第十九話 【キノトイ・アネ】7

文字数 5,249文字


 私は、医務室での手当てを終え、候補生達が住まう営内の前に立っていた。
 どうやら皆んなは部屋内にいる様だ。
 ベツガイに詰めかかるかのような怒声が聞こえてくる。

 私は息を吸った後、扉へと手をかけた。
 ガラリと音を立てながら中に入ると、予想通りの情景がそこにはあった。
 無表情でベッドに腰掛けるベツガイ・サキを囲む、苛立った様子の皆んなの姿があった。

 「何をやってるの?」

 私が近づくと、皆んなが気まずそうに顔を伏せる。
 セレカだけは、ベツガイから視線を外さずに敵意を剥き出しにしていた。

 「明日は覚えとれよ、全員で狙いうちにするからな」

 私はそんな物騒な事を言うセレカの前に立つ。

 「ダメよ、セレカ。そんな事はさせない」

 セレカは分かりやすく失望した表情を浮かべた。

 「なんで? 私らも手を出さんかったらやられっぱなしやん。勝てるもんも勝てんよ?」

 「大丈夫よ、彼女はもう手は出さないわ。いや、出せないのよ。そうでしょ?」

 言いながらベツガイ・サキに視線を送る。
 彼女は怪訝そうに、探る様な眼差しで私を見ていた。
 気にせず私は周囲を見渡し、ニコリと笑みを浮かべる。
 まるで、指揮官の様に。

 「キョウコ」

 「な、なに?」

 ベツガイチームの先鋒として、勝利に貢献していたのは彼女だ。
 ベツガイに加担したと思われたくないのか、彼女は私から目線を逸らす。

 「アナタ、大活躍だったわね。ああいう競技はかなりアナタ向きだと思う」

 私の思いがけない言葉に、キョウコだけでなく、皆んなが目を見開いた。
 まさか、負かした敗軍の大将から褒められるとは思って無かったかのような反応だ。
 私は構わずミアへと視線をやる。

 「ミア」

 「え、え?」

 「アナタもキーパーとして、良く頑張っていたわ」

 今度はトキヨに目を向ける。
 二人とは対照的に、褒めてもらうのを待つような期待の表情を浮かべていた。

 「トキヨ」

 「なに?」

 「アンタは……もっと頑張りなさい」

 「なんでアタシだけそんな感じ!?」

 皆んな、そのやり取りに思わず吹き出した。
 よし——私はいま、この場の空気を完璧に支配する事に成功した。
 まるで——自身が何か別のモノに生まれ変わったかのような、そんな不思議な万能感に満ち溢れている。

 言い過ぎか、いや、そうに違いない。
 和やかなムードになった所で、私はベツガイへ向き直った。

 「ベツガイ、アンタやるわね。明日は絶対に負けないわ」

 「……なるほど、ね」

 ベツガイは怪訝な表情からいつもの飄々とした表情を浮かべた。

 「指揮官に何を吹き込まれたかは知らないけれど、あんまり忠実にしすぎても向こうが調子に乗るだけよ?」

 「忠実? それは違うわ。正直、私はこの訓練が何を意味するのかは分からないし、アナタと同じで、私は軍にも指揮官にも少なからず不信感を持っている」
 
 その言葉に、全員驚きを隠せていなかった。
 私は今までリーダーとして、軍の命令を確実に遂行し、規律を維持させる方向へ全員を導いてきた。

 そんな私が、一番の問題児であるベツガイと同じ様な事を言うのだから、尚更だ。
 不安そうにするもの、何とも言えない表情を浮かべる者、そして——。

 探る様に思考を張り巡らせる者、様々な感情が入り乱れて交錯している。
 なるほど、私は今までこの景色を見ようとしていなかった。

 軍の規律の前では個々人の感情など、不要な物だと吐き捨ててきた。
 それが一度、全員を注視してみれば——。
 これが、指揮官の見ている景色なのだ。

 「でもそれとコレとは別よ。負けっぱなしじゃいられないから」

 私の言葉にベツガイは目を見開く。
 その様子に私は笑みを浮かべ、踵を返して出口へと向かう。

 「Aチームは集まって作戦会議しましょ、二階の部屋を借りましょうか」

 言いながら部屋を出ると、直ぐにパタパタとAチームの人員が追いかけてきた。
 暫く歩いていると、

 「アネちゃん。あのベツガイじゃないけど、指揮官からなんか言われたん?」

 セレカは私よりもリーダーの素養がある。
 しかし、私を信頼し、表立ってリーダーをする様な出しゃばる真似はせず、一歩引いて意見をくれる、頼れる相棒だ。
 それが、いまや憎きベツガイに敗北を重ね、私にもチームにも苛立ちを見せ始めていた。

