第9話 キャンプ・イン

文字数 4,610文字


 ルーキーキャンプが終わり、早くも参加していた選手は半分近くまで減っていた。
 ドラフト指名選手や他チームでポジション争いをしていた選手はあらかた残ったが、ドラフト外の選手や元のチームからカットされた選手でここまで生き残れるのはほんの一握り、そこにはジムやビルが温情を挟む余地はない。
 そしてベテランも全員参加の正式なキャンプが始まった。
 生き残り組も合わせてキャンプに参加している選手は80名だが、開幕時に登録できる選手は53名、ベテランと言えども開幕まで生き残れる保証はない、ここからさらに生き残り競争が始まるのだ。
 そして、新しいチームであるサンダースのキャンプインは他のチームとは少々様子が違う。
 既存のチームであれば、いかに選手の入れ代わりが激しいNFLのチームと言っても顔見知りが多く、新しく加入した選手でもその輪の中に入って行けば良い、だが、新設チームであるサンダースでは、どの選手にも顔見知りはほとんどいない。
 そんな中にあって、ジャーニーマンたるリックは数多くの選手と共にプレーした経験を持っている、ある意味潤滑油的な役割も期待されているのだ、実際にはあまりあけっぴろげな人間ではないのだが……。

 背番号13番の練習用ジャージに袖を通す。
 所属チームが変わるごとに背番号は変わるのが常だが、リックは13番をつけることが多い、ルール上は49番までの番号をつければ良いのだが、NFLでは基本的にクォーターバックは一桁か10番台を付けることになっている、その中で13番は敬遠されがちなので空いていることが多かったのだ。 
 リックは無神論者と言うわけではないが敬虔なキリスト教徒と言うわけでもない、ジャージの色が変わっても出来るだけ同じ番号を付けることを優先して来た結果だ、そしてサンダースではどんな番号でも選べたのだが彼は迷わず13番を選んだ、それはもう自分のアイデンティティの一部になっているのだ。

「やあ、リック、元気そうだな」
 聞き覚えのある声……振り返ったリックはすぐに笑顔になった、真っ先に声をかけて来たのはジャクソンビル時代に一緒にプレーした、センターのマット・ゴンザレスだったのだ。
「やあ、そっちこそ」
 マットとは気が合い、よく一緒に食事もした仲だ、その頃はまだ日本人妻を持ってはいなかったが。
「日本でプレーできるなんてラッキーだよ」
 マットは奥さんの影響もあって大の日本びいき、日本ではまだアメリカンフットボールが定着しているとは言えないことも念頭にない様子だ、もっとも、そんな楽観的な性格が慎重居士のリックと正反対で却って気が合うのかもしれないが。
「リック、またよろしくお願いします」
 昨季もチームメートだったレフトタックルのデビッド・コールも声をかけて来た。
 体が大きくて顔もごついので一見強面だが、その実生真面目で大人しい男なのだ、それはプレーでも同じで、もう少し荒々しく奔放な部分があっても良いくらいなのだが。
「ミック、ジャスティン、君たちを敵に回さなくて良くなったのはありがたいよ」
 ピッツバーグの鉄壁守備を支えた二人、ミック・ハウアーとジャスティン・グレイにはリックから声をかけた、チームメートになった経験はないが、同地区のチームに2年在籍していたのでピッツバーグとは4回対戦して全敗している、その頃からは8年経っているが、この二人が味方なのは有難いと言うのは本音だ、特にグレイの巨体に押しつぶされなくても良いのはありがたい。
「リック、先日はアドバイスをありがとうございました」
 ティムも挨拶に来た、ワイドレシーバーのジミー・ヘイズも一緒だ。
 そうやって核のようなものができると他の選手もそこに加わることで顔見知りになって行くことができる、とりわけマットは根がフランクな上に日本通でもあるのですぐに人気者になった、プレーの起点となるスナップを出すセンターに人望があるのは望ましい傾向だ、彼を失ったジャクソンビルのキャンプは少し雰囲気が暗くなっているのではないかと心配になるほどだ。
 そして彼以上に日本通であるケン・サンダースの周りからも人が途絶えることがないが、何と言っても日本人である和田飛鳥は常に質問攻めにあっていると言っても良いほど、新チームへの期待もさることながら、誰しも地球の裏側の日本でプレーすると言うことには不安を抱えているのだ。
 リックもジョシュから得た日本の情報を誰かれとなく伝えた。
 そうやって数日のうちにチームにまとまりが見え始めた、全くの異郷に行くと言うことはある意味連帯感を持ちやすいのかもしれない、同じ移民船に乗り合わせたようなものだ、キャンプはフレンドリーな良い雰囲気で進んだ。
 もちろん練習は厳しいものだし、チーム内での競争は予断を許さない。
 新規チームであるサンダースには『昨年のスターター』は存在しない、他チームで実績がある者でもサンダースで同じとは限らない、逆に実績がゼロ、あるいはごく少ないものでも良いパフォーマンスを見せられ、チームにフィットすると見なされればポジションが得られるチャンスも転がっている。
 そして73歳のジムも精力的に連日スタンドに陣取って目を光らせている、いつ『明日から来なくてもいい』と言われてもおかしくないのだ。
 
 ジムはチームを編成するに当たって要所要所に大ベテランを配した。
 選手として晩節を迎えている彼らはエキスパンションドラフトやFAで獲得しやすかったばかりではない、彼らも全くの新天地でプレーするとなればモチベーションを高く維持できる、即戦力として期待しているのだ。
 そして、選手としての寿命は先が短いとしても若手の手本となることが出来る、その上追い越すべきチーム内ライバルとしても見ることも出来る、若手の成長のために不可欠な存在なのだ。
 
