第二十七話 【ベツガイ・サキ】1

文字数 4,359文字



 「私達モルガンの子は皆、この罪深い世界を救う為に生を受けた」

 蠟燭が揺らめき、鮮やかなステンドグラスとカラフルな壁画に彩られた教会。
 そこで神妙な面持ちで教壇に立ち、年齢もバラバラな沢山の信者達に向かってそんな言葉を吐くのは私の実母だった。
 私の両親は【ゾルクセス】と呼ばれる宗教団体の幹部だった。

 私の家族——に、限らず。
 私の親族、親戚、友人に至るまで。
 全て、本当に全ての環境がとある宗教を中心に回っていた。
 信者達は一様に手を合わせ、祈りのポーズを取っており、私も例外では無い。
 同年代の子たちと一緒に、地面に伏し、手を合わせている。
 それに——疑問を抱いている様な表情を浮かべている者は——私以外、存在しなかった。

 「もうすぐ審判の日が来るわ。私たちはそれに備えなければならない」

 実母はシャーマンの様な役割をしていた。
 聖典を抱え持ちながら教壇からおり、道を開けた信者達の合間を縫うようにして私の元へとやってくる。

 「それは何故? モルガンの子、サキ」

 私は顔を伏した状態で周囲には見えない様に、思い切り顔をしかめていたことだろう。
 何故なら——私はモルガン何て顔も姿も見たことのない人間の子であるつもりは無かったからだ。
 実母は私をモルガンの子と呼ぶ。
 じゃあ父はなんなのだ?

 「それは我らが特別な子だからです」

 私は淀むこと無く、そう答えた。
 何の事は無い、それが出来たのは何千、何万回と目の前の女にそう刷り込まれたからだ。

 「その通り、我らは特別である——引いてはその才能を——」

 そこから先の演説は耳に入ってきはしなかった。
 






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 信者をしていようがしていまいが、国家に属する一人の人間だ。
 国家でなく神に仕えようが、義務教育は避けられず、私と、同年代の信者達は平凡な小学校に通っていた。
 
 「サキ様、今日は何を召し上がれるんですか?」

 サキ様——そう言って、私に寄ってくるのは信者の取り巻き達だ。
 私の両親はかなり高位に位置する人間の為、大人でも子供でもすり寄ってくる者は多かった。
 自然と私はその取り巻き達——引いては同年代たちの纏め役みたいな存在になっていた。 

 「別に、いつもと同じよ」

 「そうですか、ミサキ様が作られた料理を召し上がれるのは羨ましいです」

 ミサキとは私の母の名前だ。
 媚びる様にそんなことを言ってくる取り巻き達は私にとって、鬱陶しくて堪らなかった。
 そんな光景を見て、一般の生徒はおろか、先生達も私たちに不用意には近づこうとはしなかった。 
 ヒソヒソと耳打ちをし、近づけば去っていく。
 私は孤独だった。
 宗教とは関係なく、忖度抜きの普通の友達が欲しかったのだ。

 「見て、あの子また……」

 「不信徳者だわ」
  
 取り巻き達の声で私は視線を上げる。
 どうやら教室の隅で人を集める、とある女生徒に関して言っている様だった。

 「セノ・タネコ、また一般生徒と会話しているわ」

 私達信者には他の生徒は恐れをなしていた。
 しかし——例外は居た。
 同年代で唯一、私の取り巻きにならず、一般生徒とコミュニケーション取るセノ・タネコだった。
 彼女の性格は底抜けに明るく、クラスでもかなりの人気者だった。

 「どうします? サキ様」

 一人の取り巻きが私にそんな質問をしてきた。
 その表情は険しく、本気でセノ・タネコを疎まししく思っている様だった。
 私は鼻で笑い飛ばしたくなるのを堪えて、言葉を吐く。

 「ほっときなさい」 

 「でも——」

 「私達と一般生徒をつなぐ役は必要よ。なんなら彼女の代わりを貴女がやる?」

 そういうと、悔しそうな表情を浮かべながらも、取り巻き達は黙った。
 私はそうは言ったものの、本音で言えばセノ・タネコが妬ましかった。





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 その日の夕飯時での事だった。
 食卓にいつもより豪華な料理が並び、私は上機嫌な母を不自然に思っていた。
 父、母、私は席に着き、お祈りをささげてさあ食べようかという段になった時だった。
 笑顔を浮かべた母の衝撃的な言葉に、私はしばらく絶句していた。

