第十三話 外の世界

文字数 4,567文字



 「悪いな、エンジニア達には別件を依頼していたので遅くなった」

 バスにはすでに全員が乗って待機していたので、そう言い訳しておいた。
 そうしないと、シノザキにブチギレ案件を渡してしまいかねない。
 なんせ、彼女にとってエンジニアとの第一印象が最悪だったからな。
 わかりやすく、目の敵にしている。
 エンジニア三人は"オハヨゴザイマス"とにこかやかに空いてる席に座った。
 コミュ力は高い様で何よりだ。

 「誘導はいるか?」

 運転手のニシモト伍長にそう聞いてみる。
 なんせケツが数秒に一回浮き上がるような悪路だ。
 俺が運転手なら一年は寿命を縮める自信がある。

 「いえ、プロなので」

 そんな事を飄々と言ってのける西本伍長。
 俺は頼もしい肩をポンポンと叩く。

 「そうか、なら任せるぞ。お前ら、これから通る道は経験済みかもしれないが、相当な悪路だ。吐き気がしたら景色を眺める、もしくは我慢できなくなったらポケットの袋を使え。世ではこれを"エチケット袋"という。覚えておけ」
 
 候補生達はこの為に袋を取っておけと言っていたのか、と袋を取り出してマジマジと見つめていた。
 素直な連中だ、可愛げがある。
 俺がそれだけ言い終わり、助手席に座り、出発しようという段になった時。

 ——バスの空気が一変した。

 別に和やかであった訳ではない、私語をする連中じゃないし。
 しかし、明らかに動揺が走った様な空気感になった。
 
 振り返ると、シトネが本を抱きしめながら俺の方に近づいてきていた。
 そして——。
 当たり前の様に、俺の膝に腰を下ろしたのだ。
 夜中の音読でもこんな事をした事は無い、それなのになんだって急に——。

 思わず振り返って皆んなの反応を伺う。
 全員、様々な反応をしていた。
 顔を顰める者、驚く者、あらまあと口を押さえる者——。
 とにかく、全員の視線が痛かった。
 俺はなるだけ平静を装ってシトネに尋ねる。

 「どうした?」

 「本を……」

 「読んで欲しいのか?」
 
 コクリと頷くシトネ。
 俺はとりあえず、無表情の彼女を抱き上げて廊下に下ろす。

 「おい、ライアン。助手席で良いか?」

 二人席を占有していたライアンに声をかけると、彼は立ち上がる。

 「どこでも構いませんよ」

 「なら頼む、危なそうなら声をかけてやってくれ」

 「了解です、准尉殿」

 チャラい敬礼をしたライアンと席を交代してもらい、俺とシトネは二人席に移動した。
 まだ、気まずい雰囲気だな。

 大人達と子供達、双方からシトネと良からぬ関係だと思われたのであればマイナスだ。
 俺は立ち上がって全員に聞こえる様に声を張り上げた。

 「シトネは現在、合衆国語を意欲的に勉強している。その為に夜中、寝る時間を惜しんで俺から音読を学んでいるんだ。今回、バスでの移動時間はその勉強にうってつけだと考えたのだろう、非常に意欲的であり、尚且つ合理的な素晴らしい判断だ」

 まずは言い訳をする様に、シトネを褒めたたえる。
 それで、候補生達にこれをしても良いんだ、むしろやった方が良いのか、という認識を与える。
 これが自主性と創造性の発展へとつながる。

 「しかし、君らにはまだ伝えられてなかったのでこちらの落ち度であるが、法律上、車内で二人重なる様な姿勢での走行は認められていない。助手席では尚更だ、反対車線を走行する警察の目に入れば運転手は減点対象として処罰される」
 
 それからダメな点について話す訳だ。
 これの塩梅はかなり難しい、説教の前の前座だと思われれば褒めた事が霞んでしまう。
 そのため、身振り手振りで感情を表現する。
 その動作は捉える側にとって、話をしている人間が本当にその様に感じているという裏付けになる。

 「そうすれば俺たちにも目は向けられる。この集団は何処に所属しているのか、何をしているのか、そういったことを彼らは聞いてくるであろう。そうなれば不都合な事態に発展しかねない。君達候補生を使って軍が行おうとしている事が知れれば窮地に陥ってしまう」

 ここで、理由を話す。
 内容にストーリーを持たせれば尚よし、俺たちが運命共同体であり、進むべく道を誤れば何が待つのかを理解させる。
 こうすれば、自主性は独自の規律性を生み出し、組織への危機感を持った人間が増え、リーダーとして正しく導こうとする者を輩出するのだ。

 「俺達は非常に組織としては微妙な位置にある。現段階では警察組織は軍組織と対立関係にあると思ってもらって構わない。警察組織は滅び行く軍部を下に見ているし、よく思ってないからな。だが、心配するな。それらを全てひっくり返す事が可能になる唯一の方法がある。君達だけの問題のみならず、軍や警察果ては世界までもが俺たちを許容せざるを得ない方法がな」

