★番外編① 【キノトイ・アネ】未知との遭遇
文字数 4,882文字
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ 視点【タガキ・フミヤ】
それは候補生達を連れ、初の外出へとおもむく前日の夜のこと。
俺はエンジニアに貸してもらった衛星パソコンで、黒亜で最近公開の映画情報を眺めていた。
「うーん、ろくなのが無いな」
予定時間でやっているのはランキン上位の四タイトル。
しかし、どれも微妙そうだった。
まあでも……。
地球がどうなるかわからないような今のご時世で映画を流してるだけ凄いもんだけど。
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1位【不夜城乙】
三年連続ベストセラーの殿堂入りサイコホラーミステリー、遂に実写化。刑事課から左遷され、片田舎の駐在勤務となった男、フシミ。彼はひょんなことから、広大な敷地面積を誇る廃墟に立ち入ることに。そしてそれは、壮大な謎に満ちた物語の始まりでもあった。第十三回WMS受賞監督が手がける新たな映像技法と、豪華俳優陣による夢の共演がアナタを不夜城へと導く——!。
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ほーん……。
まぁまぁまぁって感じのあらすじだな。
やたら大作感は出してるが、別に興味を惹かれるような内容じゃない。
ていうか【不夜城乙】の乙って、墜つと掛けてるんだろうか?
なんかダセェ。
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2位【ワンスモア】
話題沸騰!油倉共和国で放映禁止された大問題作、黒亜で電撃公開!
ナスタディアの退役軍人であるビリーは、戦場に全てを置いてきた——。青春、葛藤、恋愛、邂逅、別離。
そして——残虐性も。死期が近づいた今、もう一度それらを体験すべく、ビリーはかつての仲間たちを集めて町を地獄に変えてやろうと計画する。しかし、それを為すには町を仕切るギャング組織が邪魔だと判断し——。倫理観崩壊中の最強ジジイ軍団、大暴れ!
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一言で現すなら(笑)だな。
これまた低俗グロなB級っぽい匂いがぷんぷんする。
半年後にはビデオ屋のセール品としてワゴンに並んでるに一万円賭けても良い。
まあ、一人で暇してる時なら見てみたい気もするけど。
候補生達には見せられないシロモノだ。
十五禁っぽいし。
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3位【ベントリー・ハウス】
ナスタディアで話題沸騰中のCGアニメーション、黒亜上陸!
ベントリー州の郊外を探検する少年達が見つけた廃屋は、生きている家だった!?
新感覚、生きてる【家】との友情を育む異色の青春活劇、黒亜のスクリーンに堂々登場!
最後まで見終わる頃には——あなたにとっての家の概念が変わること、間違いナシ。
これは壮大で愉快な仲間たちと繰り広げる、【ただいま】の物語。
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うーむCGアニメか。
まあ子供に見せるならこれなんだろうが、映画初心者達だからな。
アニメってのは見せる前に共通認識として持っておかねばならない知識が存在する。
ナスタディア産のCGアニメだからな、こっちの常識と違う部分には大いに困惑するだろう。
まあ、保留しとくか。
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4位【弁当屋ズ・ラブ】
伝説の少女漫画が遂に映画化!?夢を追う、売れない漫画家のアオヤマ・リン(20)は、勤め先のアシスタントが廃業となり、家賃のために弁当屋に勤める事になった。そこで働いていたイケメン店長に惚れられるが、今まで夢を追い続けていたリンは奇跡的なまでのインキャで、鈍感系だった。唯一、趣味の話題に食いつく事を発見したイケメン店長は、オタクに扮し、店長でありながら弁当屋の客である事を偽る。この恋の行方は——!?
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恋愛モノか。
これもナシかなあ。
いきなり恋の物語見せられたって訳もわからないだろうし。
十二歳には刺激が強すぎるんではなかろうか?
うーん。
俺自身どれか選べと言われたら——まあ、不夜城乙かな。
他のは俗っぽすぎるし。
しかし、見事に不作だな、今年の映画は。
——おっといけない。
本題からずれてしまったな。
今回は俺が映画を見に行くのでは無く、候補生達に素敵な映画体験をしてもらおう!
