★番外編② 巻き巻きヘアの作業員【ユタ・ミア】

文字数 4,798文字



 「アナタに本当のことを教えてあげる」

 目の前の——ベツガイ・サキから真実を告げられた時。
 あれから私の人生は始まった、のだと思う。
 だって、私の心はそれまであの孤児院に囚われたままだったのだ。

 「……どうして、それを私に話したの?」

 ベツガイ・サキは一瞬考えるようなしぐさをして、そこから慎重に言葉を吐いた。

 「あんたは、孤児院の連中たちの中でも、まともだからよ」

 「まと、も?」

 「アンタはアイツら——軍を信用してないんでしょ? どうするの、やるかやらないか、ここで——」

 「やる」

 私のその言葉に、ベツガイは笑みを浮かべた。

 「みんなを救いましょう」

 ベツガイ・サキの差し出した手を、私は受け取った。
 初めて自分で何かを選択した。
 決意を抱いた。
 その時、私は本当の意味で、ユタ・ミアへと変わったのだ。









ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ


 私は孤児院の生まれだ。
 あそこは最悪だった。
 今でも覚えている、黴臭くてほの暗い空間。
 怒声が聞こえ、震えあがる焦燥感。
 理由のない暴力への恐怖。

 私はそんな空間で、仲間たちに守られてばかりだった。
 人一倍臆病な私を、孤児院長は大のお気に入りだった。
 ありとあらゆる屈辱を受け、心は完全に屈服していたのだ。
 時には——。

 ああ、思い出したくもない。
 だけど、これは呪いのように頭の片隅にとどまっている。
 向き合うことを決めた時、鮮明にその瞬間を思い出す。

 私は、ある日、孤児院長に一晩中自室に軟禁され、恐怖を味わされていた時。
 仲間を売ってしまったのだ。
 それを見た孤児院長の笑みを忘れることが出来ない。
 いきなり私は解放され、今度は私が口にした仲間が部屋に連れられて行った。
 悲鳴が聞こえ、音が聞こえ、必死に耳をふさぐ。

 後悔はしていた。
 尊厳も失った。
 だけど、それを【恥】だとは思わなかった。
 だって、そうだろう。
 あんな大きな化け物に対し、私に何ができるというのだ。

 しかし、皆は違った。
 恐怖に震えながらも、誇りを捨てなかった。
 その筆頭にいたのはシトネだ。
 彼女は涼しい顔で孤児院長の与えるあらゆる恐怖をものともしなかった。
 それに、信じられないくらい頭もよかった。

 私たちを夜な夜な孤児院長が寝静まったころに集めては、どこで覚えたのか言葉や文字も教えてくれた。
 いわば、彼女はあの孤児院における神のような存在だった。
 私は少なくともそう思っていた。
 信仰心を抱いたこともあった。
 
 だけど——。
 それも、私たちが新しい環境に変わると同時に、状況が一変する。

 胡散臭い軍とかいう連中に助け出された仲間たちは、簡単にそれらに忠誠を誓ったのだ。
 神だったシトネも、若い指揮官にべっとりと懐いていた。
 おかしい、おかしいと思った。
 確かに、孤児院より百倍マシな環境だ。

 だけど、形は変わっただけで、私たちは支配されている。
 何か、とてつもなく悪いことが起きようとしている。
 その確信めいた何かが胸中にはあった。

 そんな時だ。
 ベツガイ・サキから話があると呼びされた。
 そこで聞かされたのは——。

 私たちは軍の実験台であるということ。
 月光という他の部隊では死傷者も出ているということ。
 軍という連中は卑劣な奴らであること。

 ほらみたことか。
 私は半ば、安心していた。
 大人たちが、完全なる善意をもって接する。
 そのことがあり得ないということを改めて知れたからだ。  
 
 それに——私は取り戻す気でいたのだ。

 あの時、仲間を売って消え去った尊厳のある自分を。
 そうして初めて——私は孤児院のみんなと胸を張って肩を並べられる。
 そう信じていた。
 
 そこから暫くして、ベツガイ・サキと真夜中の密会を重ね、計画が語られた。
 ベツガイがエルフライドに乗り込み、訓練場の全てのエルフライドを稼働できないように頑丈な装甲ではなくコックピット部分を開閉して破壊する。
 そしてベツガイは——その後は月光のエルフライドまでも単独で破壊しにいくと口にしていた。
 
 電光だけでなく、月光までも救う覚悟に感嘆し、私は付き従った。
 しかし、予想外のことが起こる。

 体育館へと下見に行ったとき、ほかの誰でもない、救おうとしていたアネたち本人にそれを阻止されたのだ。
 ベツガイはそのことに苛立っているようだった。
 教室では皆に罵声を浴びせ、その後の私との密会では、

 「下見した時、エルフライドの武器装備が確認できなかった。おそらく、電光はまだ武器も到着してないようね。【キー】も金庫に厳重に保管されているようだし、これでは計画も支障をきたすわ」

 「……どうするの?」

 「操縦技能訓練が始まり、武器が納品されるまで持ち越しね。もうそれしか方法は無いわ」

 「で、でも、エルフライドに乗るだけでも、死んじゃうかもしれないんでしょ!?」

 私の発言に、ベツガイは突き放すように背を向けた。
 
 「……それを望んだのは奴らよ」
  
 私は絶望をしていた。
 ベツガイの協力はもう得られない。
 仲間を救うことはもうできないのか?

