第12話 転機

文字数 4,008文字

 シーズン16試合のちょうど半分、8試合を消化した時点でサンダースは4勝4敗。
 同時に創設されたロンドン・エクスカリバーズが1勝7敗と苦しんでいるのと比較しても、新設チームとしては上々の成績と言える。
 ここまでの総得点は192、失点は216、得失点差はマイナスだ、それでも勝率5割、接戦をものにしているのがわかる、特に本拠地東京での4試合は3勝1敗、NFC西地区での順位も2位タイ、8戦全勝で首位を行くシアトル・シーガルズには水を開けられているものの、今後の成績によってはワイルドカードでのプレイオフ進出も射程外ではない。
 
 サンダースとエクスカリバーズはその移動の負担を考慮してホームで2連戦、アウェイで2連戦と言う具合にスケジュールを調整され、次は2週間ぶりに本拠地に戻っての試合になる。
 そして、シーズン中に1週だけある、試合のないバイ・ウィークもこの週、主力は怪我の治療や疲れを取るための軽い調整でバイ・ウィークを過ごすのだが、まだ出場機会の少ない若手にとっては、後半戦へ向けて腰を落ち着けて練習できる機会でもある。
 ティムももちろんその一人だ。
 サブグラウンドでの試合形式の練習、リックは簡素なスタンドの最上段に陣取ってティムの動きを見守っていた、フィールド全体を見渡すためだ。
 まだ習得しなければならない技術も多いものの、それ以上に判断力がどれくらい磨かれているかチェックするチャンスであり、ティムに取っても助言を受けられるチャンスなのだ。

(ちょっと拙いな……)
 それがリックの率直な感想だ。
 ティムの視野は拡がっていると思う、以前には甘かったディフェンスバックの位置や動きの把握がかなり最善されていてリスキーなプレーはかなり減っている。
 それは良いのだが、ティムの持ち味も影を潜めてしまっているように感じるのだ。
(教えるというのは難しいものだな……)
 そうも思う。
 以前のティムは自信家で、リスクを冒してもビッグプレーを狙うことがあった、そんな無謀さが影を潜めているのは良いことなのだが、同時に思い切りも悪くなってしまっているように見えるのだ。
 ティムはピンチの中でも一筋の光明を見出せる、勝敗の分かれ目になるビッグプレーの可能性を見出せると言った、嗅覚としか言いようのない能力を持っているはず、それはクォーターバックと言うポジションにあって、ある意味身体能力よりも重要な能力なのだ。
 その嗅覚を発揮できないならば、ティムは少し走れるだけのクォーターバックでしかない、それでは控えレベルだ。
 パスプロテクションが破られた場合、早い段階でランに切り替えてしまっているのも気がかりだ、走るのか投げるのかわからない状況であればディフェンスは両方に備えなければならないが、ランと見切ってしまえば思い切ってタックルに来られる。
 かつてリックからポジションを奪ったウィルはランニングバックとしても通用する走力があったが、ティムにはそこまでの走力はない、ティムのランが有効なのは走りながらでも正確なパスを投げられる能力と思い切りの良さがあればこそなのだ。

 練習がひと段落すると、リックはフィールドに降りて行った。
「どうでした?」
 ティムも真っ先にリックに歩み寄る。
「何と言ったらいいのかな……言い方が難しいんだが…………俺の生涯勝率は4割そこそこなんだ、6勝10敗かせいぜい7勝9敗ってとこだ、だから俺の真似をしてちゃだめだ」
 ティムは怪訝そうな顔をした。
 師とも仰ぐ人にそう言われようとは……。
「俺が君に勝ってるところはパスのコントロールと経験だよ、逆に君が俺に勝っているところは何だ?」
「足と……若さですか?」
「そう、それと勝負所を見逃さない思い切りの良さなんだ、無理なプレーをするなと言っておいて思い切り良くプレーしろと言うのもおかしな話だとは思うが……だがNFLはフットボールの最高峰だ、そこで一流と認められるには無茶と思い切りをきっちり分けなけりゃいけない……俺は無茶もしないが試合の流れを変えるようなビッグプレーも出来ない、だからジャーニーマンなんだ、もう少し思い切りがあれば良かったのかもしれないが俺にそれはない、怖がりなんだよ、これはもう性格としか言いようがない、身体能力もたいしたことないしな、その代わり常に確率を天秤にかけながらここまでやって来た、俺から確率を学ぶのは良いが、自分の良さを殺しちゃ何にもならない……わかるか?」
 ティムは戸惑ったような表情を見せている。
「思い切りの良さ……そうだな、嗅覚と言っても良いかも知れないな、君にはピンチに陥っても一筋の光を見いだせるセンスがある、自ら道を拓く能力もある、それを生かさない手はないだろう? 俺ならどうするかを考えるんじゃなくて、君のアイデアを生かすべきなんだ……だがひらめいたプレーが上手く行くかどうか、そこは瞬時に見極めなきゃいけない、それには経験が必要だ、君が俺から学ぶべきなのはその見極めだよ、一つ一つのプレーで自分ならどうしたかを考えてみろ、そしてなぜ俺がそのプレーを選択したのか考えてみてくれ、わからなければ質問しろ、サイドラインでもいいし、試合後でもいい、俺は出来る限り答えるから、その答えと自分ならどうしたかを照らし合わせてみてくれ、俺には出来なかったが君にならできることが沢山あるはずだ……ゲームってのは生き物だ、人間がやってるんだから当たり前だよな、流れってものはあるし、勝負所ってのもある、君にはそれを引き寄せる力がある、俺にはなかった、そこが一流と二流の差なんだよ、わかるよな?」
「あなたが二流だとは思いませんが、あなたを超えなけりゃいけないってことはわかります、そうでなければ俺は控えのままだ……わかりました、心がけてみます」
「まあ、抛っておいてもそのうち君に追い越されて引退するだろうがね」
「そんなこと……」
「いや、膝はもうガタガタだし、アキレス腱にも古傷がある、幸い右の肩とか肘に大きな故障はないが、気温が低いと肋骨も痛むんだ……一生松葉杖をつかなきゃならなくなる前に引退するさ、だからこそ君には全てを伝えてからフィールドを去りたい、そう思ってるんだ、正直、昨シーズンが終わった時にそろそろ潮時かなと思ったくらいでね、でもそんな時にジムから声をかけられた……俺も新しいチームを一から作る、日本にフットボールを根付かせるって仕事に抗しがたい魅力を感じたんだ、その仕事は君に受け継いでもらわなきゃいけないからな」
 ティムは何も言わずに頷いただけだったが、リックはその目の光を頼もしく感じた。

