第14話 大詰め

文字数 8,473文字

 第16週、ここまでバイウィークを挟んで15戦を戦ったサンダース。
 戦績は9勝6敗、リックが負傷離脱した試合は前半の大量リードのおかげで何とか逃げ切り5勝4敗としたサンダースだったが、ティムはそこからの6試合を4勝2敗で乗り切った、新人クォーターバックとしては文句のつけようがない出来だ。
 そしてプレイオフ進出の望みもまだ絶たれていない。
 NFC西地区の優勝はここまで14勝1敗のシアトル・シーガルズで確定しているが、サンダースにもワイルドカードによるプレイオフ進出の可能性が残されているのだ。
 
 プレイオフ進出に向けて、まず求められるのが最終戦に勝ってシーズン成績を10勝6敗とすること。
 対戦相手は同地区内で同じく9勝6敗のロスアンゼルス・エリーズ、地区2位の位置を確保するには勝利もしくは引き分けが絶対条件になる。
 だがそれだけでは充分ではない、各地区2位のチームで現在勝率トップなのが北地区のシカゴ・グリズリーズ、成績はここまで11勝4敗、地区優勝してもおかしくない好成績で既にワイルドカードでのプレイオフ進出を決めている、そして2つめのワイルドカードに最も近いのがダラス・レンジャースの10勝5敗。
 サンダースはシーズン中レンジャースに勝利しているので、10勝6敗で並んだ場合はサンダーズが2つ目のワイルドカードを得られる、ただしレンジャースが勝つか引き分けるかした場合は勝率で及ばない。
 レンジャースの結果次第と言っても、最終戦に勝たなければ可能性はない、サンダースの面々はまなじりを決して敵地ロスアンゼルスに乗り込んだ。
 エリーズには今シーズンホームでの対戦で接戦の末勝利しているが、その試合では相手守備のキーマンでありディフェンスキャプテンのミドルラインバッカー、ワトキンスが脳震盪プロトコルのために欠場していた。
 NFLでは選手の健康確保のためにドクターから脳震盪と診断されると次週の試合には出場できないルールがある、ワトキンスを欠いたエリーズディフェンスにはサンダースの誇るラン攻撃が有効でボールと時間をコントロールしたサンダースはスコアこそ20-14と接戦ながら、リックらしい堅実な試合運びで勝利をものにした。
 だが元々エリーズは強力ディフェンスを誇るチーム、ワトキンスが出場するこの試合は前回のようには行かないことはわかっている、ただし、この試合では進境著しいティムが先発、サンダースオフェンスはより多彩な攻撃力を得ている。
 ただ、NFLではアウェイチームは一つのハンデを背負うことになる、12人目のディフェンスとも言われるファンの存在だ。
 フットボールではクォーターバックが相手ディフェンスの隊形を見て、プレーを変えたり選手の位置を修正したりすることがままあるのだが、スタジアムを埋めたファンは相手の攻撃の際、大きな声を上げてその指示を伝えにくくする、最も『うるさい』スタジアムとされたカンサスシティでは飛行機のジェットエンジンにも匹敵する大音量を記録するほどだ。
 エリーズの本拠地は屋根つきで収容人員も7万人と多く、カンサスシティに次いで2番目に『うるさい』スタジアムだと言われている、下馬評ではエリーズ有利とされているのも頷ける。
 だが、もちろんサンダースに負ける気など微塵もない、必ず勝ってプレーオフに望みを繋ぐんだと言う気迫に満ちていた。
 もっともプレーオフ進出に燃えているのはエリーズも同じ、いずれにせよ接戦、激戦になることが予想された。
 