 その時、私は指揮官が外出時にバスでの発言を思い出していた。

 『現段階では、警察組織は軍組織と対立関係にあると思ってもらって構わない』

 「警察……」 
 
 私の脳内に、とある計画が浮かび上がった。 
 町にいる警察にこの施設について話し、仲間を救ってもらおうということだ。
 私は必死に、必死に考えていた。
  

 




ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ


 そして、今に至るわけだ。
 結果は全て最悪の方向へと向かった。
 作戦中止を聞いたアネたちはエルフライドに搭乗し、戦地へと向かおうとした。

 あの光景を目の当たりにしたとき、結局私は仲間たちを二度裏切っただけだと知った。
 自分の浅はかさと、弱さを思い知った。
 もう、私は仲間たちとは肩を並べて生きていくことはできない。
 そう、思った。

 だけど——。

 「お前に特別な役割を任せたい。モノづくりに関しての話だ」

 指揮官から、あの依頼を受けた時。
 私はとある光明を見出した。
 エルフライドの操縦技能でもみんなに劣り、誇りや尊厳という人間的な部分でも劣る自分という人間に、まだ役割があると聞かされた。
 今にも飛びつきたくなる気持ちを抑え、必死に冷静さを保った。
 それ以上に、指揮官がなぜ私に目をかけるのかが分からなかったのだ。

 「指揮官は……」

 「なんだ?」

 「どうして……脱走した私にそこまでしてくれるんですか?」

 そこで指揮官は言葉を詰まらせた。
 それを見て、私はとあることを感じ取っていた。
 この人は——私のことを……私たちについてのことを、いま必死に考えてくれているのだ。

 「俺は常にチーム全体のことを考えている」
 
 指揮官は数秒を有し、ようやく言葉を吐いた。

 「この答えじゃ不服か?」

 「いえ——やります、やらせてください」

 私はその瞬間、指揮官と——なにより自分を信じることに決めた。
 迷っていても仕方ない、後悔しても仕方ない。
 何せ、いまある現実はここにあるのだ。
 そのことを必死に噛みしめていた。



 






ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ


 そこからの日々は風のように一瞬で過ぎ去っていった。
 エマという黒人の女性が私のエンジニアの師匠となり、色々なことを教わった。
 それ以上にたくさん怒られた。
 言葉は分からないし、彼女は淡々と作業を進めるのだ。

 時にはスパナやモンキーが飛んできて、顔をかすめたこともあった。
 それでも耐えれたのは、彼女が孤児院長と違い、本気で何かを教えようとしてくれていると感じ取ったからだ。 
  
 私は少しでも早くエマに近づくため、合衆国語を習得することを決めた
 最初はシトネのもとへ訪れた。
 彼女は指揮官から既に合衆国語を習得したとお墨つきをもらっている存在だったからだ。
 自由時間中、本を読んでいる彼女に近づくと。
 彼女は私に気づくなり、本を下げ、

 「……ミア、悪かった」

 「え?」

 「すべては、わたしのせい」

 バツが悪そうにそう言った。
 言葉の意味が分からない私は、一瞬固まる。
 そんな私に、シトネは再び口をひらいた。

 「ミア、わたしたちは家族」
 
 その言葉に、胸が張り裂けそうになった。
 
 「あなたは、裏切り者じゃない」

 淡々とした口調に、確かな愛情がこもっていた。
 それを感じ取った瞬間、私の目からは大粒の涙が出ていた。
 シトネは私の顔を引き寄せ、額を合わせるしぐさをした。
 私たち——孤児院での、家族のおまじないだ。
 吐息を感じる距離で、

 「孤児院でのことは気にしてない、あなたを守れてよかった」
 
 私は目を見開いていた。
 シトネは——知っていたのだ。
 あの日、私は孤児院長から暴力をふるわれながら、なぜ文字が読めるのか、その理由について、聞かれていたのだ。
 恐怖に耐えかねた私は——。

 「言えてよかった」
 
 シトネのほっとした表情に、私の嗚咽が漏れる。
 とめどない涙が流れ、落ち着くまでにどれくらいの時間を有しただろうか——。
 シトネは落ち着いた私を立たせ、手を引いてどこかへ案内しようとする。

 「わたしより、指揮官のが教えるのがうまい」

 そう言った彼女は、とある部屋をノックしていた。
 部屋を開けた人物は、呆気にとられたように私たちをみつめていた。
 
 「しきかん、ミアが」

 それだけ言って私に視線をよこすシトネ。
 私は再び、涙があふれてくるのを感じた。
 そうか、シトネは、彼女は——。
 
 「指揮官。ぐすっ、合衆国語を教えてください」 
 
 彼を——私たち家族と同じくらい信頼しているんだ。
 そのことをシトネが教えてくれた気がした。









ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ


 シトネと指揮官のおかげでだいぶ合衆国語も理解できるようになってきた頃。
 私は、ようやくエンジニアとして作業に加われるほど成長できていた。
 今作ってるのはエルフライドの武器。
 とても大きな、弓矢だった。
 エマは溶接の名人で、淡々と矢となる素材を大量に仕上げていっていた。 

