第三十話 存在証明
文字数 9,124文字
考えうる最悪の事態が起きていた。
候補生達が独断でエルフライドへと乗り込み、どこぞへと飛び立とうとしているのだ。
「おい! 〝キー〟が無いのになんでコックピットが開いたんだ?」
俺は怒声に近い声色でエンジニアにがなり立てた。
本来、エルフライドは〝キー〟と呼ばれる赤い結晶が無ければコックピットを開くことも、動かすことも出来ない。
候補生達が体育館に向かっていく様子を見て、エマ達は絶対に候補生達がエルフライドを動かすことは出来ないと話していた。
「分かりませんよ!? 金庫の〝キー〟は一つも持ちだされて居なかったんです! 本来はコックピットを開ける事もままなりません」
しかし、実際は体育館に到着すると、他の候補生達はエルフライドに乗り込み、コックピットは閉じられていた。
遅れて乗り込もうとしたキノトイも、ユタの説得むなしくそのまま乗り込んでしまった。
今では沈黙を保っているが、いつ動き出すか全く判別がつかなかった。
俺は呆然と立ち尽くすベツガイを見やった。
「何か隠していたことはあるか?」
「——無いとは言えませんが、エンジニアの言う通りです。〝キー〟が無ければエルフライドは操縦できないし、コックピットも開きません」
どういうことだ?
何故——彼女らはエルフライドに乗れている?
どういうカラクリで——。
「指揮官! 避けて!」
俺はシノザキに突き飛ばされた。
すると、俺が立っていた場所にエルフライドが突っ込んできた。
頑丈そうな床が簡単にへしゃげたのを見て、ゾッとした。
俺を——殺そうとしたのか?
いや、違う。
単に繋がれていたチェーンを引きちぎった時に勢い余って倒れてきただけか。
エルフライドは天井からチェーンで繋がれていた。
今はどういう訳かエルフライドを跪かせるほどチェーンは伸びてしまい、ただエルフライドを繋ぐ鎖としか役を担っていない。
それを全てのエルフライドが鬱陶しそうにブチブチと手で引きちぎっていた。
「うそでしょ——あのホイストは耐荷重三トンあるのよ、手だけで引きちぎった? どんなパワーよ」
エマ達は信じられないと頭を抱えていた。
こうなればもう——どうしようもない。
「キノトイ! 聞こえるか!?」
エルフライド達は俺の言葉に、ピタリと動き止める。
「お前らの気持ちは理解した! 頼む、お前らの安全の為にもおりてきてくれ!」
しかし、無情にも俺の言葉を無視してエルフライド達は立ち上がり、体育館の北側——壁の方向へと移動した。
ドガンッと。
エルフライド達は足で壁を破壊し、体育館を出ようとしていた。
もうしばらくすれば完全に壁は破壊され、外に出て言ってしまうだろう。
しかし——。
「どうして、あんなに手馴れて操縦できる!?」
俺の疑問に、ベツガイが返答した。
「学習装置——エルフライドは乗りさえすればだれでも操縦法がインストールされるんです」
「何——!?」
「そして母船——エイリアンの基地である宇宙船への位置も本能的に察する様になります」
「お前が候補生達に話していたのか!?」
「私は話しません!」
否定したベツガイに複数の疑いの目が向けられたが、彼女は嘘を言っているようにも思えなかった。
どういう事だ?
一体何が起こって——いや、落ち着け。
候補生達に常に平常を保てと言った俺が慌ててどうする?
今できることといえば——。
「ベツガイ、すまん——奴らを止めれるか?」
ベツガイは俺の提案を聞き、驚いて顔を上げた。
ベツガイはキノトイらとは別の思想をもち、行動していた。
それに、唯一、彼女らよりもエルフライドに長く乗った経験がある。
今はベツガイ以外に頼れるものは居ない。
「元々彼女たちは素質はあると思っていましたが——彼女たちの動きを見るに、5人全員が4階層まで到達しているとみて、間違いないでしょう。となれば、一人では厳しいです。でも——」
「私も乗ります」
そこで、シトネが口を挟んできた。
驚きの提案だった。
シトネはベツガイと違い、キノトイ達と同郷の——キノトイ達側の人間のはずだ。
その彼女がキノトイらを止める?