 ディフェンスチームは特にその傾向が強い。
 サンダース・ディフェンスはどう贔屓目に見てもタレント揃いとは言い難い。
 ビッグネームはディフェンスタックルのグレイとミドルラインバッカーのハウアーのコンビ、そしてフリーセイフティのウッドくらいのものだ、しかも彼らとて全盛期は過ぎている、ドラフト一巡、全体二位のルイスは才能豊かなラインバッカーで、サンダースディフェンスの核となるべき存在だが、まだプロでの経験値はゼロだ。
 だが、大きな穴も見当たらないのも事実、ジムのFA戦略は堅実で的確なもの、どのポジションを取っても平均点はつけられる選手がそろっているのだ。
 だとすればコンビネーションが肝となる。
 そこに大きな影響力を持つのがグレイ、ハウアー、ウッドの3人なのだ。
 彼らは若い選手たちを時には怒鳴りつけ、時には褒め称え、そして勇気づける。
 2週間ほどするとチームとしてのまとまりも見えて来た、ヘッドコーチやディフェンスコーディネーターの指導だけで実現できることではない、全盛期を過ぎているとはいえ、要所要所にベテランのビッグネームがいることが大きい、ジムのチーム作りの妙だ。

 オフェンスに目を向けると、やはりティムが目立つ。
 実戦形式の練習となると、リックはパス失敗が目立つのに対してティムは速いパスをビシビシと決め、プレーが崩れてもその脚力でピンチをチャンスに変えられることを早くも証明し始めている。

「ティムは予想以上に良いな」
 スタンドに陣取ったジムがビルに声をかける。
「そうですね、身体能力的には期待通りですが、思い切りが良いし、センスは予想以上ですね」
「そうだな……」
 会話の内容だけ聞けば、ティムが開幕戦からスターターの座についてもおかしくないように聞こえる、だが、2人の声の調子を聴けば100%満足しているわけではないことがうかがえる。
「リックは順調だな」
「ええ、さすがに今やるべきことをわきまえてますよ」
 一方、あまり調子が上がっていないように見えるリックには満足している様子だ。
 その理由はプレーの内容だ。
 ティムのパスは大学時代からの盟友であるジミー・ヘイズに集中している。
 リックはレシーバー陣だけでなくランニングバックのケンやルーキーのクリス・デイビス、そしてフルバックのゲイリー・パーカーにと投げ分けている。
 それもディフェンスを振り切れていないレシーバーへのパス、サイドライン沿いへギリギリのパス、フィールド中央へ低目のパスと難しいシチュエーションを選んで投げているのだ。
 これまでも新しいチームに加わる度に、リックはレシーバー陣の能力を見極めなくてはならなかった、それはサンダースでも同じことだ。
 球際の強さ、競り合いの強さ、キャッチスキルの高さ、それを見極めなくてはレシーバーを生かせないからだ。
 ランニングバックへの横パスは通って当たり前の易しいプレイだが、パスが通っただけではゲインは見込めない、キャッチしてからのランが重要なのだが、当たりに強くて短いヤードを確実に稼いでくれるランニングバックもいれば、当たりには弱いが抜け出せればビッグゲインに繋げられるランニングバックもいる。
 リックは通って当たり前、ゲインして当たり前のパスよりも、困難な状況で使えるプレーを探し、リスクの大きいプレーを見極めようとしていたのだ。
 
 そんな中、ドラフト7巡目で指名したランニングバックのクリス・デイビスが『化けた』。
 クリスは駿足で機敏なランナーだが170㎝70㎏と小柄で軽量、それゆえドラフトではあまり注目されていなかったのだが、リックからのスクリーンパスを受けているうちにディフェンスの動きを見極められるようになったのだ。
 大学時代、彼はパスキャッチがあまり得意ではなかった、ボールを確保するよりも先に走ることを考えてしまう傾向があったのだ。
 しかし、リックからボールをまず確保するように繰り返し注意され、スピードを落としてでも確実にキャッチするように心がけると、そのことによってディフェンスが良く見えるようになったのだ。
 大学時代はスピードこそ自分の生命線と考えていたのだが、『止まる、捕る、見る』そう自分に言い聞かせてプレーしてみると、ディフェンスがどう動こうとしているのかが良く見えるようになった、それが読めたら逆の動きをすれば良い、そうやってスクリメージラインをすり抜ければ後は自慢のスピードで振り切れば良い。
 そもそもクリスのような軽量でスピードのある選手は、ショートヤーデッジを確実にゲインすることなど求められていない、失敗すればロス、成功すればロングゲイン、それで良いのだ。
 パワフルなランが必要な時にはフルバックのゲーリー・パーカーがいるし、何よりオールラウンだ―のケン・サンダースがいる、あまり強いとは言えなかった大学時代のチームではオールラウンダーであることが必要だったが、プロでは自分の特徴を生かす事さえ考えれば良い、そのことを100%理解して、自分を生かす方法も見つけたのだ。
 そして、同じ事を本業のランでも心がけるようになると、ディフェンスの前でスピードを落とし、かわしてスクリメージをすり抜け、その後一気に加速すると言うスタイルを確立することが出来た。
 そうして、彼は一躍サンダースの秘密兵器に名乗りを上げたのだ。
 ベテラン陣の調整はまだまだ半ばだが、若い力が伸びて来た状態で、サンダースはプレシーズンゲームを迎えた。
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