第4話 リック・カーペンター

文字数 2,929文字

 ジム・ブラウンとビル・ミラーが新生サンダースの骨格作りを進めている頃、リック・カーペンターはまだ引退か現役続行か決めかねていた。
 もっとも、このままオファーがなければ自ら選択する余地もなくなるのだが……。
 彼は自意識過剰な自惚れ屋ではないが、プロで12年やって来られたと言う自負はある、ジャーニーマンとて求められるから旅を続けて来られたのだ。
(旅先で野垂れ死にか……)
 思わず自嘲気味に鼻で笑ってしまった。
(まあ、それも運命か……ここまで旅を続けて来られただけでも大したものさ、目的地がどこなのかもわからない片道切符の旅だったがね)
 そう考えようとするが、やはり一抹の寂しさと悔しさは感じずにいられない。
(まあ、くよくよしても始まらないさ、人生がここで終わるわけじゃない、リセットして再出発するんだと思えばそれも悪くないじゃないか……)
 とりあえず夕飯でも食って来ようとコートを手にするとスマホの着信音。
「ハロー、リック・カーペンターですが」
 もしや新しいオファーか? と思って通話ボタンを押すと電話の向こうから聞き覚えのある声……。
「私だよ、ジム・ブラウンだ」
「……驚きましたよ」
「君がそう思うのも無理はないな」
「ええ、お話しするのは10年ぶりくらいですからね、どんなご用ですか?」
「『元気かい?』と聞くだけのために10年ぶりに電話すると思うかい?」
「それはそうですね、なんとなくわかりますよ……でもランダースのGMは3年前に勇退されたはずですが」
「確かにね」
「……トウキョウ・サンダースですか?」
「ご名答」
「トウキョウでまたGMを?」
「ああ、エドワードに口説かれてね」
「なるほど、ミスター・タナカがどうあなたを口説いたのか想像がつきますよ」
「ほう?」
「『新しいチームを一から作り上げてみませんか?』……そんなところでしょう?」
「ああ、しかも『口ははさまない、思い通りのチームを作ってくれ』とまでね」
「なるほど……そこまで言われればあなたは断らないでしょうね、たとえ地球の裏側に出来るチームでも」
「まあ、我ながら呆れるがね……話と言うのは他でもないんだが」
「ひょっとして、オファーを頂けるんですか?」
「その通り」
「控えクォーターバックとして?」
「いや、スターターとしてさ、君の力を高く買っているからね」
「10年前には見限られましたけどね」
「そのことについちゃ弁解するつもりも謝罪するつもりもないよ」
「いや、言葉が過ぎました、謝るのは俺の方です、その後のウィルと俺を比べればあなたの判断が正しかったことは証明されています、片や殿堂入り確実な名クォーターバック、片やしがないジャーニーマンですからね」
「しかし、今獲得できる可能性があるクォーターバックの中では君が一番だと思っているよ、去年のシカゴと同じ条件ではどうだい?」
「悪くないお話ですね……でもまっさらの新チームのクォーターバックが俺みたいなジャーニーマンで良いんですか? 俺の生涯勝率は4割かそこらですよ」
「それは常に君が問題を抱えているチームに呼ばれるからさ」
「サンダースは問題を抱えていないと?」
「ああ、問題は抱えていないよ、まだ何も積み込んでいないからね」
「ははは、確かに……まっさらなチームですからね、サンダースには希望しかない。 でも俺は下降線をたどってますよ、まっさらなシャーシにポンコツのエンジンを積むおつもりですか?……エキスパンションドラフト(新チーム創立の際、既存チームから選手を指名して譲り受ける制度、一定数の重要な選手には保護をかけて指名を避けることは可能)で誰かを獲得できる見込みは?」
「有能なクォーターバックにプロテクトを掛けないチームなどないさ」
「FAでは?」
「その中で最初に君に声をかけているんだが」
「ドラフトでは? ドラフト候補には有望なクォーターバックもいるでしょう?」
「正直に言おう、ドラフトではティム・ウィルソンを指名するつもりでいるんだ」
「なるほどそれはあなたらしい、ジョニー・ラッセルは眼中にないと言うことですね?」
 ジョニー・ラッセルはカレッジ・フットボールのスーパースター、10年に一人の逸材とも言われるクォーターバックで今年のドラフトの目玉だ、だが、確かにその身体能力は10年に一人かも知れないが『お山の大将』的な性格や奔放すぎる言動を指摘する評論家も少なくない、リックも彼の『フットボール脳』には懐疑的な見方をしている。
「そのティムと言うのはどんなクォーターバックなんです?」
「とびぬけた強肩ではないし背も君より少し低いくらいだからあまり注目されてはいないがね、機動力があってクレバーなクォーターバックだ、だがスターターを任せられるようになるには2~3年はかかると踏んでいる。まずは経験豊富なクォーターバックが必要なんだ」
「……なるほど、寄せ集めで発足する新チームがあなたの思い描くようなチームにまとまって行くにも2~3年はかかるでしょうね、俺はこの10年で8チームを渡り歩いて、その都度チームのシステムに合わせてやってきましたからね、そんな経験を持っているクォーターバックはそうそう居ない、新チームが軌道に乗るまでのつなぎにはもってこいなわけですね」
「それを否定はしないよ、だがそれだけじゃないさ、君はチームを勝利に導くには何をすべきか、どうしたらより勝利に近づけられるかを判断できるクォーターバックだからな、チームにはその考えを浸透させなきゃならん、そのためにも君が欲しいんだ、つなぎではなくてチームの基礎を作る手助けをして欲しい」
「高く評価して頂いているのはわかりましたし、光栄に思います、でも実のところ引退も考えているんですよ」
「まだ34だろう?」
「来月には35になります……正直に言って、毎年住む街を変え、毎年違うチームメートやヘッドコーチとプレーし、ブルドーザーみたいなディフェンスラインに追いかけ回され、毎年違う医師に膝を診てもらい、毎晩鎮痛剤を飲んで眠りにつく生活には少々疲れたんですよ」
「引退か……選手に与えられている数少ない自由の一つだからな、君がそうしたいと言うならば引き留めることはできないよ、だが、まっさらなチームを率いる魅力は君も感じているんじゃないか?」
「そうですね……確かに魅力はあります……しかし地球の裏側に出来るチームですからね、フットボールだけじゃなくて生活面でも不安を感じないわけではありませんよ」
「それも否定しない、生活環境は大きく変わるだろうし移動も長距離になる、だが私はそれでもこの仕事に魅力を感じてるんだ」
「俺も魅力を感じないと言ったらウソになりますよ……でもお返事するまでに少し時間を頂いても?」
「ああ、構わないよ」
「一週間、いや5日以内には……あまり引っ張るとお断りしづらくなりますからね」
「わかった、色良い返事を期待しているよ」
「気持ちが固まり次第電話します、この着信番号で?」
「ああ、そうしてくれ」
「では」
「ああ、またな」

(日本か……)
 電話を切ったリックはしばらく考えてからもう一度電話を取った。
 日本のことはごく一般的に知られていること以外何も知らない。
 だが、話を聴ける相手がいるのだ。
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