第二話 公費ドライブ
文字数 5,637文字
ベッドの上に寝転がっていた。
半万歳の姿勢で右手には携帯、時刻は九時半を回ろうとしていた。
ドクドクと脈動を表現するかの様に枕元の時計の針が音を鳴らす。
ふと、携帯が小刻みに揺れた。
俺は視線を天井に向けたまま、通話ボタンを押して耳に当てる。
『そろそろリミットだ』
誰でも無い、叔父の声だ。
俺は暫く口を開けて放心した後、言葉を吐き出した。
「受けるよ」
そう言った瞬間、外から甲高いクラクションが聞こえてきた。
携帯を耳に当てたまま窓から顔を出すと、見慣れないシルバーのワンボックスカーが家から少し離れた位置で停まっていた。
『私物は要らん、置き手紙だけ残して降りてこい』
「……何て書けばいいんだよ」
『金を稼ぎに行くとでも書け』
「捜索願い出されるぞ」
『お前の両親は常識的だが、世界は非常識だ』
「え?」
『エイリアンが世界を侵略中に大陸では人間同士で戦争中だ。少年兵がライフルを担いでいる』
「勇敢になれって?」
『そうじゃない、価値観の話だ』
「まあ、いいよ。とりあえず適当に書く」
『待ってるぞ』
言われた通りサラサラッと置き手紙を残し、コッソリ玄関から車へと向かう。
助手席に乗り込むと、車内のタバコの匂いでむせ返りそうになった。
「どこに行くんだよ?」
「宿泊施設だ、泊まりがけで現地まで走る事になる。その間に話をしよう」
叔父はそれだけ言うと車を走らせる。
話をしようといったのに、一向に口を開く気配がない。
呆れながら、肩肘ついて外を眺める事にした。
夜のドライブは嫌いでは無い。
サーチライトに捕捉された様に、車窓から街灯の光が侵入し、過ぎ去っていく。
そんな情景をボーっと眺めていると、不意に叔父は俺の膝に茶封筒を放ってきた。
中を改めると、丸っこくて白いアーマーに身を包んだ様なSFチックなロボットが自立している写真が数枚入っていた。
「例のロボットか」
「エルフライドだ、エイリアンから鹵獲した兵器を合衆国がそう名付けた」
ほう、エルフライドか。
ちょっとカッコいい響きだな。
昼間も写真で見たが、それはこんなに近くでハッキリとしてはいなかった。
合衆国の軍服を纏った特殊部隊然とした黒人の男が、真っ白な歯を見せながらロボットに手を添えている。
世界が滅びるかもしれないってのに笑顔だ、神経を疑う。
「乗れんの、コレ?」
聞くと、叔父はタバコに火をつけながら答えた。
「ああ、だが大人は無理だ」
「え?」
「乗ってたエイリアンは子供並みの体格だった。大人は物理的に乗り込めない」
「おいおい……俺が乗るの?」
「お前でも無理だ。身長百四十センチ以下じゃないとな」
百四十センチ……以下?
思い返してみると、その位の身長だったのは小学生の時の話だ。
「……なあ、まさか」
「そうだ」
俺が恐る恐る聞くと、叔父はタバコを吹かしながら頷いた。
「体格の小さい子供を乗せようとしている」
信じられない話だった。
俺は暫く放心した後、震える口調で再確認する。
「エイリアンとの、戦争に子供を駆り出すのか?」
「ああ」
「……あっては、ならないことだ」
「どうして?」
俺は思わず叔父を見た。
体裁の上がらない風貌をしたハゲたおっさんが、急に人でなしに見えてきた為だ。
「どうしてって……軍に入ったら死ななくていい子供が死ぬんだぞ?」
「エイリアン共の目的は不明だ。世界中の軍隊が消えた後、我々をどうするかは分からんぞ?」
……一理はある。
だが、それだけだ。
世に浸透しているのは軍不要論だ。
武装解除すれば安全は保証——されるのかは分からないが、全世界の軍人が消えるまで生きていられるのは確かだ。
無駄に人が死ぬ事は無い。
俺もその多数派の意見に、半ば賛成していた。
だからこそ、この叔父の発言には怒りが沸いた。
勇敢であるからなんなのだ?
ゴミみたいに死んでいき、国民からも無駄だと言われる。
それに何の価値がある?
「騙したのか?」
俺は叔父を非難しようといた。
材料は叔父の価値観だけじゃ無い、最初に交わした会話との齟齬がある。
叔父は最前線に行く事は無い楽な仕事だと言っていた。
それが宇宙人の兵器を乗り回しての特攻作戦だと?