 「お母さん、今何て——」

 私が返答する最中、凄まじい衝撃が私の頬を伝う。
 殴られたと気づくのに、数秒を有した。

 「私はあなたの母ではありません、貴女と同じモルガンの子よ」 

 鼻から血が伝う。
 口に鉄の風味が広がり、決別の味がした。
 スーッと、自身の僅かな愛情すら消え失せる感覚。
 私はそれを拭ってから返答した。
 
 「申し訳ありません」

 「二度は無いわ。さっきも言った通り、貴女とその他の子供たちは明日、軍に向けて出向する」

 心がまるで冷凍庫で冷やしたかの様に冷たく、冷静になっていくのを感じた。

 「何故です?」

 「遂に審判の日が下ったの。貴女達は選ばれし者よ、天より仕えし戦士に乗って悪魔を滅ぼしなさい」

 私は俯きながらフォークを手に取り、母がビクリとするほど勢いよく料理に突き刺した。

 「おいサキ!」

 父親がその様子を見て、顔をトマトの様に真っ赤にしていた。
 
 「なんだその態度は? この世で最も崇高なことが不服なのか?」

 「いえ」

 私は顔を上げながら、満面の笑みを浮かべ——

 「嬉しゅうございます」

 そう言うと、両親は何が恐ろしかったのか、顔を引きつらせていた。
 これは、本心だ。
 こんな家庭——環境から離れられるのなら、私はなんでも良かった。
 今だけは——両親が言うように、二人の子でなく、モルガンとかいう先導者の子であっていいと感じていた。 
 





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 バスをいくつも経由し、私達は隠れるようにして軍基地へと足を運んだ。
 途中、ゾルクセスの付き添いが居なくなり、私服を着た軍関係者が私達を先導した。
 そして夕方過ぎ。
 遂に到着した軍基地では、いきなり緑色の武骨な格納庫へと連れてこられた。

 そこで私達を出迎えたのは——背が高く、無精髭を生やした彫りの深い顔をした男だった。
 対して、緑色の軍制服クリーニングの卸したての様に線が立っていた。
 彼は椅子にふんぞり返り、そばには屈強な部下と思しき兵士が数人控えていた。

 「よう——ガキども。今日から俺がお前らの面倒を見るクロダだ」

 語気に無気力感はあるのに——野心を秘めていそうな不思議な目をした男。
 なんというか——今まであった事の無いようなタイプに私達は少し、困惑をしたのを覚えている。

 「えーとよ、なんつったけなあ? お前らの信じていた宗教」

 顎鬚をさすりながらそんな事を言いだすクロダ。
 次の瞬間、驚くべき発言をした。
 
 「ゾウさんだっけか? そんなくそみたいな名前だよな?」

 「ゾルクセスを愚弄するな!」

 信者である一人の男の子が、当然声を上げた。
 生涯を共にした宗教を馬鹿にされたような言い方をされたのだから当然だ。
 クロダが目くばせすると、控えていた兵士の一人がその男の子に近寄り、思い切り蹴り上げた。
 叫び声をあげる間もなく、男の子は執拗に暴力を振るわれる。

 「うぅ……」

 「ん? さっきの威勢はどうした?」

 「お前達は地獄に落ちるわ!」

 またもや勇気ある信者が叫ぶように言った。
 再び控えていた兵士が寄り、叫んだ女の子は髪をつかんでボコボコにされる。
 そこに子供に対する手加減とかは、一切見て取れなかった。
 クロダは尚も椅子に座りながら大仰に手を広げながら言った。

 「地獄か! それは結構! だがな、善良なお前たちをいくら痛めつけても何故今ゾルクセスとやらは助けてくれない?」

 ゾルクセスは別に今世での救済の神でもなんでも無い。
 行動原理に近しいものである——だが、初めて感じる圧倒的暴力に対し、それを否定する気力も無かった。
 ただただ、恐怖に震え、自分の番が来ない事を祈っていた。

