第十二話 適性診断
文字数 5,193文字
本日は子供たちにとって、初めての外出となる日。
これを機にもっと親交を深めようと朝食に乱入したが、あまり歓迎ムードではなかったな。
距離を一気に埋めようとしても余計溝が増えるものなんだと実感した
親睦を深めるために飲み会を開催し、若者に顰蹙を買うおじさん会社員の哀愁漂う気分だ。
しかし、俺はこれで諦めるわけでは無い。
彼女らには外出を通じて、精々俺へのメリットを感じてもらおう。
そうすれば扱いがより安易になるはずだ。
世の人権活動家が俺の心境をサイキックパワーで読み取れば、
「この人でなし!」
と、大いに罵るだろうが、構いやしない。
これは彼女らの為なんだ。
彼女らを軍の愚行から守る為の唯一の手段なんだと理解してほしい。
心の中でそう呟きながら廊下を歩く。
ふと、窓から漏れる陽光につられて外を見れば、天気は笑ってしまうくらいの快晴だ。
これは絶好の外出日和である。
八時ジャストに玄関前に出ると、少女たちが整列し、各々様々な表情を浮かべていた。
そんな彼女らに、俺は言葉を投げかける。
「お前ら、今から〝状況S〟を付与する」
「じょ、状況、S……ですか?」
キノトイが困惑したように聞き返す。
聞きなじみが無いのも当然だ、俺が勝手に作った作戦名だからな。
「君らに本日、軍隊的、軍人的振る舞いを禁止する。理由は一般人偽装をより高度に習得するためだ。〝状況S〟とは、それらの行動を行う事を示している」
「え、えっと……すみません、具体的にはどうしたら?」
「自分らで考えろ」
「え?」
「外で目立たないように振る舞うには、どうすればいいか、何をすればいいか。それを今日一日で導きだせ。宿題だ」
突き放すように言って、俺は彼女らの前から少し離れる。
自主性の発育。
それらは扱いを間違えれば大きな障害へとなりうる。
放任主義と、自主性の発育をはき違えている大人たちが多いのも問題だ。
縛っておくほうが管理がしやすいので、大人たちも大抵はそちらを選ぶ。
だが、それでは芸が無い。
最適解に近いのは正しい監視下、管理下での自由意志創成だ。
自主性といっても、自己判断させる部位は限定的に留めておく。
これが正しいメソッドなのである。
横目で観察していると、彼女らはとりあえず整列を解いて、いくつかのグループに分かれて話をし始めた。
今日はこれを観察する目的もある。
彼女らがどのようなグループ形成をし、活動しているか。
それによって今後の訓練をどのように実施するか、考える重要な情報源となるのだ。
「ミシマ准尉」
背後からまだ呼び慣れない名前を呼ばれ、振り返る。
シノザキ伍長がティッシュ箱サイズはあるデカい無線機をもっていつもの無表情で立っていた。
「後、五分ほどで到着します」
そう告げてきたシノザキに俺は軽く手を振る。
候補生達に向き直ると、彼女らの大半がオドオド、ソワソワしながら目線を彷徨わせていた。
落ちついているのシトネ・キリとベツガイ・サキだけだ。
シトネは校舎の段差に座っていつものように本を読み、ベツガイは校舎の壁にもたれかかって明後日の方向を向いている。
そんな中、キノトイ・アネがおずおずといった様に歩み出てきた。
祈る様に胸元に手を置き、少し緊張した様子だった。
「あ、あのミシマ准尉」
「うん?」
「ほ、本当に外に出るんですか?」
「ああ、楽しみじゃないのか?」
俺が尋ねると、彼女は口を紡ぐ。
背後にいる候補生達も軒並み不安そうに俯いていた。
シノザキはその様子を神妙に見つめている。
どの様に声をかけたらいいか分からない様子だった。
ここ数日間、シノザキを観察して分かったことがある。
シノザキは軍人としてのコミュニケーションは問題ないが、大人として、子供へのコミュニケーションが下手くそだ。
出来れば子供達の頼れるお姉さん枠として大成してもらいたいと思っている。
俺は手をパンッと鳴らして注目を集めた。
「今から俺たちは街に出る。しかしだな、このままでは不都合な事が起こってしまうんだ」
子供達が顔を上げた。
どんな子供でも、クイズに飛びつくのは世のしきたりだ。
「何故だか分かるやついるか?」