 ここで解決案を提示する。
 案の定、キノトイが興味を持った様でポツリと呟いた。

 「……方法?」

 俺はキノトイに向き直って、話を続ける。

 「勝利を掴めば良い。そうすれば我々の置かれた些末な状況なんざ吹き飛ぶ。それまで、どうか耐えて欲しい。この世界から置かれた現状、君達を縛るもの、全てから」

 言うと、大人達も子供達も真剣に俺を捉えていた。
 少し緊張感が増した車内で、俺は締めとなる言葉を続ける。
 目的は候補生達に外の遊びを教える事で、緊張感を持たせる事では無い。

 「だが、まずは今回の外出を楽しめ。困ったことがあれば周りの大人達を頼れば良い。そして、外の世界の人間がどの様にしているかしっかり見ておけ。違いを見つけ、同じ部分を見つけ、自分の為に金を使い、自分の為に何かをしろ。それが出来ればお前らは軍じゃなくてもしっかり生きて行ける様になる」

 最後に、感情論を秘めた方向性を提示する。
 そうすれば人はあたかもそれが自分の望んでいる事であるかの様に錯覚するのだ。
 これが俺が合衆国で学んだ演説だ。
 心理学的後進国である我が国は、人の感情をコントロールさせる事を重点的に考える為、規律制、精神性は養われても創造性は乏しくさせてしまう。
 
 言い終わって席に着くと、エンジニア連中がいきなり拍手をしだした。
 つられて全員が徐に拍手をし始めた。
 やめろ、小っ恥ずかしい。
 エマを睨むと、良い演説でしたよ!っと親指を立てていた。
 皇国語でしゃべったから意味は分かってない癖に、だ。
 中指を立てたくなりながら、俺はシトネに向き直った。
 
 「待たせたな」
 
 言うと、彼女は俺の顔をチラリと見た後、徐に本を広げた。






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 道中、意外にもシノザキが候補生達と良く会話をしている事に気がついた。
 しかし、もっぱら話しかけるのは候補生からで、候補生の中で最も軍への貢献を望んでいるきらいのあるハブ・キョウコが中心となっていた。
 面談でもシノザキを崇拝している節があった。

 同性で、軍人として目指すべき最終地点としての憧れを抱いているのだろう。
 そこにキノトイやヒノ・セレカも会話に加わり、シノザキが話す、軍の壮絶エピソードで割と盛り上がっていた。

 ベツガイ・サキは相変わらずだ。
 同郷のセノ・タネコを隣に座らせ、自身は窓の外を眺めている。
 セノ・タネコに至っては相変わらず口を開けてボーっと天井を眺めていた。

 あとは、おっとりした印象のリタ・ヒルか?
 大人しそうなユタ・ミア、お調子者であるセンザキ・トキヨと会話に花を咲かせていた。

 バス内においての様子から察するに、面談時の印象や普段の生活含めてやはりと言っていいか、候補生達で固まる仲のいいグループは三つだな。

 積極性の高いキノトイが中心となっているグループ。

 独自性の高い、ベツガイが中心となるグループ。

 融和性の高いリタが中心となるグループ。

 と、こんなところか?
 今のところ、はぶられている人間は見当たらない。
 一人でよく活動するシトネも、キノトイグループには一応所属している。

 彼女に至っては、我が道を行く人間で、好き勝手していてもあまり周囲も気にしていない。
 その場に居るだけ、みたいな印象だ。
 キノトイらも邪険にしておらず、むしろ良くお節介を焼いている。
 新生児からの付き合いだ、それなりに絆があるのだろう。
 本を読んで気分の悪くなったシトネの背中をさすりながらそんな事を考えていた。






ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
 
 ショッピングセンターに到着した。
 バスを降りて気づいたが、全員割とフリフリの格好をしている。
 雑誌で選ばせたからか、割と派手な集団になっていた。
 全員、可愛らしい顔をしているし、よく似合っている。
 そう伝えると、大半が俯いていた。
 初めてのオシャレで街を彷徨くのだ、恥ずかしいのだろう。

 「お前たちにとっての迷彩服だ」

 俺の言葉に少女達は顔を上げた。

 「森には森の服がある。街には街の服があるんだ。街ではその服がお前らを守ってくれる」

 抽象的な言葉に少女達は頭をひねっていた。
 
 「次は髪型だな」

 全員、軍規通りのお団子ヘアーだ。
 これで集団で出歩くのは目立ってしまう。
 不安げな彼女達を連れ、俺は美容室へと向かうのだった。





ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ


 「予約していたフルヤです」

 偽名を使ってオシャレな美容室のカウンターで受付を済ませる。
 今回は九名全員髪を切らせるのだ。
 あまり時間をかけたく無いので、貸し切り状態にしておいた。
 その為、スタイリスト四名は独占状態である。