「私は彼女らを止めます。何故なら、彼女らは、私にとって不要なモノではありません。しかし、彼女らがしようとしていることは不要な事です」
無機質な目が若干の感情を帯びている様に感じた。
俺が以前言った言葉を引用し、初めて彼女が強い意志表示をしている。
「信用してください」
俺は目を瞑り、思考しようとして——やめた。
今は——彼女らに賭けるほか道は無い。
「たのんだぞ」
俺の言葉に、シトネはうなずく事もなくエルフライドへと歩み寄って行った。
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
三時間後——俺は執務室で対面のソファに、シトネとベツガイを座らせていた。
理由は簡単だ。
キノトイ達の反乱はシトネが乗ったエルフライドによって数分で鎮圧されたからだ。
そのあと、キノトイらは大人組によって拘束監視している。
俺はとにかく、一体何故あのような出来事が連鎖して起こったのかの原因を探っていた。
「今はとにかく状況を精査したい、キノトイ達がエルフライドに乗ってからの話をしよう」
体育館の壁が完全に破壊された後。
エルフライドに乗ったキノトイ達は、校庭へと歩み、密集陣形を敷いて今にも飛び立とうとして居た。
そこへ——二機のエルフライドが歩み寄っていく。
シトネとベツガイの乗った機体だった。
キノトイ達は警戒した様に身を屈め、直ぐに飛び立って逃げようとする。
しかし——先に飛翔したのはシトネのエルフライドだった。
砂埃を巻き上げながら大ジャンプを繰り広げ、キノトイ達の上空を取ったかと思えば、空間が爆ぜるような音と共に空を蹴り上げる様な、あり得ない機動でキノトイ達に突っ込む。
キノトイ達は慌てて散会したが、間に合わなかった。
シトネのエルフライドはキノトイ達の陣形の中央部に着地し、そのまま一機のエルフライドへと蹴りを見舞った。
そして、その反動を利用してまた別の機体へと蹴りを繰り出す。
しまいには、目にも見えない速さで全ての機体へと投げ技を繰り出した。
キノトイ達はあえなく戦闘不能状態——御用となった訳だ。
「あの機動はありえない——」
ベツガイがシトネを何か恐ろしいものでも見る目つきで見ていた。
「あなた一体、〝何階層〟まで降りたの?」
ベツガイの話に、俺を眉根を寄せた。
エルフライドに乗る前にもそんなことを言っていたな。
「ベツガイ、〝階層〟とはなんだ?」
俺が問うと、ベツガイは素直に説明を始めた。
「〝階層〟とは——エルフライドを扱う上での〝学習装置〟の恩恵度合を指します」
いまいち、要領を得なかったので詳しく話を聞くと。
エルフライドは操縦者が乗った時、それを操縦するにあたって親切な事に操縦技能や様々な知識を教えてくれる〝学習装置〟と呼ばれる機能がついているんだとか。
ゲームのチュートリアルみたいなものだが、似て非なるものだ。
なんせ、知識が頭に直接なだれ込んでくるそうだからな。
そして、その知識といっても全てを取り込めるわけでは無い。
「〝学習装置〟の受け止め方——感じ方は個人によって大分差異があります。私の場合は海の中を漂っている様な感覚がしました」
「海だって?」
「はい——そして、自分の意思で少しづつ潜るんです。そうすれば、知識がなだれ込んでくるような感覚が得られます。それが——ものすごく爽快感を得られるんです。要所要所に門の様なものがあって、そこを潜れば更なる〝階層〟へと進めます。更なる〝階層〟では、全く違う知識が得られるんです。私達は総じて、その領域の事を〝深層領域〟と呼んでいました」
それが本当なら、とんでもない技術だな。
なんせ、訓練が必要なくなるわけだ。
そういえばエマ達エンジニアは合衆国でエルフライドを操縦した子供たちは全く異なる操縦法を説明していたと言っていたな。
俺は質問を続けることにした。
「〝深層領域〟といったな? その場所にいる間、時間はどのくらいが経過している?」
「月光部隊ではその計測が行われました。体感では何時間単位でどれだけ長く〝深層領域〟にいても、現実世界では一律で五秒しか経過していません」
全く——とんでない技術だな。
夢を見ている時は長く感じていても、現実では一瞬という話と似ている。
「全部で何階層存在する?」
「それは分かりません、最大八階層に潜った唯一がセノ・タネコでした。月光部隊に居た科学者の見立てでは——」
「十二階層」
ベツガイの説明を遮るように、シトネがそう口にする。
「なんであなたがそんなことを分かるの?」
ベツガイの問いに、シトネは平然とした様子で答えた。
「十一階層目でその知識を得られるから」
「十一階層まで——潜ったっていうの?」
ベツガイが驚愕で顔を歪めていた。
どうやら、とんでもない記録のようだな。
シトネはエルフライドに乗った時、ベツガイでもドン引きするような動きを見せていた。
俺もこんな動きがロボット兵器で可能なのかと驚いたが、シトネはやはり——異質というか、別格だな。
下手をすればワールドレコードの可能性もある。
「他にどんな知識が得られた?」
俺が尋ねると、シトネはいつもの無表情で、驚くべく事を口にした。
「宇宙船の目的は——地球上のすべての脅威、つまり軍部を消し去った後。地球を居住可能な惑星へとテラフォーミングすることです」
テラフォーミング、つまり異星人による入植活動が始まるという訳だ。
ベツガイは何度目かの驚愕の表情を浮かべていた。
どうやら、彼女は〝深層領域〟とやらの深さの問題か、そこまでの情報を得られていないのだろう。
「……現行人類はどうなる?」
「環境変化に耐えきれず、滅亡します」
俺は頭を抱えた。
軍反対派の市民達が聞いたらなんと言うだろうな。
何やってるんだ?