 「それはな、ゾルクセスなんてのは糞にも劣るまがい物だからだ」

 「違う!!」

 「わかった、わかった。お前らがあの世で救われる前に、俺がこの世界でお前らに地獄を見せてやるよ」

 男たちが動き出し、反抗的な態度をとる子供たちに暴力をふるっていた。
 その様子を見て、ただただクロダという男は——笑っていたのだ。

 「ゾルクセスとやらが何故、お前達を助けてくれないかを聞いておけよ」

 私達は恐怖に震えていた。
 男は親切そうに、愉快そうに、残忍さを見せている。
 私達はただ、その時間が早く終わる事を祈るしかなかった。
 一人を除いては——。

 「ゾルクセスを敵に回すの?」

 地獄の様な環境で響く、良く通る透き通った声。
 私達はその声に聞き覚えがあった。

 「軍に私達の代役を張れる人材がいるの?こんな暴挙に出る理由は何?」

 「ここは軍だ、軍以外に従うべき主は居ないと教えてやってんのさ」

 「あなたが手を出せば私は死ぬわ」

 セノ・タネコはベロを出し、下に乗せたカプセル状の何かを見せた。
 それを見て、クロダは椅子にふんぞり返りながら愉快そうに笑った。

 「キャンディには見えないな」

 「毒物だよ、これ以上私達に手を出せば私は死を選ぶ。それは貴女達にも不都合でしょ?」

 「ガキ一人がおっ死のうが痛くも痒くもない」

 「あ、そう。みんな、今までありがとう、ゾルクセスに栄光あれ!!」

 初めてセノ・タネコがゾルクセスに賛辞を述べるのを聞いた。
 そう言って飲み込む仕草をしたセノ・タネコは、聞いたことの無いような絶叫を上げ、のたうち廻っていた。
 あまりの光景に恐怖で私達は泣き出していた。
 その様子を見ていた軍人たちが、顔色を変えて詰め寄る。

 「吐かせろ!」

 「腹を押せ!」

 「アハハ」

 しかし、セノ・タネコは笑い声をあげ、立ち上げる。
 軍人たちと一緒に私達も呆気にとられる中、無表情のクロダと相対していた。

 「これは酔い止め」

 溶けかけたカプセルをペッと掃き出したセノ・タネコ。
 クロダは笑みを浮かべ、初めてその場から立ち上がった。

 「安心したよ、別に死んでも良いわけじゃないみたいだね」

 「ああ、その通りだ。死なれたら困る。俺たちはお前ら信者以外、軍に子供を差し出す奴らが居ないからな。しかし——。唯一の交渉材料をネタバラシしたけど良かったのか?」

 床に落ちているカプセルを踏み潰しながら凄むクロダに、セノ・タネコは一切動じていなかった。

 「別に良いよ、死のうと思えばいくらでも死ねるし。それに、殺そうと思えば貴方達もいくらでも殺せる。だって——」

 セノ・タネコは放心する私たちの背後を指しながら、

 「アレに乗るんでしょ?」

 私達はゆっくりと振り返る。
 セノ・タネコの指差した先には——三メートルほどの真っ白い体を持った。天井から伸びるチェーンに繋がれた——ロボットがあった。

 「猛獣の調教には、精々気をつけないとね」



 
 
 
 
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登場人物紹介

②氏名: |茵《シトネ》キリ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはゆるふわ系のボブカットになった。候補生達の証言では、過酷な孤児院時代は孤児院長からも君悪がられていたという程の天才であり、母国語に限らず、外国語も独学で習得していた。常にクールで本を読んでおり、集中しすぎると周りが見えなくなる。ほぼ毎日指揮官室に通い詰め、指揮官から外国語の発音を習っている。

①氏名: |乙亥《キノトイ》アネ


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはツインテール。孤児院組の纏め役。責任感があり、積極性はあるが、リスクヘッジに敏感すぎる節がある。しかし、指揮官からのアドバイスで一皮剥ける事に成功し、頼れるリーダーとなった。

⑥氏名: |日野《ヒノ》セレカ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはゆるふわポニー。何故か関西弁を喋る、乙亥《キノトイ》の参謀役。勝ち気な性格で、言動が荒ぶることもしばしば。

⑧氏名: |弓田《ユタ》ミア 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはベリーショート。内気で大人しく、周囲に流される傾向にある。|別蓋《ベツガイ》と絡み出してからは孤児院組からも少し距離を置かれている。

③氏名: |瀬乃《セノ》タネコ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはショートにワンポイントヘアゴム。別蓋と同じく、孤児院組とは別の出自で電光中隊に配属された。常にボーッとしており、本人曰く訓練所に来るまでの記憶を全て無くしているという。何故か唯一、|別蓋《ベツガイ》が強く出れない人物でもある。

⑤氏名: |波布《ハブ》キョウコ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはポニーテール。落ちついた物腰で、そつなくなんでもこなす器用さがある。候補生達の中では一番軍部への憧れが強い。篠崎伍長に憧れており、軍部への在籍を希望している。時折り、それが行き過ぎて篠崎伍長の様に振る舞う事もある。

④氏名: |仙崎《センザキ》トキヨ


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはセミロングサイドテール《アホ毛を添えて》。天然でハツラツとした候補生達のムードメーカー。食いしん坊であり、時には大胆な行動に出ることもある。

⑨氏名: |輪舵《リタ》ヒル


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはロングの三つ編み。劣悪な環境にいた小学生とは思えない、上品な雰囲気を纏っている。世話焼きで、集団のお母さん的存在。1番のオシャレ好きなおしゃれ番長でもある。

⑦氏名: |別蓋《ベツガイ》サキ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはアシンメトリーのストレートセミロング。瀬乃と同じく、孤児院組とは別の出自で電光中隊に配属された。不遜でIQが高く、不和を生む言動を繰り返す。集団の異物的存在。軍部への反抗心があるようで、何やら企んでいる節がある。

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