誰も手を上げない。
頭の上に?が飛び交っているのが目に見える様だった。
そんな中、ベツガイ・サキがため息を吐きながら口を開いた。
「服装」
短く、簡潔な答えだ。
全員の視線が壁にもたれかかったベツガイに向けられる。
俺は笑みを作り、ベツガイに向き直る。
「よく分かったな、理由は説明出来るか?」
「軍服は目立ちますから」
言われて、候補生達は自分たちの格好を確認する。
緑色の作業服風な軍服を見下ろし、神妙な面持ちをした。
「その通りだ、軍人はただでさえ生きづらい世の中だからな。この格好はかなり目立つ。じゃあ、皆んなはどうするべきだろうか?」
「着替えは……持っていません」
キノトイが答えた。
俺は頷きつつ、頭をポンポンと叩いてやる。
一瞬驚いた表情を浮かべた。
「そうだな。なら、外出までに用意するしかない」
そこまで言い切った所で、バスが姿を現した。
エンジンが唸りを上げながら、叔父と通った獣道を登ってきたのだ。
スイミングスクールの送迎バスくらいのサイズだ。
フェンスギリギリを右折し、校舎前で停車する。
運転席から、私服を着た若い兄ちゃんが出てきて敬礼してきた。
つられて候補生達も正体して敬礼をする。
「お初にお目にかかります、ニシモト伍長であります!」
元気のいい奴だ。
コイツは街でアパートを借りて、必要資材を買いに行ったり、雑用みたいな役回りをしている男だ。
それで今回は皆んなで街に行くので、バスをチャーターして迎えに来てもらったのだ。
「ニシモト伍長、ご苦労だった。だが、私服で敬礼する奴があるか」
俺が嗜めると、ニシモト伍長はハッとした顔で手を下ろす。
軍人には生きづらい世の中だ。
身分を隠さないと、頭のおかしいトリガーハッピーとさえ思われてしまう始末だからな。
俺も実際はそう思っていた。
「失礼しました!」
ニシモト伍長は本当に申し訳なさそうな顔でそう言った。
これだから男は単純で良い。
電話で色々訳の分からない注文をした時も元気に分かりました!と言っていたからな。
バカで、忠実。
これぞ、軍人の鏡だ!
シノザキはちと、うるさすぎる節がある。
「ニシモト伍長、例のモノはあるか?」
「はい、買ってきました!」
彼はそう言って、乗車口を開けて袋を取り出す。
俺は受け取って中身を確認し、候補生達を手招きする。
「お前ら、名前を呼んだら受け取れ。まずは、キノトイ……どうした?来い」
「は、はい」
袋を渡してやる。
中身を見て、キノトイは目を剥いた。
彼女は驚愕の表情を浮かべたまま俺を見た。
「あ、あの……」
「受け取ったなら早く奥で着替えて来い。あと、袋は取っておく様に全員に伝えておいてくれポケットにでも入れてな」
「は、はい」
「次は——」
候補生達全員に袋を渡し終わる。
全員が校舎へと消えたタイミングで、俺はシノザキを呼んだ。
何かを察したシノザキは訝しげな表情を浮かべた。
「……服ですか」
「ああ」
白のトップスに、ロングスカートという中々グッドな組み合わせにしといた。
お上品なお嬢様っぽいコーデだ。
これを着て街を歩けば、誰もが振り向くに違いない。
「この様な服は普段着ません」
恨めしそうに俺を睨むシノザキ。
そう、怒るな。
俺にだって言い分はある。
「候補生達には希望通り渡したが、お前はなんでも良いって言うもんだからな」
そう言うと、シノザキは絶望した様な顔をする。
恐らく、昨日のやり取りが脳内でフラッシュバックしていたに違いない。
彼女はそれから、ニシモト伍長に対して怒りの表情を浮かべた。
恐らく、服のチョイスは彼の独断だと思ったのだろう。
ニシモト伍長はギョッとして、一歩後ずさった。
「ニシモト、貴様——」
「悪いな、その服は俺の趣味だ」
シノザキはワナワナと震えながら校舎へと消える。
ニシモト伍長はほえーっと間抜けな声をあげていた。
「どうした?」
「いえ、あんなシノザキ伍長は初めて見るもんで」
「そうか、これからあんな姿がよく見れるだろうよ。そうそう——候補生達が来たらバスで待機する様に言っておいてくれ」
「どちらへ?」
「合衆国のズッコケ三人組を呼んでくる」
俺はエンジニア達の分の服を持って体育館へと向かう。
