを見越してパスを投げた……が。
 プレシーズンとは言え勝利がかかったこの場面、ジミーをマークしていたのはリーグでも屈指のコーナーバックだった。
 彼はジミーの動きを察知してストップをかけると、ジミーの前に走り込んでボールを手中に収めた。
 インターセプトだ。
(しまった!)
 ティムはタックルしようと飛び込んだが、右手で押しのけられてしまい、コーナーバックがゴールに向かって独走する後姿を見送ることしか出来なかった。
 28対38、1タッチダウン、1フィールドゴールに点差を拡げられ、ゲームの勝敗はそこで決した。

 うなだれてサイドラインに戻ったティムだったが、指揮官のビルは肩を叩いて出迎えただけだった、リックもフィールドから目を離そうとしない、ティムはヘルメットも脱がずにベンチに座ってうなだれることしか出来なかった。

 翌週のプレシーズン最終戦もリックが前半プレーし、10-10の同点でティムに引き継いだのだが、ティムは散々な出来だった。
 明らかに空いているレシーバーがいるにもかかわらずサイドライン際のパスを投げて失敗し、自分で走れば10ヤードや15ヤード取れそうなケースでもパスターゲットを探すのに必死でせっかくラインが作ってくれた穴を生かせない。
 それをサイドラインで注意されると委縮してしまい、楽に通せるはずのパスが短すぎてインターセプトを食らい、挙句にはパスのターゲットを慎重に選びすぎてサックを浴びてしまう……。
 オフェンスがまるで前進できないとディフェンスの負担が大きくなり、守り切れなくなる。
 第4クォーター半ばで10-31と大きく引き離され、ビルはティムを下げてリックをフィールドに戻した。
 するとオフェンスの歯車は再びかみ合い、タッチダウンを奪うと、ディフェンスも奮起して相手を抑え込む。
 最終的には17-31と大差での敗戦となったが、悪い流れは何とか断ち切って、開幕まで暗い気持ちで過ごさなければならない事態だけは免れた。
 
▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

「あの場面、あなただったらどうしましたか?」
 リックがシャワーから出ると、ティムが待ち受けていた。
(来なすったな……)
 リックは内心ほくそ笑んだ。
『あの場面』とは第3戦の大詰めでインターセプトタッチダウンを奪われた場面に違いなかった。
 第4戦での大乱調は、前の試合でプロの怖さを思い知った結果、どうして良いかわからなくなったのだとリックは見ていた。
 それゆえにリックはこれを待っていたのだ、『あなただったらどうしましたか?』を。
 自分から学ぼうとしなければ教えたことの半分も身につかない、だが、今ティムの頭の中はリックから学びたいと言う気持ちでいっぱいだ、こういう時に学んだことはしっかりと身に着くものだ。
「裸じゃなんだから、着替えたらメシでも一緒に食わないか?」
 リックがそう言うと、ティムは大きく頷いた。