 「ああ、お待ちしていました。中にどうぞ」

 外ハネのチャラそうな三十代くらいの男が誘導してくる。
 スタイリストは四名なので、こちらも四名を選定した。
 とりあえず、あ行から始まる番号順でいいか。
 キノトイ、シトネ、セノ、センザキを呼ぶ。

 「さて、髪のバンド外してもいいかな?」 

 「は、はい」

 四人がお団子を解除すると、ボロンと隠された髪が解放された。
 結構長いな、肩先くらいある。
 これなら色々選択肢があるじゃないか。

 「さあ、どうしましょうか?」

 「え、えっ、あの……」

 理容師の問いかけに、キノトイが必死に何か言おうとパクパク魚みたく口を開くが、肝心な言葉が出てこない。
 シトネに至っては鏡を見つめて無の状態で、セノは椅子に座るなりグースカ眠りだした。
 理容師がその惨状に、背後に控える俺に助けを求めるように視線を向けてくる。

 「お前ら、希望はあるか?」

 「き、希望ですか?」

 シトネとセノ以外で顔を見合わせる三人。
 特に希望は無いようだ。
 そもそも、何をどう言ったものかも分からないのだろう。

 「じゃあ、俺が決めて良いか?」

 「は、はい」
 
 と言いつつも、髪質やら、本人の印象やら、何やらをスタイリストから意見をもらいながら全員の髪型を決めた。
 全員が切り終わった頃には、同じ鏡の前に密集し、自分のヘアスタイルを飽きずに見入っていた。

 髪というのは本当に印象が変わるな。
 別人の様に仕上がった彼女らは、何処からどう見てもオシャレな小学生達で、軍人と疑う者はいないだろう。

 因みに嫌がるシノザキやエンジニア達も切ってもらい、最後には少女達の為の髪の手入れ方法やケアの仕方など講座まで開いてもらった。
 まあ、これも予約時に俺が段取りしたのだが、やって良かった。
 真剣に手入れ方法を聞く彼女らを見て、そんな風に思ったのだった。

  
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登場人物紹介

②氏名: |茵《シトネ》キリ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはゆるふわ系のボブカットになった。候補生達の証言では、過酷な孤児院時代は孤児院長からも君悪がられていたという程の天才であり、母国語に限らず、外国語も独学で習得していた。常にクールで本を読んでおり、集中しすぎると周りが見えなくなる。ほぼ毎日指揮官室に通い詰め、指揮官から外国語の発音を習っている。

①氏名: |乙亥《キノトイ》アネ


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはツインテール。孤児院組の纏め役。責任感があり、積極性はあるが、リスクヘッジに敏感すぎる節がある。しかし、指揮官からのアドバイスで一皮剥ける事に成功し、頼れるリーダーとなった。

⑥氏名: |日野《ヒノ》セレカ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはゆるふわポニー。何故か関西弁を喋る、乙亥《キノトイ》の参謀役。勝ち気な性格で、言動が荒ぶることもしばしば。

⑧氏名: |弓田《ユタ》ミア 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはベリーショート。内気で大人しく、周囲に流される傾向にある。|別蓋《ベツガイ》と絡み出してからは孤児院組からも少し距離を置かれている。

③氏名: |瀬乃《セノ》タネコ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはショートにワンポイントヘアゴム。別蓋と同じく、孤児院組とは別の出自で電光中隊に配属された。常にボーッとしており、本人曰く訓練所に来るまでの記憶を全て無くしているという。何故か唯一、|別蓋《ベツガイ》が強く出れない人物でもある。

⑤氏名: |波布《ハブ》キョウコ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはポニーテール。落ちついた物腰で、そつなくなんでもこなす器用さがある。候補生達の中では一番軍部への憧れが強い。篠崎伍長に憧れており、軍部への在籍を希望している。時折り、それが行き過ぎて篠崎伍長の様に振る舞う事もある。

④氏名: |仙崎《センザキ》トキヨ


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはセミロングサイドテール《アホ毛を添えて》。天然でハツラツとした候補生達のムードメーカー。食いしん坊であり、時には大胆な行動に出ることもある。

⑨氏名: |輪舵《リタ》ヒル


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはロングの三つ編み。劣悪な環境にいた小学生とは思えない、上品な雰囲気を纏っている。世話焼きで、集団のお母さん的存在。1番のオシャレ好きなおしゃれ番長でもある。

⑦氏名: |別蓋《ベツガイ》サキ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはアシンメトリーのストレートセミロング。瀬乃と同じく、孤児院組とは別の出自で電光中隊に配属された。不遜でIQが高く、不和を生む言動を繰り返す。集団の異物的存在。軍部への反抗心があるようで、何やら企んでいる節がある。

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