 「私はリーダーとして、ベツガイに負けるわけにはいかない。正々堂々、戦略で打ちまかしてやりたいのよ。その為には、それをやってこそ——アイツにギャフンと言わせれるでしょう?」

 色々言ったが、私の意見は結局は状況をゼロに戻すという事だ。
 セレカは暫く黙っていたが、諦めた様に息を吐いたあと、苦笑する。

 「アネの意見に賛成するわ、その方が気分が良さそうやしな」

 セレカの言葉に、私は安堵した。
 正直、彼女に尚も反対されればかなり面倒な事態になっていただろう。
 教室に辿り着き、席を移動させて私達は円を作る。
 さあ、会議が始まるという段階で、クスクスと笑い出す者が居た。

 「おい、何笑ろてんねん」

 セレカが不快げに笑い出した人物を睨みつける。
 対して、笑い出した張本人であるセノ・タネコは、呆けた顔で見つめ返していた。
 正直不気味だ、何故このタイミングで笑い出したのか。
 私は冷静さを保つ様に心がけたまま、セノ・タネコに向き直った。

 「セレカ、待って。セノさん?」

 「何です?」

 「何か面白い事でもあったの?」

 私の問いに、彼女は思わずといった様に笑みを浮かべた。

 「実はですね、試合中に面白い事をいっぱい考えてたのです」

 面白い、こと?
 それは作戦で、という事だろうか。
 正直試合中でも呆けた時間が多すぎる戦力外な彼女が、一体何を考えていたのかは純粋に興味がある。

 「聞かせて」

 私が問うと、セノ・タネコは考えていたという〝面白いコト〟の全容を語り出す。
 彼女の言葉を受け、暫く私たちは全員呆気にとられていた。

 「それって……アリなん?」

 「怒られるかも」

 皆んなが口々に否定的な意見を口にした。
 私はその最中、一人思考を巡らす。

 「いや……面白いわ。他にもっとない?セノさんだけでなくシトネとリタもアイディアがあれば」

 「それをするなら——」

 シトネもそこで口を挟み出した。
 正直、シトネやリタは積極性に欠け、競技には不向きだとさえ思っていた。

 しかし——口には出さないだけで、ゲームに対しては非常に緻密で繊細な世界観を持っている。
 そうだ、私は知っていたじゃないか。
 シトネはベツガイより天才で、リタは誰よりも私達を見ている。

 セレカは私よりも豪胆で、リーダーに相応しいが私を慕い、有能なブレーンとして機能している。
 セノ・タネコは未知数だが、誰もが思い付かない作戦を発案した。

 『お前が勝つことと、良いリーダーである事は別だ。そうすれば、勝利なんてのは勝手に近づいてくるぞ』 

 指揮官の言葉が脳裏に浮かんだ。

 〝良いリーダー〟それが何を示すのかは明白だ。

 ベツガイは強烈なワンマンを発揮するが、チームの感情に理解を示し、士気を高められるとは思えない。

 私はその逆をいき——勝利を掴む。
 結局、会議は白熱し、私達が部屋を出たのは消灯が少し過ぎた辺りだった。
 

 




ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ

 次の日、昨日と同じ様に八時にジャージ姿でグラウンドに集合した私達は、整列して試合が始まるのを、今か今かと待ち侘びていた。

 ダウンしたエンジニアさん達、呑気そうな指揮官、ピリピリした表情を浮かべるシノザキ伍長。
 一つ違う事と言えば——。
 この場所に集まったのが私たちAチームだけという事だけか。