「あの場面な、俺だったらサイドラインぎりぎりを狙っただろうな、レシーバーにチャンスがないと見ればサイドラインに投げ出す」
 それが定石だ、それが最もリスクが小さく、成功の可能性も高いから定石なのだ、だが、それくらいのことはティムだって百も承知のはずだ。
「ただ、あのコーナーバックはリーグ屈指の選手だよ、並みのコーナーバックならパスをカットするのが精いっぱいだし、それ以下なら通っただろうな」
「でも、実際にインターセプトされてリターンタッチダウンを決められました、プロでやって行くからには彼の様なコーナーバックを相手にしなきゃいけないってわかってます」
 その通りだ、それがわかっているのは望ましい、だが、問題は『だったらどうするか』なのだ、もっともリックにも確実な答えはわからないのだが。
「そうだな、だけど俺にも彼の様に優秀な選手を出しぬく事は出来ないのさ、だからジャーニーマン止まりなんだ、君は俺を、そして優秀なディフェンスを超えて行かなくちゃならないし、それだけの能力はあると思う、ビルは君を予想より良いと言ってるよ」
「それは予想の方が低かっただけですよ」
「おいおい、君はまだルーキーなんだぜ、最初から何もかもうまくいくはずがないじゃないか……俺ならあの場面では定石どおりにやることしか出来なかっただろう、でも、フィールドに立っていたのは君だ、俺にはいくつかの可能性が見えてたよ」
「それはどんな……?」
「一つは切り返して左に走ることだな、左からセイフティが漏れて来てたと言うことはバリー・二ルソンはダブルカバーされていなかった可能性が高い、バリーはサイドライン際のキャッチが上手いし高さではコーナーバックを上回ってた、彼にしか取れない高さに投げればリスクも少ない、だが、これは俺にも今の君にも出来ない、俺の足とクイックネスではセイフティに捕まっちまう、君なら逃げ切れるかもしれないが、サイドライン際で高さ勝負となれば柔らかいタッチのボールを正確に投げる必要がある、そこはまだ君の課題だな」
「確かに……」
「もうひとつはあのままランに切り替えることだな、ラインバッカーが追って来ていたが、君なら振り切れたかもな、俺は君ほど速くは走れないから正確には判断できないが可能性は感じた、俺には出来ないプレーだよ、俺ならサイドラインを割って時計を止められたかどうかも疑わしい、だが君なら最低限そこまでは出来たはずだ、振り切ってサイドライン際を走っていたらファーストダウンを取って、なおかつ時計を止めることも出来たかもしれない」
「それは考えました、でもジミーの動きを見て……」
「クォーターバックとワイドレシーバーの間で阿吽の呼吸が存在するのは良いことだよ、でも味方のレシーバーに釣られちゃいけないんだ、ジミーの仕事はディフェンスを振り切ってパスをキャッチすること、それに専念していればいいが、クォーターバックは試合を作らなきゃいけないからな……ジミーにもまだまだ学んでもらわなくちゃいけない、彼も目の前でインターセプトを食らってショックを受けてるだろうと思うよ、自分の動きが拙かったんじゃないかってね、よく話し合うと良い……それとバリーをもっと生かすことだ、スピードとクイックネスならジミーだが、バリーのスキルは君を助けてくれるぞ、それが三つ目の選択肢だ、あの時、バリーは君が右に走ったのを見て真中に切れ込んで来ていた、ディフェンスを振り切れてはいなかったが、腰くらいの低いボールでもバリーなら捕れないことはない、一方でそこまでのキャッチスキルを持っているコーナーバックはいないよ、カットするのが精一杯だ、カットされてもそれは単なるパス失敗だ、サイドラインに投げ出すのと同じことさ」
「なるほど……でも瞬時に良くそこまで頭が回りますね、俺には真似できそうにない……」
「俺は身体能力が低いから頭で補うしかないのさ、大学時代からそうだったよ、上級生のプレーを見てあれは俺にもできる、あれは出来ない、だったらどうしたら良い? っていつも考えてたのさ、君は大学時代無敵だったからその習慣が身についていないだけさ、、一朝一夕にできるものじゃないが、気を付けていれば少しづつ身に着くものだよ、だが気を付けていなければ一生身につかない。 俺の真似をしようなんて思うなよ、俺には出来ないことが君には出来るんだからな、リスクを恐れているばかりでは得るものもない、だが一つの判断ミスがチームを勝利から遠ざけてしまうことも常に頭に入れておかなくちゃならないんだ」
「難しいですね……」
「そりゃ難しいさ、俺も良く自分の判断を後悔するよ、どんな名クォーターバックだって判断ミスは犯す、それが少ないか多いかの問題なんだよ」
「わかりました……色々とありがとうございます」
「いいんだ、まあ、俺はそう大した選手じゃないがね、よく12年もプロでやって来られたと自分でも思うよ、あと何年出来るか俺にもわからないが、俺が伝えられることは全部君に伝えるつもりだ、なるたけ早く俺に引導を渡してくれよ」
「引導を渡すだなんて……」
「いや、良いんだ、そろそろ潮時かと思っていたところに思いがけずジムから声がかかって、日本で最初のチームに参加できたんだ、自分では内向的な男だと思っていたがやっぱりアメリカ人だったんだな、開拓者になるってのは他に代えがたい魅力だった、だが開拓はひとりで出来るものじゃない、一緒に開拓を進めようとしている仲間にならなんでも伝えるさ……さあ、話はこれくらいにしてメシにしようじゃないか、明日には日本に出発だ、日本でもアメリカ流のメシは食えるらしいが靴の底みたいにでかいステーキはなかなかないらしいぜ、日本のプロ野球にいる俺の友達がそう教えてくれたよ、もっとも彼は日本食を勧めて来るがね」
 リックとティムは『靴の底みたいにでかい』ステーキを平らげた後も、閉店まで粘っていくつものプレーについて話し合った。
 第一戦でフリーになっているように見えたジミーに投げなかった理由、それを聞いたティムはその判断力に圧倒された、そしてその経験値と判断力を惜しみなく自分に伝えてくれようとするリックに尊敬の念を抱くようになった。
 

注)2ミニッツウォーニング
 プロ特有のルール、前後半残り2分になったところで自動的にオフィシャルタイムアウトとなり自動的に時計が止まる。
 逆転のチャンスを多くするという狙いがあるが、TVCMタイムであることもまた否めない。
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