というのが、目的だ。
しかし、どれも映画初心者である候補生らにはあまりそぐわない内容ばかり。
なんのこっちゃ、ってなるかもしれん。
……いや!
大事なのは映画館で映画を見る事だ。
あの独特な雰囲気と没入感は、必ず現場で体験させてやりたい。
散々悩んだ末、結局〝ベントリー・ハウス〟というアニメ映画に決めた。
「おう、ニシモト伍長か。俺だ」
『お疲れ様です!』
「ああ、お疲れ。外出の件なんだがな、映画を見させようと思ってるんだ」
『そうでありますか』
「ああ。そんで、もう見させる映画は決めてあるんだ。先んじてチケットをとっといてくれないか?」
『分かりました!』
「ネットで検索かけてくれ。タイトルはな——ベントリー・ハウスだ」
『……すみません、もう一度お願いします』
「ベントリー・ハウス」
『ベントー……分かりました! 手配しておきます!』
その煮え切らないような返答に、一瞬嫌な予感が浮かんだ。
しかし、その時の俺は……まあ連絡要員を任された男だから大丈夫だろうと流したのだ。
流してしまったのだ。
俺はその時の判断を——。
今後一生後悔する羽目になるとは——思いもよらなかった。
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ 視点【キノトイ・アネ】
それは初めての外出時でのこと。
指揮官とエンジニアさんが飲みにいくということで、その間に私たちは映画というものを見せてもらえることになったのだった。
しかし、なにやら映画館に入る前、入口でシノザキ伍長とニシモト伍長が揉めていた。
「……ニシモト、なんだそのチケットは?」
「はい、指揮官に頼まれていた——」
「おい、外ではミシマさんだろ?」
「あっ、すみません。えーと、これはミシマさんに頼まれていたチケットです」
ニシモト伍長は私たち全員にチケットを手渡した。
チケットには、タイトル欄に〝弁当屋ズ・ラブ〟と書かれていた。
それを見て、シノザキ伍長は何やら不機嫌になったようだった。
「……本当にミシマさんはこの映画だと言ったのか?」
「はい、間違いありません」
「……この〝ベントリー・ハウス〟ではなくか?」
シノザキ伍長は、変な絵が描いてある看板を指しながら言った。
ニシモト伍長はまじめな顔で何度もうなずいていた。
「確かに〝弁当屋ズ・ラブ〟と聞きました。若干、聞き取りずらかったですが、流ちょうな合衆国語で『なんとかかんとかラブ』と最後言っていたのをこの耳で聞きました」
「……そうか」
シノザキ伍長は明後日の方向を見て、
「あの人は本当に何を考えているんだ……子どもにいきなり恋愛映画なんか」
達観したようにそうつぶやきました。
そこで、館内にアナウンスが鳴り響きます。
『間もなく〝弁当屋ズ・ラブ〟の上映が開始されます』
シノザキ伍長は舌打ちをした後、私たち全員に向き直る。
「いまから映画を見る。上映時間中は二時間ほど拘束されるため、先んじてトイレに行くものはいっておけ。あと——」
シノザキ伍長はカウンターのほうを指しながら言った。
「あそこに飲食を販売してあるコーナーがある。あのカウンターで販売されてあるものは上映中飲食可能だ。欲しいものはいるか?」
あのカウンターからいい匂いがしていたので、気になっていたのだ。
しかも看板には、ハンバーガーに似た、【ほっとどっぐ】とかいう食べ物の写真が載っていた。
あれは是非食べてみたいと思っていたのだ。
私は気恥ずかしさもあり、少し迷ったが——覚悟を決めて手をあげることにした。
そして、手をあげながらこっそり周囲をうかがうと。
私たち全員が手をあげていたのだった。
「全員、来い。買い方を教える」
シノザキ伍長はそれを見て、カウンターのほうへと足を向ける。
私たちはそれを勇み足で追いかけたのだった。
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
仄暗くて、とても広い館内。