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 エリーズのディフェンスはここまでリーグ最少失点、喪失ヤード数を見ると特にランに対して一試合平均82ヤードと圧倒的な数字を残している。
 リーグ最高と評されるディフェンスタックル・スミスを擁する強力ラインが相手オフェンスラインを押し込み、ワトキンス率いるラインバッカー陣が嗅覚鋭くボールキャリアに襲い掛かる、いかに優れたランナーと言えども思う様には知らせては貰えない。
 パスに対しても一試合平均200ヤードを切るリーグで3番目に少ない喪失ヤードを誇り、インターセプト数も最多を誇るが、ビルはディフェンスバック陣はそこまで優秀ではないと見ている、強力なライン、ラインバッカー陣がパッサーに対して常に圧力をかけられるのでアグレッシブに守れるのが強みになっていると分析しているのだ。
 一方でオフェンスは安定していない、ここ数年クォーターバックを固定できておらず、多彩なランニングバック陣を擁してはいるが絶対的エースは見当たらない。
 エリーズの戦力とサンダースの戦力を考え合わせれば自ずとゲームプランは導かれる。
 ティムのモバイル性を最大限に生かし、短いパスを繋げて行くと言うものだ。
 だがそれは相手も当然予想できるプラン、勝利のためには相手を混乱させられる『何か』が欲しい……サンダース・オフェンスはその準備を進めて来た。
 一方ディフェンスは相手オフェンスの分析を基に微調整するだけ、むしろハウアー、グレイ、ウッズらベテラン勢の蓄積疲労が心配材料となるが、3人とも思いの他体調が良い。
 それには日本をホームにするサンダースならではの秘策があった。
 それは『温泉』
 東京スタジアムがある調布市周辺にはいくつかの温泉施設がある、飛鳥の提案でベテラン勢は温泉で疲労回復していたのだ。
 とりわけ皆が気に入っていたのは隣町の小高い丘にある温泉施設、そこでゆっくりと湯につかってこわばった筋肉をほぐし、併設されている中華レストランでバランスが良く旨い食事をとりながら、ゆったりした時間を過ごしてリフレッシュを図っていたのだ。
 ロスアンゼルスのホテルでも各々バスタブに湯を張り、日本式の入浴を楽しんでいた。
 こればかりはジムやビルも知らない、ベテラン勢が元気な秘密だ。

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 ロースコアの展開が予想されるゲームだったが、予想に違わず前半は9-7とサンダースリードで終わった。
 サンダースの得点はフィールドゴール3本、ゲームプラン通りに早いタイミングで短いパスを通して前進するものの、相手陣内20ヤードに入ると中々前進できなかったのだ。
 相手陣内20ヤードの内側は『レッドゾーン』と呼ばれる。
 そこまで進めればフィールドゴールで得点できる可能性は高い、正確なキックを身上とする飛鳥を擁するサンダースであれば、スナップミス、ホールドミスがない限り100%に近い。
 だが守る側からすれば、守るべきエリアが狭く済むことになる。
 後方に広いエリアがあれば一発タッチダウンに繋がるミスは避けなければならないが、エンドゾーンまで20ヤードしかないとなればかなり思い切ったプレーも出来るのだ。
 それをこじ開けてタッチダウンを奪えるかどうか、そこはオフェンスの見せどころであり、サンダースも平均以上にレッドゾーン内からのタッチダウンを挙げているのだが、エリーズの強力ディフェンス相手だとそう簡単にこじ開けられない。
 ゴール前3ヤードまで迫った攻撃もあったのだが、強力ラインの前にランが封じられ、ティムの機動力を生かしたパスも試みたが、サックを浴びてタッチダウンに至らなかったのだ。
 一方、エリーズの攻撃も、シーズンを戦う中で向上して来たサンダース・ディフェンスに阻まれて思うように進めない。
 ジムが構成したディフェンス・チームには元々大きな穴はない、ビッグネームはベテランの3人とドラフト全体2位のデイブ・ルイスくらいだが、それ以外の選手も他チームのスターターよりも能力が劣っていたわけではなく、様々な事情で出場機会が得られていなかった選手たち、初めてのシーズンを戦って来る中で向上してきている。
 しかもジムが目指したのはタレントの寄せ集めではなくチームとして機能するディフェンス、少々前進を許しても要所をしっかり締めるディフェンスで隙を見せず、タッチダウン1本に抑えて来たのだ。
 その1本もサードダウン・ロングでイチかバチかのロングパスが通り、そのままエンドゾーンまで走り込まれたもの、ビルもディフェンスが引き裂かれたと言う印象は抱いていない。