 「差し入れだ」

 不意に、指揮官が大きな袋を携えてやってくる。
 エンジニア組は作業中、指揮官が様々なものを差し入れとして持ってきてくれる。
 
 「あっ、指揮官。いつもありがとうございます。ミア、冷蔵庫に入れときなさい」

 「わかった」

 私が指揮官から袋を受け取ると。
 指揮官は私を見て、優しく微笑んでくれた。
 この笑顔を見ると、最近ドキリとしてしまう。 

 「だいぶサマになってきたな」

 合衆国語でそう言われ、思わず笑みがこぼれた。 

 「まだまだですよ」

 私も同じ言語で返答する。
 指揮官はうなずきつつ、エマと向き直り、表情を変えた。

 「今日はおしゃれしてるんだな」

 ——そう。
 私も気になっていたのだ。
 師匠——エマは今日、作業服はいつもと同じものを着ているのだが。
 髪型が違う。
 なんだか、とてもかっこいい巻き巻きヘアをしていた。
 
 「似合うでしょ? 実家直伝のドレッドよ」

 エマはにこりと笑いながら返答する。
 そうか——あの髪型は、ドレッドと言うのか。
 
 「ああ、最高だ——」

 「あ、あの!」
 
 私はその時、思わず声を張り上げていた。
 
 「私も、エマと同じドレッドにしたい!」

 私の突然の発言に、エマは作業を中断し、困った子どもを見るしぐさをしていた。
 
 「悪いけど、それはできないわ」

 「え? ど、どうして」

 「これは、私の人種の誇りなの。トビーもライアンもこの髪型にするのは許せないわ」

 人種の誇り——よく、難しいことは分からなかった。
 だけど、彼女が意地悪で言ったのではない、そんな誠意のようなものが見て取れて、私は素直に諦めていた。

 「そうなんだ……」

 「でも、そうね——」
 
 エマは作業に戻りながら、

 「この髪型は、戦士の髪型だから——いずれ、ね」

 そんな意味深な言葉を吐いたのだった。
 
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登場人物紹介

②氏名: |茵《シトネ》キリ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはゆるふわ系のボブカットになった。候補生達の証言では、過酷な孤児院時代は孤児院長からも君悪がられていたという程の天才であり、母国語に限らず、外国語も独学で習得していた。常にクールで本を読んでおり、集中しすぎると周りが見えなくなる。ほぼ毎日指揮官室に通い詰め、指揮官から外国語の発音を習っている。

①氏名: |乙亥《キノトイ》アネ


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはツインテール。孤児院組の纏め役。責任感があり、積極性はあるが、リスクヘッジに敏感すぎる節がある。しかし、指揮官からのアドバイスで一皮剥ける事に成功し、頼れるリーダーとなった。

⑥氏名: |日野《ヒノ》セレカ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはゆるふわポニー。何故か関西弁を喋る、乙亥《キノトイ》の参謀役。勝ち気な性格で、言動が荒ぶることもしばしば。

⑧氏名: |弓田《ユタ》ミア 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはベリーショート。内気で大人しく、周囲に流される傾向にある。|別蓋《ベツガイ》と絡み出してからは孤児院組からも少し距離を置かれている。

③氏名: |瀬乃《セノ》タネコ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはショートにワンポイントヘアゴム。別蓋と同じく、孤児院組とは別の出自で電光中隊に配属された。常にボーッとしており、本人曰く訓練所に来るまでの記憶を全て無くしているという。何故か唯一、|別蓋《ベツガイ》が強く出れない人物でもある。

⑤氏名: |波布《ハブ》キョウコ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはポニーテール。落ちついた物腰で、そつなくなんでもこなす器用さがある。候補生達の中では一番軍部への憧れが強い。篠崎伍長に憧れており、軍部への在籍を希望している。時折り、それが行き過ぎて篠崎伍長の様に振る舞う事もある。

④氏名: |仙崎《センザキ》トキヨ


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはセミロングサイドテール《アホ毛を添えて》。天然でハツラツとした候補生達のムードメーカー。食いしん坊であり、時には大胆な行動に出ることもある。

⑨氏名: |輪舵《リタ》ヒル


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはロングの三つ編み。劣悪な環境にいた小学生とは思えない、上品な雰囲気を纏っている。世話焼きで、集団のお母さん的存在。1番のオシャレ好きなおしゃれ番長でもある。

⑦氏名: |別蓋《ベツガイ》サキ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはアシンメトリーのストレートセミロング。瀬乃と同じく、孤児院組とは別の出自で電光中隊に配属された。不遜でIQが高く、不和を生む言動を繰り返す。集団の異物的存在。軍部への反抗心があるようで、何やら企んでいる節がある。

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