アイツら——八時には出発と伝えたはずなのに姿を見せやがらないんだからか。
ちょっとお灸を据えてやらんといけんな。
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
体育館にあるエンジニア達の工場に入ると、エマが一人、キャンプ椅子に腰掛けて優雅にコーヒーを飲んでいた。
彼女は俺に気づくなり、表情を歪めた。
「げ、ミシマ准尉」
「げ、とはなんだ。げ、とは」
俺は空いているキャンプ椅子に腰掛け、足を組む。
気まずそうにしているエマに服を渡してやると、ギョッとした顔を浮かべた。
本気なの!?みたいな顔だ。
「なんで集合時間に来なかった?」
「いや〜自由参加って聞いてましたから。ならみんなで明日にするかってなりまして……」
「聞いて無かったのか? それは初日以降の話だ。初日は全員参加だよ。注意事項なんかも全員に共有できるしな」
「そんなあ〜ていうかこの国のお金持って無いですし」
「おいおい、準備してないのか?」
「街に行けるなんて思って無かったので」
俺はサイフからニシモト伍長から下ろしてもらった金を十万程出して机に置く。
エマはその様子を見て目を丸くした。
「三人で分けろ、無駄遣いするなよ」
「え、いいんですか? 利子とか無いですよね?」
「公費だ、合衆国エンジニア様に接待費ってやつだな。会計時に"領収書ください"って言えよ。名前の欄には"ポートマンカンパニー"と記載してもらえ"カタカナで良いです"ともな」
「リョウシュウショ、クラハイ?」
「領収書下さい」
「リョウジュウヲクダサイ、カタナデイイデス」
おいおい、合衆国でも会計時に猟銃や刀はくれないだろ?
物騒なエマに皇国の言葉を練習させていると、洗面所から、歯磨きしながらライアンが出てきた。
「あ、准尉どの」
「おい出かけるぞ、服買ってきたから好きに選べ」
「ええ、マジですか?」
マジですか?って……。
その言葉遣い、お前らほんとに規律の高い合衆国軍人か?
「俺もここで着替えるから、早くしろよ。トビーは?」
「寝てますけど」
「案内しろ」
どうやら合衆国エンジニアの男組は体育館倉庫を根城にしている様だった。
トビーを起こすついでに着替えようと思い、中に入る。
ムワッと男臭……は意外と漂っておらず、国旗やら何やら飾っていかにもな合衆国テイストに染められていた。
色々見ていると、部屋の隅に軍用キャンプベッドの上で寝袋にくるまっているトビーが寝息を立てていた。
「状況ガス!!」
俺がでかい声でそう告げると、トビーは飛び起きてガスマスクを寝ぼけ眼のまま探し始める。
合衆国滞在時のドキュメンタリーで見たが、合衆国の軍人はガスが発生していると聞けばガスマスクを急いでつけなければいけないと細胞レベルで刷り込まれているのだ。
トビーは大笑いするライアンを見て、察したように舌打ちをして立ち上がり、横に立っている俺を見てギョッとしていた。
「……何ですか? 准尉」
「服だ、出かけるぞ」
「え? ……せめて歯磨きしていいですか?」
「ああ、いいぞ。その分早く着替えるんだな」
服を急いで脱ぎ出したトビーを尻目に、俺とライアンも服を着替える。
俺はジーパンに黒のパーカーといった、スーパーシンプルな陰キャラ高校生にしか見えないファッションに着替える。
これが俺の真の正装だ。
肩っ苦しい軍帽やら軍服を脱ぎすてられたから爽快な気分で軍服を畳んでいると、ライアンが信じられないモノを見る様な目を向けてきていた。
「なんだ?」
「いえ……准尉って何歳でしたっけ?」
ミシマ准尉っていくつだっけ?
俺用に作られた免許証に付記されていた生年月日を思い出し、頭の中で計算し、年齢を割り出した。
この間一秒、自分でいうのもなんだが、計算の速さだけが取り柄な男だ。
「三十五だが?」
「……本当ですか?」
「俺もお前らが合衆国軍人とは思えないよ」
「……」
皮肉を言ってやると、黙ってしまった。
戻ってきたトビーや、早々に着替えて待っていたエマにもギョッとされたのは言うまでも無い。
そういや、俺、高校生だったな。
やはり軍服と階級補正というのは凄まじいのだなと実感したのだった。