第13話 もうひとつの、雀のお宿 最終章
文字数 1,840文字
やれやれ――浮かない眉をひそめて、渋子は内心つぶやきを洩らす。
おまえさんはさあ、それで、気が済むかもしれないよ。だけどさあ……。
渋子はふと、わが良人の顔を窺った。
いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべ、彼は、目尻に柔和な皺を寄せている。
まったく、のんきなもんだよ。あのねえ、おまえさん……いくらなんでも、こっちは割に合わない葛籠だよ。ひょっとしたら、あたしたち、アイツらに襲われてむごい目にあわされてしまうかもしれないんだよ。
おののきながら、渋子は内心そうつぶやいて、ふと葛籠から目をそらすと、どこか遠くを見るような目をした。
それもそのはず。
この葛籠のなかには、魑魅魍魎がわんさかと潜んでいるらしいのだから。
そこで一瞬、二人の会話が途切れる。
屋敷の中に、居心地の悪い沈黙が降りる。
ガタゴト――。
ほどなく、その静寂を破るようにして、なにやら不穏な音が、渋子の耳にふれた。
ハッとして、渋子は、その音の方に目をやった。
えっ⁈
この人は、いったい、何をやってんだろう――そう思って、渋子は、瞼を、目の玉が落ちてしまうのではないかというほど、大きく見開いた。
「お、おまえさん」
「なんじゃ」
「いったい、何をしてんの?」
「見れば、わかるじゃろう。葛籠の蓋を開けておるんじゃ」
「な、何、バカなこと言ってんだよう……」
わなわなと唇を震わせながら、渋子がしどろもどろに言う。
「お、おまえさん、き、気でもふれたのかい」
「え、そっちこそ、何言ってんじゃ。儂は、いたって正気じゃ……」
鷹揚に、マサ吉が言う。
「ほら、だって、儂は、お土産の中身をたしかめようとしとるだけじゃからのう」
「はあ……」
思わず色を失って、渋子が言う。
「……な、何、恐ろしいこと言ってんだよ、おまえさん」
そんなことしたら……想像しただけでも、渋子は怖気を奮う。
一方で、マサ吉は、渋子のことばなど歯牙にもかけず、さて、何が入っておるかのう、と歌うようにつぶやいて、よっこらせ、と葛い籠の蓋を開けてしまったではないか。
ヒ、ヒャア!!!
これには渋子も驚いた。彼女は、白目を剥いて、思わず卒倒してしまうのだった。
どれくらい、気を失っていただろう――やがて、渋子の意識が戻る。
うん⁈
気がついた渋子は一瞬、首をかしげる。
部屋の中が、なにやら騒々しいのだ。
ふいに、渋子の胸が鈍くうずいた。嫌な予感がしたのだ。
ひょっとして、部屋の中で魑魅魍魎が暴れている⁈
それを思えば何を措いてもさしあたり、渋子は、ここから逃げだしたかった。
ただ、そうはいっても、腰が抜けてしまって、いかんせん、動きがとれない。
もうこの世の終わりだよ……すっかりうろたえる、渋子。
だからといって、身体が動かなくては、一向に、埒が明かない。
やむなく彼女は、恐る恐るながらも、そろりと、部屋の中を見回した。
え、これって、いったい?
部屋を見回した渋子は、何がどうなっているのか、さっぱりわからなかった。
「お、おまえさん、こりゃあ、いったい、何の騒ぎだい?」
けげんそうな顔をして、渋子が、マサ吉に尋ねる。
「おや、ようやく、目が覚めたかい。なあに、これは、あれじゃ」
あくまでも穏やかな笑みを浮かべて、マサ吉が言う。
「村のもんに、お宝の、そのおすそ分けをしているところじゃ」
はあ⁈ おたから?
そのおすそ分け??
渋子は腑に落ちなかった。いったい、マサ吉が何を言っているのか。
「ちゃ、ちゃんと説明しておくれよ、おまえさん」
すがるような目をして、渋子が言う。
「うん……実はな、雀さんたちからもらったこの葛籠の中には、小判がわんさか入っておってのう。道理で、持って帰るとき、重かったはずじゃ」
え、小判!!