 時計を見ながらイライラした様子のシノザキ伍長が、痺れを切らした様に口を開いた。

 「キノトイ、Bチームはどうした?」

 「営内(校舎)にいます」

 私の返答にシノザキ伍長は眉根を上げた。

 「なに? 取締り役のお前が何故——」

 「シノザキ」

 咎める様なシノザキ伍長の次なる言葉を封じたのは、笑みを浮かべた指揮官だった。

 「開始しろ」
 
 その言葉に私達はさぞかしほくそ笑んでいた事だろう。
 やはり——指揮官はよく分かっている。

 「指揮官、まだBチームが……」

 「全く、大した奴らだ。説明してやれ、キノトイ」

 私は一歩前に出て、シノザキ伍長の前に立ち、説明を開始した。

 「はい、Bチームは早朝、起床前にベッドに縛りつけました」

 戦略的に優れているのはBチームである事は明白である。
 まともにカチあっても勝てない
 ならば、そもそもグラウンドに足を運ばせなければいい。
 そんなセノ・タネコのぶっ飛んだアイディアを採用したのだ。

 ベツガイだけでなく、Bチームの面々は朝起きて、縛り付けられている様を見て、カンカンに怒っていた。
 流石に食事が食べれないのは可哀想だったから部屋まで持っていって食べさせてはあげたが。

 「素晴らしい、ナイスな作戦だ。よく気づいたな、このゲームの本質ってヤツを」

 指揮官がパチパチと拍手をし、私達を称賛する。
 対照的に、シノザキ伍長は驚きを隠せない様に目を見開いていた。
 セレカも、昨日は指揮官を睨んでいたが、褒められたのが嬉しかったのかニヤリと笑みを浮かべていた。

 「だがまあ、落とし所は必要だな。昨日の六敗はチャラだ。今からBチームを解放してゼロの状態で戦う、なんてのはどうだ?」

 「構いません」

 この展開をあらかじめ予想していた私達は素直に頷く。
 ゼロ対ゼロ、これで点数的にはイーブンに持ち込めた。
 後は——ここからが本番だ。







ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ

 「アンタら絶対に許さない」

 解放されたベツガイは屈辱と怒りを交えた様な真っ赤な顔を浮かべていた。
 それもそのはずだ。

 人間、朝には必ず尿意を覚える。

 しかし、私たちがベッドに括り付けていたため、ベツガイはBチームで唯一、トイレにかけこむ前に間に合わずにお漏らしをしてしまったのだ。

 昨日はベツガイに反抗的だったBチームの面々も、若干哀れみを含んだ視線を送っていた。
 今にも人を殺しそうなベツガイに私は少し怯えつつ、親指でセノ・タネコを指す。
 
 「アンタの友達の発案よ」

 「タネコ!」

 「やーい、サキちゃんのおもらし〜」

 セノ・タネコの言葉を受け、ベツガイはワナワナと肩を震わせていた。
 彼女はセノ・タネコには何故か強く当たることが出来ない。
 初めて見る表情に、私が思わず笑い出すと、殺気を帯びた目つきで睨み返してくる。
 キョウコやミア、トキヨもベツガイ程では無いが、不満げな表情に戦意が募っていた。
 
 「アンタら、覚悟は出来てるんでしょうね?」

 「御託はいいわ、作戦でみせてよね」

 「言ってなさい、直ぐに吠え面かかせてやるわ」

 ベツガイが踵を返すと、Bチームの面々は戦意に満ちた表情で追従した。
 どうやら、この一件で団結力を深めた様だ。
 次戦からはもっと手強くなるだろう。
 望むところだ——。
 団結力を深めたのはBチームだけではない。

 「皆んな〝鳥籠(とりかご)〟作戦よ」

 視線を向けずに私が告げると、全員が頷く気配があった。
 私はそのまま審判役である指揮官の位置まで赴く。
  
 「もう作戦会議は終わりか」
 「はい」
 「キノトイ」

 呼び止められ、振り返ると——。
 指揮官は無邪気な笑みを浮かべていた。

 「何を見せてくれるかは知らないが、期待しているぞ」
 「はい!」

 思わず私は元気よく返事を返していた。
 その時私は——この不思議な指揮官に初めて認められた、そんな気がしたのだ。

 「それでは今から第七戦目に移行する。全員、自身の用いる全てを使用して勝利を掴め」

 Bチームはどうやら防御に特化した陣形にシフトしたようだ。
 ベツガイも大胆な事をした私達に少し警戒している様だ。
 私は……余りにも予想通りすぎて、思わず武者震いを起こしていた。
 確かに相手の主力を今までと違い、防御に徹する、コレは通常ならかなり手強い陣形だ、通常なら、だが——。