明らかに約束と違う。
叔父はとぼける様に肩をすくめた。
「騙した? どこが?」
「言ったろ、全線には行かないって」
「嘘では無い。お前は指揮官だからな、前線ではない」
耳を疑った。
嫌いとまでいかず、寧ろ好感を持っていた親戚がここまで冷酷だとは思わなかった。
自分の甥を少年兵達の指揮官にして、死地へと向かわせる大罪を背負わせようとしている。
沸々と煮えたぎった感情がマグマの様に溢れ、気づけば叔父の胸ぐらを掴んでいた。
「なんだと……舐めてんのかよ!」
「それが嫌なら」
叔父はタバコを窓から放り捨てながら言った。
「ガキどもを戦場に送らせるな」
力無く胸ぐらから手を離し、シートに背中を預ける。
愕然としていた。
それと同時に、理解してしまった。
そういう、事か。
叔父が俺を指揮官にしようとしているのは、少年兵達を戦場に送らせない為なのだ。
叔父も勝てるとは思っていないのだろう、素人の甥に指揮官役を任せれば作戦は確実に破綻する。
せっかく手に入った宇宙人の兵器を使い潰す様な真似だ、軍からすれば違反というよりかは大罪に近い。
しかし人としては——。
緑の増えた田舎道に差し掛かった車外を眺めつつ、俺は問うた。
「……何で俺を選んだ?」
「この任務に、適任なんざ誰一人存在しない」
「……人類の危機なんだろ?」
「合衆国が我が国に持ち駒を全て提供するわけ無いだろう? ウチが失敗した所で、合衆国が本気を出すだけだ。エイリアン供も世界最強の合衆国との戦争は最後までとって置くつもりみたいだしな」
「合衆国も持ってるのか? このロボットみたいなヤツを」
「ああ、ウチに九機もくれる位だからな。実際は数十、いや数百機は保有しているのかもな」
「そんなにか!? どんだけエイリアン共は鹵獲されてんだよ」
「噂じゃな、このロボットもどきの侵略兵器は使い捨てかもしれないらしいぞ。結構な数が至る所に落ちているそうだ」
「え? エイリアンが乗ってるんだろ?」
「ああ、大陸じゃ数え切れ無いくらいの数がな。干からびたエイリアンが操縦桿を握ったまま死んでるんだと。分かった事は、奴らの考える事は分からんという事だけだ」
そこまで言った所で、叔父が左にウィンカーを出した。
曲がった先はポツリといった風に、田舎街道に浮かぶ大衆食堂だった。
車が止まり、叔父はシートベルトを外しながら顎で店を指す。
「腹は減ってるか?」
叔父はいつもそうだ。
何かをする前に相談なんかしない。
今回みたいに駐車場についてから、腹の具合を聞いてきたりするのだ。
そんな事をされたら、拒否する気にもならない。
親父もそんなマイペースな叔父にいつも呆れていた。
しかし、余計だと思った事は無い。
いつも絶妙なタイミングなのだ。
今回のバイトの件だってそうだ。
正直、ウダウダ部屋で引きこもっている状態に参っていたのだ。
俺はこのままじゃダメだ。
一歩、踏み出さなければならない。
何かをしなければならない。
そんな感情が渦巻いて居た。
今日電話がかかってきた時、その何かを感じた気がしたのだ。
「減ってるよ、それなりに」
とりあえず今日、俺はウダウダと何ヶ月も引きこもっていた家から県外の大衆食堂まで足を踏み出した。
その事実を噛み締める様に、ドアノブに手をかけたのだった。
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
深夜から大盛りのネギトロ丼を爆食した俺は吐きそうになりながらも、叔父とのドライブで宿泊施設に無事到着した。
施設は普通のビズネスホテルで、代金は国から降りるのだとか。
部屋に入ってシャワーを浴びて、もう眠りにつこうというタイミングで叔父が再び茶封筒を持って部屋に訪れた。
「それって、また資料?」
「ああ、まだまだ伝えるべき事はたくさんある」
なんでそんな小出しで話すのだろうか?
車で話したり食堂で話したり、いっぺんに話せよと思う。
素直に疑問を伝えると、叔父は窓際の椅子に腰掛け、ポケットを弄りタバコを取り出しながら答えた。
「お前が今から勤務する場所の情報だけでも覚えておけ、ボロを出さない様にな」
「……素人なんだからボロは出すだろ?」
「いや、周りの連中はそうは思っていない」
「は?」
「お前には三ヶ月程の期間、ミシマという人物を演じてもらわなきゃならん」
頭がフリーズする。
叔父の言っている事が全くもって理解できなかったのだ。
いや、理解は出来るのだが……まさかな、という仮説が脳内に浮かびながら恐る恐る口を開く。
「なんで?」
「お前を周りにはミシマという人物と説明してあるからだ」
俺は居なくなった指揮官の代役じゃ無くて成りすまし!?
何の知能も技能も無い引きこもりの高校生が!?