馬車馬になって戦え!
と言い出すかもしれないな。
「しかし、何でこんな回りくどい事をする? 宇宙人の技術なら直ぐにでも俺たちを滅ぼせるんじゃないのか?」
「現在、宇宙船にて存在する全てのエイリアンは活動停止状態にあります。そもそも、通称エイリアンと呼ばれる個体は非常に慈悲深い性質を持ちます。他惑星の生態系を破壊するようなことは望んでいません」
「は?」
慈悲深い?
なら、なぜ軍基地を焦土と化すような真似をするんだ?
「現在、地球上のすべての軍基地に攻撃するように行動しているのは宇宙船の〝AI〟によるものです。そもそも、宇宙船にいる通称エイリアンと呼ばれる生命体は現在、〝AI〟が入植活動を実施しているとは知りません。宇宙船とエルフライドを操っているのは〝AI〟です。〝AI〟は現在、通称エイリアンと呼ばれる生命の命令を曲解し、暴走しています。〝AI〟には『攻撃意思の無い生命体に危害をくわえてはならない』制約があるので、最適効率な侵略活動が行えないでいます」
宇宙船のエイリアンは無関係?
宇宙船のAIが暴走しているだと?
しかも制約——ロボット三原則みたいなものか?
それがあってAIたちは本気を出せず、ちまちまエルフライドで軍部だけを的にしていたのか……。
どうりで一般市民は攻撃されないわけだ。
いや、しかし待てよ?
俺は叔父さんやエンジニアから、エルフライドには干からびたエイリアンが乗っていた旨を聞かされたのを思い出した。
ミシマ准尉の手記にもそのように記載があったはずだ。
「ちょっとまて……エルフライドに乗っていた干からびたエイリアンは何だ?」
「あれは〝AI〟が作成した短時間で死亡する〝有機生命〟です。『生命に危害を加えてはならない』という制約の為、〝AI〟自身が操縦して人類を殺戮する事はできません。その為、〝学習装置〟で洗脳した自分たちの都合のいい有機生命を活用し、地球の軍隊を攻撃しています」
つまり、学習装置とやらは洗脳道具だったわけか?
しかし、そんなもの使ったのに、なんで少女らがピンピンとしていられる。
「なあ、お前らは洗脳されないのか?」
「問題ありません、操られている〝有機生命〟はまっさらな状態で嘘の歴史をインプットされます。私達は最初から自己の歴史と認識を持ち合わせているので、〝学習装置〟による洗脳は起こりえません」
「そういう、事だったの……どうりで知らない宇宙人の記憶がなだれ込んでくるはずね」
ベツガイにもその嘘の歴史とやらは頭に刻まれていたようだった。
気になったので聞いてみる。
「内容は?」
「地球人から攻撃されたので、せん滅しなければ我々が滅びる——筋書きとしてはそんな感じですかね」
そこまでしないとAIは地球を制圧する段取りが組めないわけか——しかし、俺の疑念は既に別の部分に移っていた。
「しかし、何故〝キー〟が無いのにキノトイ達はエルフライドに乗れたんだ?」
俺の疑問にシトネは再び衝撃的な事を言った。
「セノ・タネコが手引きしたのだと思われます」
「な、なにを言ってるの!?」
ベツガイが思わず立ち上がる。
シトネはベツガイを横目に、説明を続けた。
「〝深層領域〟に、記録が残ってました。セノ・タネコの精神は九階層で閉じ込められたままです。外にいる本体、呆然自失状態のセノ・タネコとリンクを図り、エルフライド開閉の権限を行使したのだと思われます」
は?
〝深層領域〟に取り残されたセノ・タネコの精神が、生身のセノ・タネコと交信して——みたいな感じか?
