第十話 【キノトイ・アネ】4
文字数 4,310文字
いつも通り、起床ラッパで目が覚めた。
点呼位置までは、規則で三分以内に着替えて集合しなければならない。
孤児院時代みたいに、院長の気分で蹴り起こされる事は無いので、私たちにとっては楽園の様な朝だ。
しかし、寝不足の為か、頭がズンッと重たく感じ、気怠い感覚が支配していた。
わたしは頬を叩いて、戦闘服に袖を通す。
軍用のブーツの紐を結び、靴の裾に紐を押し込んで準備を完了させた。
周囲を見渡す。
いつもと同じ様に、ユタ・ミアとセノ・タネコがブーツの紐を結ぶのに手間取っていた。
セノ・タネコはベツガイが手助けをし、ミアの補助をしているのはリタ・ヒルだった。
「リタ、頼める?」
「うん、先行ってて」
私は先に点呼位置へと向かう為、一番に廊下へと走り出た。
走りながら、窓の外の景色を眺める。
まだ太陽は顔を覗かせておらず、仄暗い。
しかし、グラウンドに薄霧が立ち込めている幻想的な風景は見ていて飽きることはない。
視線を点呼位置に向けると——先に待機しているシノザキ班長の姿が見えた。
そして——。
そこには指揮官の姿もあった。
鼓動が早くなり、脳裏に昨日の出来事がフラッシュバックする。
もしかして、昨日私達がロボットを落とした事を気づかれたのだろうか?
点呼に指揮官が参加することは基本的には無いとシノザキ班長には聞かされていた。
それなのにわざわざ足を運ぶなんて——。
とにかく私は平静を装って点呼位置に並び、集まってきた仲間たちを整列させて点呼を受ける。
その時は——私達全員が昨日の事を言及されるのだとてっきり思っていた。
しかし、予想外にもシノザキ班長の次に前に出た指揮官の話した内容は、昨日の出来事とは全く関係の無いものだった。
「今日から全員、大きな方針転換に困惑する事になる」
全く別方面の告知だった。
私たちは安堵する間も無く、困惑する。
指揮官は感情の読み取れない面持ちを浮かべながら、噛み締める様に言葉を吐いた。
「それについては意味は教えない、お前達は自分で考えなければならない。でなければ望む結果は得られない。その為の手段は選ぶな、勝ちとれ、以上」
言うだけ言って、去っていく指揮官。
私たちが顔を見合わせていると、シノザキ班長が解散を指示し、私たちは朝食をとるために食堂へと向かった。
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
そして、午前八時十五分。
いつもなら課業開始の
しかし、本日は指揮官から新たな訓練時程が発表される。
シノザキ班長と共に一人先に指揮官が待つ教室に赴き、私たちは全員筆記用具を手に席についた。
小一時間ほど経っただろうか——。
正直、私達は指揮官の言っていることがあまり理解出来ていなかった。
自主性、創造性、採算性とやらを養う為に土日休みを活用したり、各人の素養?の把握の為にゲーム形式の試合をするらしい。
いつもは飄々としたベツガイ・サキまでもが怪訝な表情を浮かべていた。
「指揮官、ちょっと宜しいですか?」
話が終わったタイミングでシノザキ班長がそう言いながら席を立つ。
チラリと横顔を伺うと——。
腰を抜かしてしまいそうになる程の憤怒のオーラを纏っていた。
「お前らは待機だ」
ピシャリと扉は閉じられる。
足音が遠のいたタイミングで、私は咳払いをしながら立ちあがる。
この状況を待っていた。
私たちだけになり、指揮官達の監視の目が無くなる状況を。
私の視線の先はもちろん、ベツガイ・サキだ。
「さて、貴女は昨晩、一体何をしていたのか、聞かせてもらいましょうか?」
「私があのガラクタに乗ろうとしていた理由?」
ガラクタ?
ロボットの事だろうか。
宇宙から来た最新技術だと聞いていたが、ガラクタとは……良く見知っている様な表現だ。
私は表情を変えない様に努めながら続けた。
「そうよ、納得出来る説明をしなさい」
「そもそも、アンタらのお仲間が出歩いていたのはOKなの?私だけ駄目、なんて事はないでしょうね」
痛いところを突かれた。
そもそもの発端はシトネである。
しかも、本を読みに抜け出していただけかと思いきや、彼女は数回に渡り体育館へと足を運んでいた事が露呈した。
弾劾するならまずは身内から行わなければならないのは道理だ。
示しがつかなくなる。
「シトネ」
私が名前を呼ぶと、彼女は静かに本を閉じた。
流石に渦中の中心となって本を読みながら対応する真似はしないらしい。
「……合衆国の思惑を知り得る為にエンジニアと接触する必要があった」
彼女の抜け出しは合衆国語に関連することはあの日、既に聞いていたが……それがまさか、思惑を知る為だとは思わなかった。
「思惑を知ってどうするの?」
「あのロボットがどういうものか知っておく必要があった。エンジニアと指揮官達は国が違う。知っている情報も異なるし、出し惜しみしている可能性がある」
「出し惜しみ?」
「搭乗者への危険性の情報。合衆国が隠してたら実害を被るのは私たち」
確かに、宇宙人のロボットに乗って身体に何も影響が起こらないとは考えづらい。
しかし、頼りになる大人たちが揃いも揃って私たちにその事実を伏せたまま乗せるというのは思えない。
思案に耽っていると、パチパチと乾いた拍手が部屋に響き渡った。
音の先は——ベツガイ・サキだ。
彼女は嘲る様な笑みを浮かべながらシトネを捉えていた。
「あーあー、そういう事? お仲間が乗って危険じゃないか心配になったんだ。優しいわねシトネちゃんは。ならいい事教えたげる、その答えなら私が知ってるわ」
私が、知っている?