狼狽えながら喚き散らしていると、叔父が呆れたように、タバコに火をつけながら言った。
「何も、絶対無理なことはお前には頼まんさ」
「絶対、無理だろ!」
「可能だ、なんせミシマを知る人物は今軍部には一人もいないからな」
暴論だ。
お米は野菜だから太らない、っていうくらい暴論だ。
無理がありすぎる。
バレたら全員から袋叩きにされて吊るされるんじゃなかろうか?
落ち着き払った叔父を見て、最早やる気を無くした俺は力無くベッドに倒れ込みながら聞いた。
「……ミシマってのはどういう人だったんだよ」
「欧州で宇宙人を監視する任務についていた。それ相応の信頼、知識と技能はあったんだろう」
「んなもん俺にはねぇぞ」
「問題は、知識や技能では無い」
顔だけあげると、叔父はタバコで俺を指していた。
「エイリアンに勝てるかどうかだ」
「はあ? 勝てなくていいんだろう?」
「勝たなくていいのならな」
またもや煮え切らない回答だ。
叔父は昔からそうだが、何かを示唆する様な言動が多い。
深読みし過ぎたらこちらだけカロリーを消費する事になるので、極力しない様にしていたが……。
それが今回仇となったかもしれない。
「別に殺人鬼の群れに放り込まれる訳じゃない、気楽にやれ」
フーッと煙を吐きながら言う叔父。
どういう例えだよ?
訳が分からん。
俺は体を起こして対面に立つ。
叔父の考え方というか、やり方には納得出来ない。
俺はてっきり、素人が指揮官となる事もバイト先の人達は承知済みなんだと思っていた。
代役じゃなく、成りすましなんて騙す様な真似じゃ無いか。
……まあ、考えればおかしな話だな。そんなこと了承する筈が無い、逆の立場なら舐めてんのかと
ただ、俺はそういった事は嫌いだ。筋が通らない。
「何ていうか……彼らに失礼じゃないか?」
「ほう、失礼か」
「求められてるのはミシマ准尉なんだろ?」
そう言うと、叔父は椅子に沈み込む様に体勢を預け、足を組んだ。
「そうは思わない連中は多い。お前はその点、優秀だよ」
「人格だけかよ」
「最も求められる部分がそこだ」
俺が呆れていると、叔父は思い出した様に話を続けた。
「そうそう、お前の副官に就くシノザキ伍長というのが居る。奴は軍事にはスペシャリストだ、兵士としては、だがな」
叔父が茶封筒を指したので、徐に中身を取り出す。
自分が関わることになる部下たちの顔写真付き資料が数十枚入っていた。
しばらくめくって、名前欄にシノザキと書かれている資料を探し当てる。
側から見て、あからさまに自分は目を丸くしたに違いない。
驚く事に、シノザキ伍長とやらは鋭い眼光をした美人な女性だったのだ。
「……シノザキ伍長って女性なのか」
「ああ、この世で最も獰猛な女だ。現代で男たちも無くした牙を秘めている完璧な軍人だ。だが、それだけだ」
「それだけ? 求められるのはそこだろ?」
「完璧な軍人など国家の歯車にすぎない、ゼンマイを巻く手が止まればただの部品だ」
軍人とは思えない様な自由な発言だ。
いわば軍なんざ国家機構における単なる暴力の装置だろう?
国家が幾ら愚かであろうが残忍に遂行するのが軍人としての本懐じゃないのか? と、思うが。
俺は探る様な声音で質問する事にした。
「叔父さんは何なんだ?」
「私か?」
「歯車じゃないのか?」
「大事なのは歯車がどう回るか、だ」
なるほど、このおっさんのマイペースさはその思想が源流となっているのか。
要は偉そうにごちゃごちゃ言っているが、ただ単に個人主義を愛好しているだけなのだろう。
だからこんな勝手が出来るし、罷り通せるのだ。
いい加減、腹が立ってきた俺は強い語気で言った。
「そうかよ、なら精々好き勝手やらせてもらうぞ」
叔父は予想外にも破顔してみせる。
そして満足そうに、
「その言葉を待っていた」
そう言った。
呆気に取られるのも束の間、叔父は立ち上がり、徐に出入り口の前まで行く。
そこで思い出したように振り返り、
「明日は到着次第、着任式が行われる」
「……開会式みたいなもんか」
「文言は用意した、その通りに話せばいい。そこからはお前の自由だ」
「俺が戦うと言ったらどうする気なんだ?」
国家最後の反抗作戦、仮に少年兵たちを率いて俺が宇宙人達に無謀な戦いを挑む気なら叔父は一体どうするのだろうか?
「私は他人にゼンマイを巻かせない主義でな、逆もまた然りだ」
要は勝手にしろってか。
叔父はそれだけ言うと、部屋を後にした。
「国家最後の作戦……か」
いやなイメージが浮かんだ。
軍服を着た自分が
「クソッ……バカが」
吐き気がしそうな妄想を自ら嘲笑する様に、部屋の電気を消した。