 後半に入ると、エリーズはクォーターバックを代えて来た。
 前半プレーしていたのは、あまり高いレベルとは言い難いが安定したプレーを見せるベテランだったが、オーソドックスに攻めていてはサンダース・ディフェンスをこじ開けられないと見て、多少粗削りではあるが、身体が大きく肩がめっぽう強い若手に切り替えて来たのだ。
 最初のプレーは相手陣内25ヤード地点から一気にタッチダウンを狙うような超ロングパス。
 コーナーバックはワイドレシーバーに体一つ抜かれていて、パスが通ればそのままタッチダウンと言うプレーだったが、パスが少し長過ぎて事なきを得た、しかし60ヤードを軽々と投げられればコーナーバックはレシーバーとの間を取らないわけにはいかなくなる。
 するとミドルパスが通り始め、サンダースはレッドゾーンまで押し込まれた。
 サンダース陣内17ヤード地点からの攻撃は止めてフィールドゴールに追い込んだものの、サンダースは9-10と逆転を許してしまった。
 
 相手キックオフはタッチバックとなり、サンダース陣内25ヤード地点から後半最初の攻撃、サンダースは前半隠しておいた秘密兵器を繰り出した。
 Iフォーメーションからフルバックのゲーリー・パーカーが中央付近を衝く、リーグ屈指のディフェンスタックル・スミスがすぐさま反応すると、ティムは一旦ゲーリーに渡したように見えたボールを引き抜き、右オフタックル付近を自らのランで衝いて行く、相手ディフェンスエンドはゲーリーへのフェイクに引っかかっていたものの、ラインバッカーがティムに迫る、タックルされると見えた瞬間、ティムは斜め後ろを走っていたケンにピッチ、ケンは迫って来たセイフティをハンドオフで押しのけるとサイドライン際を駆け上がって行った。 25ヤードのロングゲイン。
 サンダースがこの試合に備えて練習して来たプレー、トリプルオプションだ。
 フルバックにそのままボールを持たせる、自分で走る、ランニングバックにピッチする、3つの選択肢をクォーターバックが判断して行くのでこの名がある。
 クォーターバックに瞬時の判断力が要求されることと、ボールセキュリティが甘くなりがちなことからプロではあまり使われないが、70年代後半から80年代初頭にかけて、カレッジでは隆盛を見せたプレーだ、ティムは大学時代にこのプレーを得意としていた。
 ただし、カレッジではファンブルしたボールはリカバーするだけだが、プロではボールを拾ってそのまま走っても良い、更にプロではボールにヘルメットで当たってはじき出す。タックルしながらボールを掻き出すと言ったファンブルを誘うためのプレーが徹底されているので、オプションはリスキーなプレーだとして敬遠されている、だが極端に反応の良いエリーズのディフェンスライン、ラインバッカー陣はフェイクにかかりやすい傾向がある、事実、今のプレーはビッグプレーとなった。
 ビルはリスクが大きいこのプレーを多用するつもりはない、だがこのプレーがあることを見せつけておけば相手ディフェンスの反応を鈍らせることが出来る、それが大きな狙いなのだ。
 実際、目に見える効果が出始めた。
 ゲーリーにせよ、ケンにせよ、パワーのあるランナーが中央を衝いても前半はほとんどノーゲインに終わっていたのだが、2ヤード、3ヤードと進むようになった、そしてそのプレーをフェイクにしてティムがボールを持って走り出せばランとパスの両方をケアしなければならない、更に最後尾を変幻自在のクリスが走っていればセイフティはレシーバーをダブルカバーすることはできない。
 サンダースのラン攻撃は息を吹き返し、相手レッドゾーンに入ってもじわじわと押せるようになった、そうなればパスへの対応は甘くなる、相手陣内7ヤードからの攻撃で、ティムはゲーリーへのハンドオフ・フェイクを入れて右へ走り、セイフティが自分に向かって来るのを見定めてジミー・ヘイズにパスを通して、この日最初のタッチダウンを奪った。
 そして、ここでビルは2点コンバージョンを指示した。
 