そ、そんなバカなあ……。
「それも、儂らでは使いきれん程の量じゃ。さて、どうしたもんかのうと思って、村の長に相談したんじゃ。そしたら、村のもんにおすそ分けしたらどうじゃって、長が言うんじゃ。なんで、いまこうして、村のもんを集めて、おすそ分けしとるところじゃ」
えええ、そ、そんなあ……。
魑魅魍魎がわんさかと潜んでいるかと思いきや、存外、小判がわんさか入っていたというではないか。
ええ、あの話し通りじゃないのう……。
そうぼやいて、渋子は、ヘナヘナとその場に崩れ落ちた。
正直者は馬鹿を見る、と俗に言う。
ただ、この場合、馬鹿を見たのは正直者に嫁いだ、そんな渋子であったのだが――。
めでたし、めでたし
おまえさんはさあ、それで、気が済むかもしれないよ。だけどさあ……。
渋子はふと、わが良人の顔を窺った。
いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべ、彼は、目尻に柔和な皺を寄せている。
まったく、のんきなもんだよ。あのねえ、おまえさん……いくらなんでも、こっちは割に合わない葛籠だよ。ひょっとしたら、あたしたち、アイツらに襲われてむごい目にあわされてしまうかもしれないんだよ。
おののきながら、渋子は内心そうつぶやいて、ふと葛籠から目をそらすと、どこか遠くを見るような目をした。
それもそのはず。
この葛籠のなかには、魑魅魍魎がわんさかと潜んでいるらしいのだから。
そこで一瞬、二人の会話が途切れる。
屋敷の中に、居心地の悪い沈黙が降りる。
ガタゴト――。
ほどなく、その静寂を破るようにして、なにやら不穏な音が、渋子の耳にふれた。
ハッとして、渋子は、その音の方に目をやった。
えっ⁈
この人は、いったい、何をやってんだろう――そう思って、渋子は、瞼を、目の玉が落ちてしまうのではないかというほど、大きく見開いた。
「お、おまえさん」
「なんじゃ」
「いったい、何をしてんの?」
「見れば、わかるじゃろう。葛籠の蓋を開けておるんじゃ」
「な、何、バカなこと言ってんだよう……」
わなわなと唇を震わせながら、渋子がしどろもどろに言う。
「お、おまえさん、き、気でもふれたのかい」
「え、そっちこそ、何言ってんじゃ。儂は、いたって正気じゃ……」
鷹揚に、マサ吉が言う。
「ほら、だって、儂は、お土産の中身をたしかめようとしとるだけじゃからのう」
「はあ……」
思わず色を失って、渋子が言う。
「……な、何、恐ろしいこと言ってんだよ、おまえさん」
そんなことしたら……想像しただけでも、渋子は怖気を奮う。
一方で、マサ吉は、渋子のことばなど歯牙にもかけず、さて、何が入っておるかのう、と歌うようにつぶやいて、よっこらせ、と葛い籠の蓋を開けてしまったではないか。
ヒ、ヒャア!!!
これには渋子も驚いた。彼女は、白目を剥いて、思わず卒倒してしまうのだった。
どれくらい、気を失っていただろう――やがて、渋子の意識が戻る。
うん⁈
気がついた渋子は一瞬、首をかしげる。
部屋の中が、なにやら騒々しいのだ。
ふいに、渋子の胸が鈍くうずいた。嫌な予感がしたのだ。
ひょっとして、部屋の中で魑魅魍魎が暴れている⁈
それを思えば何を措いてもさしあたり、渋子は、ここから逃げだしたかった。
ただ、そうはいっても、腰が抜けてしまって、いかんせん、動きがとれない。
もうこの世の終わりだよ……すっかりうろたえる、渋子。
だからといって、身体が動かなくては、一向に、埒が明かない。
やむなく彼女は、恐る恐るながらも、そろりと、部屋の中を見回した。
え、これって、いったい?
部屋を見回した渋子は、何がどうなっているのか、さっぱりわからなかった。
「お、おまえさん、こりゃあ、いったい、何の騒ぎだい?」
けげんそうな顔をして、渋子が、マサ吉に尋ねる。
「おや、ようやく、目が覚めたかい。なあに、これは、あれじゃ」
あくまでも穏やかな笑みを浮かべて、マサ吉が言う。
「村のもんに、お宝の、そのおすそ分けをしているところじゃ」
はあ⁈ おたから?
そのおすそ分け??
渋子は腑に落ちなかった。いったい、マサ吉が何を言っているのか。
「ちゃ、ちゃんと説明しておくれよ、おまえさん」
すがるような目をして、渋子が言う。
「うん……実はな、雀さんたちからもらったこの葛籠の中には、小判がわんさか入っておってのう。道理で、持って帰るとき、重かったはずじゃ」
え、小判!!
そ、そんなバカなあ……。
「それも、儂らでは使いきれん程の量じゃ。さて、どうしたもんかのうと思って、村の長に相談したんじゃ。そしたら、村のもんにおすそ分けしたらどうじゃって、長が言うんじゃ。なんで、いまこうして、村のもんを集めて、おすそ分けしとるところじゃ」
えええ、そ、そんなあ……。
魑魅魍魎がわんさかと潜んでいるかと思いきや、存外、小判がわんさか入っていたというではないか。
ええ、あの話し通りじゃないのう……。
そうぼやいて、渋子は、ヘナヘナとその場に崩れ落ちた。
正直者は馬鹿を見る、と俗に言う。
ただ、この場合、馬鹿を見たのは正直者に嫁いだ、そんな渋子であったのだが――。
めでたし、めでたし