何故と聞く間もなく、ベツガイ・サキは続けた。
「アンタらは皆んな、揃いも揃って騙されてるのよ、軍のクソ野郎共にね」
「……騙されている?」
私が聞くと、ベツガイは部屋の中央に移動し、演説する様に周囲を見渡す。
「あと、ロボットじゃなくてエルフライドよ、覚えときなさい間抜け共。エルフライドは搭乗者の脳に絶大な負荷を与え、場合によっては再起不能にさせる。アンタらは知らされて無いんでしょ? それは指揮官からエンジニア至るまでみーんな知ってる筈よ。私たちはただの実験動物ってワケ」
実験動物、あまりにも残酷な表現だ。
指揮官からエンジニアに至るまで、私たちが危険だと知り得ながらロボットに乗せようとしているからだそうだ。
しかし、この女は少し勘違いをしている。
そんな事、私たちにとっては些細な問題でしか無い。
生存のための権利の主張をしたいのなら、軍など選んでいない。
「なんであなたがそんな事知ってるの?」
「さて、なんででしょう?信用するもしないも自由よ、アンタらが被害を被るだけだから」
「それが本当だとして、なんで貴女はそんな他人事なの?」
リタが聞くと、ベツガイは肉食獣を彷彿とさせる、獰猛な笑みを浮かべた。
「それを教えてやってもいいわ、ただし交換条件よ」
「交換条件?」
「今後、私の活動を邪魔せず従う事。そうすれば全てを話してあげる」
「お話にならへんわ」
セレカが間に割って入る。
ベツガイは面倒くさそうにセレカを睨みつけた。
「アンタのその話の根拠はなんやねん? 口からでまかせはいくらでも吐けるわ。いやなら指揮官に言うてこの教育から降りればええやん」
セレカの言う通りだ。
確証が無い状況下で、不安を煽る様な発言は頂けない。
仮に条件を呑んだとして、私達が証拠を見せろと言って彼女が何を見せれるというのだ。
「交渉決裂ね」
ベツガイ・サキは踵を返し、扉の方に向かいながら、
「どうなっても知らないから。ただ、一つだけ言わせて。アンタらは生き延びれるチャンスを逃したのよ。私の邪魔をしたことによってね」
「待ちなさい、どこへ行くの?」
「トイレよ、心配しないで、もう体育館には行かない。私がアンタらに情けをかける様な真似はもうしないわ」
扉の前で彼女は立ち止まり、振り返った彼女は激情的な怒りに満ちた表情を浮かべていた。
「アンタらは揃いも揃って馬鹿みたいなツラ浮かべて——皆んな死んでいくのよ!!」
彼女はそう吐き捨て、ピシャリと扉を閉めた。
「無理やな」
セレカは肩をすくめながら、言った。
「死ぬほど嫌いや、アイツ」
無情にもそう吐き捨てるセレカ。
しかし、私たちの大半が同意見であった。
彼女の口ぶりは自分本位で、私たちを軽視している様にも思える。
そんな中、ポツリと言う風に口を開く人物がいた。
「みなさん」
今までボーっと天井を眺めていた瀬乃タネコだ。
一応、話は聞いていた様だ。
彼女は私たちを見据えながら、今までに無い悲痛な面持ちをしていた。
「ごめんなさいです、サキが。でも、あの子が——」
「謝らんでいいよ、どうせハナからアイツの事は無理やから」
言い切る前に、遮る様にそう口にするセレカ。
セノ・タネコは一拍、呼吸を置いて話を続けた。
「あの子はみんなを守ろうとしたんだと、思います。私のことも」
「ねぇ、それって——」
セノ・タネコはベツガイ・サキと同郷である。
逆に言えば同郷である以外は私たちは一切他の事は知らない。
「あなた達が来た場所が関係してる?」
もしかしたらこの様な状況、それに準ずる何かが彼女達にはあったのだろうか?
私が尋ねると、
「それがですね……」
てへへ、と照れる様にセノ・タネコは衝撃的な発言をした。
「正直、あんまり覚えてないのです」
「覚えて、ない?」
「はい、私の一番の古い記憶は、知らないおじさんに連れられて、ここに来るところからなんです」
それは、ここに来る直前の話だ。
彼女はそれまでの記憶を一切持ち合わせていないという事になる。
「……記憶喪失って事?」
「それってロボットに乗ったから——とか?」
口々に私たちが尋ねると、彼女は胸元を握りしめながら答えた。
「分かんないです、ただ……サキは毎朝、時間が空いたら私に自己紹介してくるんです。まるで初めて会った時みたいに」
「ど、どうして?」
「私はすぐ忘れちゃうみたいです、自分のことも、サキの事も」
私たちは互いに顔を見合わせる。
もしかして、ベツガイ・サキやセノ・タネコは既にロボット——エルフライドに乗っているのだろうか?
その結果がセノ・タネコの現状なら——。
「少し、怖いね」
リタが気持ちを代弁する様にそう呟いた。
「もっと怖いのはエイリアンの方や」
強がる様にそう口にするセレカもまた、不安そうに唇を噛み締めていた。