遠隔操作……生身の人間が?
「そんな事が可能なのか?」
「セノ・タネコの体内には既に〝キー〟が出現しているため、可能です。しかし、体内に未知の物質が出現した為に、それほど長く生命活動を保持することは出来ないでしょう」
そういえば——エンジニア連中はコックピットにいた干からびたエイリアンの体内には赤い結晶体、〝キー〟が存在すると言っていたな。
それを地球人であるセノ・タネコの体内に出現したってことは——エルフライドは人体にそこまで重大な影響を及ぼすのか?
「なあ——それって……どれくらい、もつんだ?」
「四か月、持てばいい方だと思われます。エルフライドに搭乗すれば寿命はもっと縮まります。アネ——キノトイ候補生達にも今回の搭乗で〝キー〟の出現が見込まれました。彼女らは一年ほどは猶予があります」
ベツガイが顔を覆って俯いた。
俺も稲妻に当てられたかの様な衝撃を受けていた。
彼女らは——あと一年以内に死んでしまうという事か?
「何とか出来ないのか?」
「方法はあります」
シトネは無表情のまま、絶望的なことを口にした。
「宇宙船に行けば〝キー〟を安全に除去するヒントがある——かもしれません。宇宙船の技術ならば可能なハズです」
しばらく顔を伏せ、黙っていたベツガイが勢いよく顔を上げた。
「それをすれば——みんなは助かるの!?」
「進行度合いにもよる。しかし、現状ではまだまだ間に合うと思われる」
「指揮官、お願いします! 私をエルフライドに乗らせてください!」
セノ・タネコを救えると聞いて、ベツガイが喰いついてきた。
俺は興奮する彼女を手で制する。
「奴らの戦力はどの程度ある?」
「宇宙船では現在もエルフライドの製造が行われています。おそらく保有数は七千機以上。現時点でまとまにぶつかれば勝算はゼロパーセントです。しかし——AIが作ったインターフェースは〝深層領域〟を三階層までしか潜れません。我々の条件と戦略次第では——」
「もういい」
シトネの言葉を遮った俺はソファから立ち上がった。
そして、彼女らに背を向けながら——。
「全員集める、会議をするぞ」
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
俺は再び、全員を集めていた。
午前中、ベツガイとユタの裁判をした時とは、まったく逆の構図だった。
キノトイらが教室部の中央に立ち、ベツガイ、ユタ、シトネが後方の壁際に居た。
瀬野タネコだけは意識不明のため、医務室で寝かせてある。
後はエンジニア連中と電光中隊所属の兵士は医務官以外全員が集合している。
俺はひとまずキノトイらの事は置いて起き、先ほどシトネ達から聞いた話を展開する。
全員は話しを聞きながら、予想に反して反応が薄かった。
疲労の色が消えていなかった。
当然だろう、度重なるトラブルに不祥事、士気の低下は免れない。
「説明は以上だ、何か質問があるものは?」
誰も質問しないのを見て、俺は中央でうなだれるキノトイらに視線を向けた。
彼女らはもはや下を俯いてこちらを見向きもしなかった。
全員、肩を寄せ合い、傷ついた小動物の様に覇気が無かった。
「さて、それでは大バカ者たちの議題に移ろうか」
俺がそう言うと、ピクリとキノトイらは反応する。
彼女らは一様に——ハイライトの消えた瞳で、こちらを見た。
「勝算もないのに自己の利益のためだけに、飛び立ち!! 命を散らすような愚かモノに軍人を名乗る資格など一つもない!!」
今まで出した中で一番に怒気を孕めながら言った。
昨日までの俺なら、どの口で言っているのか、と思ってしまった事だろう。
無駄に正義感を振りかざし、情の移った少女たちを戦場から遠ざけようとしていた。
だが、それを俺はもう辞める事にした。
辞めなければならない。
「お前らは本気で俺を怒らせたな」
死ぬと言われていたエルフライドに乗り、共に戦えないなら、暮らせないならと集団自殺しようとする連中だったわけだ。
俺は彼女らの覚悟を——気持ちを——信念が何一つ見えていなかったのだ。
だから、せめてもの罪滅ぼしをすることにした。
「望み通り、戦場に送ってやる」
キノトイ達は驚きの表情を浮かべて、顔を上げた。
「しかし、俺はお前らが死ぬことを絶対に許さない。死ねば直ぐにあの世まで追いかけていき、お前らを泣くまでボコボコにしてやる」
せめて、彼女ら——電光の皆が望んだ結果を得られるように——。
「お前らは敵を打ち倒し、人類を救え」
彼女らの求める理想の指揮官であるように——。
「キノトイ二等兵、起立!」
突然の号令にキノトイは反応出来ていなかった。
呆気にとられた表情でポロポロと涙を流し、俺を見ているだけだった。
「何をしているか!! 号令をかけて整列させろ!!」
「ハイ!!」
キノトイが号令をかけると、背後にいたシトネ達もそれに加わった。
「ただいまをもって、君たち候補生には私の権限で二等兵の階級を付与する。2等兵と候補生の違いは分かるな? お前らは、正式に皇国の臣民を守る剣と盾になったのだ!! 自己の権利など捨て置き、民を守る事が優先される!! わかったか!!」
「ハイ!!」
光が戻った彼女らの目を見て、俺は血が滾るようにふつふつと湧き上がってくる感覚を感じた。
俺は知っていた筈だ。
彼女らみたいに、普通には生きていけない人間たちを。
彼女らみたいに、死を選びたくなるような環境にいる者たちを。
彼女らみたいに、大人に良いように使われ、捨てられていった人間たちを。
しかし、当時平穏に過ごしていた俺は何をしていた?