 第9戦目の相手は今シーズン苦しんでいるニューオリンズ・ジャズ。
 少し前までは名クォーターバックがオフェンスを引っ張り、その得点力の高さで黄金期を築いたチームだが、エースが引退してしまうとハイパー・オフェンスは鳴りを潜めてしまった、元々ディフェンスが強いチームではなかったが、オフェンスが振るわないと相手に良い位置でボールを渡してしまうことが多くなりディフェンスも踏ん張り切れない、思うように得点を挙げられない上に失点は増える一方、今季は8戦全敗と全く振るわない。
 このゲームでも、ジャズのディフェンスはサンダースの誇る3人のランナーを止めることに躍起にならざるを得ず、時折混ぜるリックのパスはことごとく通る、そしてパスに気を取られればケンとクリスがディフェンスを切り裂く。
 前半を終えてサンダースは28対3と大きくリードを奪い、スタジアムを埋めたファンも躍動するサンダースに酔いしれた……が、後半開始早々、そのスタンドが凍り付いた。
 左サイドから漏れて来たディフェンスタックルから逃げながらサイドラインへパスを投げ出したリックだったが、何もかも上手く行かない試合に苛立っていたディフェンスエンドは、リックが完全にボールを手放しているのも関わらず過剰な力でリックに背後から襲い掛かって来た。
 レイトタックルに加えてラフィング・ザ・パッサー、かなり悪質な反則だった。
 パスを投げ捨てた時点で気を抜いていたからたまらない、ディフェンスタックルにのしかかられたままフィールドに叩きつけられたリックは、右肩が不気味な音を立てるのをはっきりと聞いた。
(くそっ……この大事な時期に)
 激しい痛みの中でリックは思った、右肩の負傷が軽いものでないことはわかる、少なくとも今シーズンはもうパスを投げる事は出来ないことを覚悟しなくてはならないだろう。
 いや、今シーズンに限った話ではない可能性も大きい、満足にボールを投げられるようになるまでに2年、3年とかかるようならば選手生命にも終わりを告げなくてはならないかもしれない。

 そのシーンを間近で見たティムはカッとなって相手に掴みかかろうとしたが、ビルに止められた。
「リックがゲームに戻れなければお前が代わりを務めずに誰がいると言うんだ!」
 ティムは一瞬立ち止まると、ビルの目を見て頷き、横たわったままのリックの脇に膝をついた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫……じゃないみたいだ、だいぶ拙そうだよ」
「そんな……」
「後は任せる、日本に灯ったフットボールの灯を消さないでくれよ」
「僕には荷が重すぎますよ」
「君を置いて他にはいないんだ、まだプレーオフに進める望みはある、日本のファンにプレーオフの緊張感を味わって貰いたい、それには君の力が必要なんだ……自分を信じるんだ、わかったな?」
「……はい……」

 リックが担架で運び出されて医務室に向かう、ティムとしてはリックの状態も気にかかるが、ゲームは待ってくれない。
 リックに悪質タックルを仕掛けた選手は厳重な警告を受けた上で退場、更に15ヤードの罰退、自陣40ヤード地点からのオートマチック・ファーストダウン。
 ティムはヘルメットをかぶるとフィールドへと走り出し
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