 ああ、そうか。

 これが戦略か、これが勝利か。

 いや、まだ勝負は始まっていない。
 私は勝利を予感した気配に快感を覚えていた。
 コレは——癖になりそうだ。
 
 「状況開始!」

 指揮官が手を振り下ろすと同時に、私達はBチームのポストと反対方向へと体を向けた。
 驚愕を含んだどよめきが聞こえてきた。
 まだ驚いてもらっては困る。

 「〝鳥籠(とりかご)〟陣形!」

 私の言葉にAチームはポストの両側に立ち、力を合わせてグラウンド方向へと押し出す。

 「キョウコ! トキヨ! 前進しなさい!」

 察した様にベツガイが指示を飛ばすが、間に合わない。
 そして——。
 砂埃を上げながらポストは侵入路を塞ぐ様に大きな音を立てて倒れた。

 「入り口が——無くなっちゃった」
 
 近くまで来たトキヨが足を止め、目を丸めながらそう呟いた。
 私達は振り返る。
 驚愕に顔を引き攣らせたベツガイの姿がそこにはあった。

 「まずは、一点ね」
 
 私達Aチームの初めての勝利は、ゆっくりと歩みを進めて掴んだ。
 
 
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登場人物紹介

②氏名: |茵《シトネ》キリ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはゆるふわ系のボブカットになった。候補生達の証言では、過酷な孤児院時代は孤児院長からも君悪がられていたという程の天才であり、母国語に限らず、外国語も独学で習得していた。常にクールで本を読んでおり、集中しすぎると周りが見えなくなる。ほぼ毎日指揮官室に通い詰め、指揮官から外国語の発音を習っている。

①氏名: |乙亥《キノトイ》アネ


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはツインテール。孤児院組の纏め役。責任感があり、積極性はあるが、リスクヘッジに敏感すぎる節がある。しかし、指揮官からのアドバイスで一皮剥ける事に成功し、頼れるリーダーとなった。

⑥氏名: |日野《ヒノ》セレカ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはゆるふわポニー。何故か関西弁を喋る、乙亥《キノトイ》の参謀役。勝ち気な性格で、言動が荒ぶることもしばしば。

⑧氏名: |弓田《ユタ》ミア 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはベリーショート。内気で大人しく、周囲に流される傾向にある。|別蓋《ベツガイ》と絡み出してからは孤児院組からも少し距離を置かれている。

③氏名: |瀬乃《セノ》タネコ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはショートにワンポイントヘアゴム。別蓋と同じく、孤児院組とは別の出自で電光中隊に配属された。常にボーッとしており、本人曰く訓練所に来るまでの記憶を全て無くしているという。何故か唯一、|別蓋《ベツガイ》が強く出れない人物でもある。

⑤氏名: |波布《ハブ》キョウコ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはポニーテール。落ちついた物腰で、そつなくなんでもこなす器用さがある。候補生達の中では一番軍部への憧れが強い。篠崎伍長に憧れており、軍部への在籍を希望している。時折り、それが行き過ぎて篠崎伍長の様に振る舞う事もある。

④氏名: |仙崎《センザキ》トキヨ


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはセミロングサイドテール《アホ毛を添えて》。天然でハツラツとした候補生達のムードメーカー。食いしん坊であり、時には大胆な行動に出ることもある。

⑨氏名: |輪舵《リタ》ヒル


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはロングの三つ編み。劣悪な環境にいた小学生とは思えない、上品な雰囲気を纏っている。世話焼きで、集団のお母さん的存在。1番のオシャレ好きなおしゃれ番長でもある。

⑦氏名: |別蓋《ベツガイ》サキ 


性別: ♀

年齢: 12

階級: 候補生《訓練終了時軍曹に昇進》

解説: SACのエルフライド搭乗者候補生。髪型は元はお団子だったが、美容室に行ってからはアシンメトリーのストレートセミロング。瀬乃と同じく、孤児院組とは別の出自で電光中隊に配属された。不遜でIQが高く、不和を生む言動を繰り返す。集団の異物的存在。軍部への反抗心があるようで、何やら企んでいる節がある。

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