そういう世界はあるだろうとは知っていたが、決して、決して見向きはしなかった。
自分の幸福だけを願い、考えて生きていた。
それが当事者になって、同情したから救ってやろうかなんて……馬鹿な話だ。
本当に馬鹿な話だよ。
「だが、俺には現在、君らに階級を付与する権限は無い。人事権を行使することは軍の法規上、不可能だ」
おやじ、おふくろ。
申し訳ない、息子は今日から地獄行きの特急便に乗る事にするよ。
だってさ、俺たち軍隊が何もしなければ地球は滅びるってんだぜ?
「だが、人類を救った未来の俺ではどうだろうか? 功績は陸軍大将など鼻くそ程度に扱える権力を得るだろうな」
知り合って、ほっとけない連中が出来たんだ。
おそらく、このまま逃げれば俺は俺として生きていくことはもちろん、一生誇りを持てなくなる。
「俺は未来に得るであろう階級と権力を前借りする。君たちもそうだ」
だって、仕方ないじゃないか——ほっといても縛り付けても、彼女らは多分死にに行くことを目指すんだと思う。
いや、分からない。
分かっていたつもりで、分からなくなったんだ。
だけど、一つだけ、確かな事がある。
「敵は世界が敵わない得体の知れないロボット軍団、人類最大の危機を今、この瞬間、この局面で迎えている!! 合衆国? 月光? 知るかッ!! 誰が英雄となるかなんぞ興味もない、そんな願望はかなぐり捨てろ! 軍人とは、己の全てを国に捧げ、己の絶望や葛藤、怨恨さえも国家の幸福に変換して国に持たらすことが宿命である!!」
分からないってのは重要な事じゃなかったんだ。
結局は——やるか、やらないかだったんだよ。
「それが出来るのはお前達で、それを完璧に、完全に指揮できるのは俺だけだ!!」
俺はやる、確実にやる。
死んでもやる、生き返ってもやる。
それくらいの気持ちを持って——初めて何かをやり遂げようと思ったんだ。
目の前の彼女たちは本気だったんだ。
俺も本気で向き合わなきゃ——。
全力でぶつからなければならなかったんだ。
だってさ——俺。
世界や自分のエゴじゃなくて——彼女らを、電光のみんなを救いたいと思ったんだ。
「俺についてこい!! 俺だけについてこい!! 地獄でもお前らを先導してやる!! 国の為に、人類の為にお前らは絶望しろ、くじけろ、恨め、憎め、蔑んで蔑んで、眠れない夜を過ごせ!! それがお前達以外の全ての人間の幸せに繋がる事を忘れるなッ!!
以上ッ!!」
「敬礼ッ!!」
俺が話を切り上げると、フルハタ軍曹が脊髄反射的に敬礼の号令をかけた。
その姿は一様に顔を赤くさせ、高揚し、強烈な士気の高まりを感じさせた。
俺は敬礼を返し、そのまま教室を後にする。
しばらく廊下を歩いていると、背後から近づく気配があり、振り返っていた。
「指揮官、この後はどうされますか」
「キノトイら以外は通常業務に戻させろ。……後は、エルフライド搭乗訓練だ。エンジニア達も集まる様に言え」
「ハッ!」
シノザキは今まで見たこと無いような覇気のこもった敬礼を見せ、走り去って行く。
それを見て、俺はぼそりと呟いた。
「叔父さん。やっぱり、求められているのはミシマ准尉だったよ……」