 フットボールではタッチダウンを奪うと6点が与えられ、追加で一回限りの攻撃権が与えられる。
 キックを選択した場合は15ヤード地点からのフィールドゴールとなり、これは95%くらいの確率で成功する、通常のプレーを選択した場合は2ヤード地点からの攻撃となり、成功すれば2点が与えられるが、守るべきエリアが狭いために成功率は低い。
 それゆえキックを選択するケースが圧倒的に多いのだが、得失点差によっては成功率が低いことを承知の上で2点を狙いに行くこともある。
 タッチダウンの6点を加えて、15-14とサンダースのリードは1点、1点を追加しても16-14、フィールドゴールで逆転可能な点差に留まる、だがここで2点を奪えば17-14となりフィールドゴールを奪われても同点止まり、しかもポイント・アフター・タッチダウンではファンブルリカバーやインターセプトがあってもそこでプレーは止まり、相手に得点されることはない、トリプルオプションならば2ヤードを取れる可能性は高く、しかもリスクはない。
 
 2ヤード地点からIフォーメーションでの攻撃。
 ゲーリーに中央を衝かせるが、2ヤードを取るには最も可能性が高いこのプレーにはスミスとワトキンスが即座に反応する、ティムはゲーリーからボールを抜き取って右に走りながらパスの構えを見せた、するとラインバッカーとセイフティが体重を後ろにかけた、パスに備えてバックするためだ。
 ティムはその挙動を見逃さなかった、姿勢を低くしてもぐりこむようにエンドゾーンに飛び込んで行く、ラインバッカーにのしかかられるように潰されたものの、ティムの膝が地面に触れた時、既にボールはエンドゾーンの中、審判の両手が高々と上がり、サンダースは2点を追加し、17-10とリードを広げた。

 その後もロースコアの展開は続いた、サンダースは息を吹き返したラン攻撃と短いパスで着実に前進する、エリーズ・ディフェンスに要所を締められてタッチダウンは奪えないものの、敵陣30ヤード近辺まで進めば今日好調の飛鳥がいる、飛鳥は更に2本のフィールドゴールを決めてエリーズを突き放しにかかる。
 しかし、エリーズもまたプレイオフがかかった大事な試合、剛腕クォーターバックのパスで攻め込み、サンダース・ディフェンスがレッドゾーンで踏ん張る展開、フィールドゴール3本を挙げられて23-19と追いすがられた。
 
 そして第4クォーター、サンダースはファーストダウンを更新できずにパント、エリーズ陣内30ヤード付近から残り48秒でエリーズの攻撃。
 ここへ来て2点コンバージョン成功が効いて来た、エリーズはフィールドゴールの3点では追いつけずタッチダウンが必要な状況、逆にサンダースはタッチダウンさえ奪われなければ逃げ切れる。
 残り時間との勝負になり、エリーズはパスに頼らざるを得ない、ファーストダウンはパス失敗、だがセカンドダウンでフィールド中央付近へのミドルパスを通され、ハーフウェイ付近まで進まれてしまった。
 エリーズのファーストダウン、エリーズはタイムアウトを使って時計を止め、残り時間は36秒。
 ファーストダウン、セカンドダウンはサイドライン際へのパスが続けて失敗。
 そしてサードダウン、サイドライン際は読まれていると察したエリーズはタイムアウトを使うことを覚悟の上で、フィールド中央へのミドルパスを狙って来た。
 それに反応したのはベテランセイフティのチャーリー・ウッズ。
 タッチダウン阻止のためにレシーバーとの間を広めに開けていたのだが、クォーターバックの視線が中央に固定されたのを見て取り、間を詰めてパスカットを狙いに行った。
 パスはやや高めに浮き、ジャンプしたレシーバーとのボールの取り合いとなった。
 身長ではレシーバーに劣るウッズだったが、後ろから助走をつける形になっていたのが功を奏して高さは互角、そして身体の方向が勝負を分けた。
 ボール進行方向に対して後ろ向きとなってジャンプしたレシーバーと進行方向に向かってジャンプしたウッズ、ウッズの手が僅かに前に出た。
 インターセプト! この瞬間に勝敗は決した。
 二―ダウンで時間を消費するサンダースに対し、エリーズは残り2個となったタイムアウトを取って抵抗するが、サードダウンでティムがニーダウンするとエリーズの抵抗もここまで、サンダースの選手たちがサイドラインから両手を高々と突き上げてなだれ込んでくる中、時計は00:00を表示した。
 