そこは私たちにとっての、異空間だった。
巨大なスクリーンに映し出されるのは、様々な光彩で彩られた映像。
そして、おなかを揺さぶる大音響。
『私、好きな人が出来たんです』
『そ、そうか……』
『あの、いつもお弁当買いに来てくれるメガネの方なんです』
『えぇッ!? まさかそれって——』
どうやら、リンという女性が弁当屋の男性に恋におちていく模様が描かれた作品のようだった。
女性はなにやら勘違いをしているようで、その様子を大げさに演じていた。
観客の人たちはそれを見て笑ったり、驚いて叫んだり、悲しくて泣いたりしていた。
私たちはその様子を見てなんだか——。
なんだか、別の星に来てしまったような疎外感を感じていた。
この館内で写しだされる映像。
リンという女性の人生や、住む社会。
あまりにも——私たちと違いすぎる。
彼女の過ごした幼年時代。
彼女の過ごした学生時代。
彼女の過ごした社会生活。
彼女の抱いた理想や現実。
スクリーンには、この館内には、この国の現状が、詰まっているような気がした。
だって、それを見て——私たちにとっての【彼女や社会の異常さを】見て、観客たちは何の反応も示さなかったのだから。
上映が終了する。
館内が明るくなった。
観客たちは拍手をした後、口々に何かを言いながら席を立ち、その場から去っていった。
私たちは、暫く動けなかった。
呆然としたようにそれを眺め、その現実に恐怖していた。
だって——いま、私たちはエイリアンと戦争をしているのだ。
なぜ彼女らは、彼らは——普通に日常を過ごせるのだろうか?
その疑問が恐怖に変わり、現実となってのしかかり、呪いのように私たちを映画館のやわらかい椅子に縛りつけていた。
「なる……ほど、な」
暫くそんな私たちの様子を見ていたシノザキ伍長はそう呟いて、座る私たちの前に立つ。
「彼らには彼らの日常がある」
観客を指しながら言った。
——そう、だ。
あの人たちは帰って行ったのだ。
私たちが違和感を覚える日常に。
「そして——我々には我々の日常がある」
シノザキ伍長は、射貫くような瞳で私たちをとらえていた。
「帰るぞ、私たちの日常に」
気づけば、私は席から立ちあがっていた。
つまらない、呪縛から解けたような爽快感があった。
私たちの思う正常な日常——そこに帰る場所があるのならば。
何度だって立ち上がれるはずだ。
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
帰りのバス。
暫く会話も無く、車窓から流れる光景を眺めていた時のことだ。
セレカがポツリと言った。
「飲食業もええかもな」
「飲食業?」
私が聞き返すと、セレカは微笑んだ。
「映画で弁当屋みてからそう思ったんよ。私、大人になったら商売始めようかな」
私は素直に驚いていた。
その先の未来——軍の結末について考えていた私は、未来のことなど考えたことが無かったからだ。
「私は、服を扱うお店をしたいな」
今度はリタも会話に加わってきた。
「リタの店なら毎日行くわ。コーディネートしてくれるんやろ?」
「ふふっ任せて」
そんな会話に華を咲かしていた時。
「あの機械……フライヤーていう揚げ物を作る機械。どういう仕組みなんだろ?」
ユタがそんなことをしみじみと言った。
セレカはそれに呆れたように反応をする。
「ミアは相変わらず斜め上の方向を見てんな」
「いや、だって……」
そこで飛び跳ねるようにトキヨが会話に加わってきた。
「え? 将来の夢? 私はね~」
「お前は大食いチャンピオンやろ?」
「最後まで言わせて!?」
セレカの言葉に涙目になるトキヨ。
私たちはそれを見て笑いあう。
そうか、皆はその先を考えるようになったのか。
私はまだまだそんなことを考える余裕がない。
いや、想像力が乏しいだけかな。
だけど、もし、セレカの言ったような未来が本当に訪れるのだとしたら——。
それが私たちの正常な日常に変わるのなら。
それは、素敵なことなんだと思う。