 大事なこの一戦をものにしたサンダースの目は液晶スクリーンに釘付けだ。
 そこには各地の試合経過・結果が映し出されている、もちろん気になるのはダラス対マイアミの試合、同じ時刻にキックオフされているがラン攻撃の多いサンダースの試合は少し進行が早くダラスでの試合はまだ終了していない。
 現在スコアは28対26でダラスのリード、どちらが攻撃中なのかわからないがスコアには『4Q』の文字、それは第4クォーターの意味、まだ試合は終わっていない、もしマイアミが攻撃しているのならばフィールドゴール1本で逆転できる点差なのだ。
 ロスアンゼルスは日系人も多い土地柄、敵地なので数は少ないもののサンダースのファンも詰めかけて来ていて選手たちと一緒に試合経過を見守る……。
 すると『4Q』の文字が『FINAL』に変わった、スコアは28-26のまま……。

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

 ダラスのスタジアムでは、残り時間1秒でマイアミが58ヤードと難しいフィールドゴールを狙っていたのだが、ボールは僅かに外れ、ダラスのサイドラインから歓喜の雄たけびを上げながら選手たちがフィールドに流れ込んでいた。

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

 気が抜けたように座り込む選手たち……あと一歩でプレイオフ進出を逃してしまったのだ。
 だが……スタンドの一角を占めていたサンダース・ファンから小さな手拍子が起こり、それはじきに大きな手拍子になって行った。
「これは? どういうことだ?」
 アメリカでは手拍子による応援の文化はない、選手たちがわからなかったのも無理はないが……。
「日本ではこうやって手拍子で応援するんだ、よくやったぞって意味だよ」
 和田飛鳥がそう説明している間に、手拍子はまだ残っていたエリーズ・ファンの間にも広まって行った。
「プレイオフを逃したのは悔しいが、新設チームの俺たちが10勝して最後までプレイオフ進出を争ったんだ、胸を張ろうぜ」
「そうだな」
「ああ、残念だけど充実感はあるよ」
「ならば二列に並ぼうぜ」
「どうして?」
「日本じゃそうやって並んで行進して声援に応えて感謝の意を表するのさ」
「そうか、それじゃ並ぼうじゃないか」

 サンダースの面々はコーチやスタッフに至るまで列をなし、飛鳥を先頭にしてフィールドの周りを行進し始めた。
 暖かい手拍子を浴びながら、胸を張り、晴れやかな表情で……。

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

「なんか良いわね、サンダースがすっかり日本のチームになったって気がする」
 病室のテレビでリックがその様子を見ている、隣には由紀の姿があった。
「どうだろう? 日本のファンは来シーズンも試合を見に来てくれるかな?」
「当たり前よ、もうサンダースはすっかり日本のチーム、あたしたちのチームよ」
「プレイオフは逃しちまったけどな」
「日本にはね、堂々と戦った敗者を敬う文化があるのよ」
「ああ、ジムから聞いた覚えがあるよ……ハンガー何とかと言っていたな」
「それを言うなら判官びいき、でもね、それは弱い方を応援したがるって意味、そもそもサンダースは弱いチームじゃない、新設チームで10勝6敗なんて立派じゃない」
「ああ、正直ここまでやれるとは思っていなかったよ」
「あら、エース・クォーターバックがそんなことで良いの?」
「もうエースじゃないさ、エースはティムだ」
 リックは肩をさすりながら言った……。

 チームに戻りたいのはやまやまだが、もし自分がGMなら肩を骨折して回復の保証がない35歳のジャーニーマンとの契約は更新しないだろう……とも思う……チームのことを第一に考えて私情を挟まずに判断を下すのがGMの仕事、それは非情なことでも何でもない……。
(カットを言い渡される前に自分から身を引こう、何のしこりもなくチームを去るにはそれが一番良い、引退は唯一選手に与えられている人事権なのだから)
 リックはそう心に決めた。
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