第9話 【ふ・る・さ・と】 後編
文字数 1,532文字
もっとも、旅に出たこと自体は、ぼくが思っていた以上に有意義だったようなのだ。
なぜかといえば、ある古びた異国の街では、ぼくがこれまで認識すらしていなかった価値観を教わることができたし、そのおかげで見識を深めることもできた。
それとまた、その土地特有の情緒や風習を感じとることもできた。
これは、ふるさとに閉じこもっていたのでは、けっして、得ることのできない貴重な体験だったと思われる。
このように、舌足らずだったぼくが、そう思えるようになったことこそが、この旅の有意義さの証左ではなかろうか。
ただなあ――ふと、ある疑問が脳裏をかすめる。
このまま旅をつづけるべきなのか。たとえつづけたとしても、当初の旅の目的は達成できないのではないだろうか。
「自分とは、いったい、何者か?」
このままでは、その答え合わせなど、到底できっこないのでは――。
そうした疑心暗鬼が、ゆくりなく、ぼくのなかを支配しはじめる。
やがて、それはぼくのなかで、次第に、大きく、膨らんでいく。
【と】うとう、ぼくは「もう終わりにしよう」と、この旅をあきらめる決心をするのだった。いささか後ろ髪を引かれる思いを持て余しながら……。
結果、こうして、ぼくはいま、自分のふるさとに戻ってきた。
「ただいま。とんとご無沙汰だったな」
「やあ、おかえり。ぶらっと、旅に出ていったから、どうしてるんだろうって、とても心配してたんだぜ」
「そっか……そりゃあ、わるかったな……」
「でも、まあ、思いのほか元気そうで、何よりだ」
てらいなく、優しく微笑んでそう言ってくれる、ここには、そんな友がいる。
「ただいまあ。いま、帰ってきたよ」
「あら、お帰りなさい。突然出ていくもんだから、ほんとうに心配してたのよ。それでも、まあ、元気そうでよかったわ」
こうして、ここにはにっこり微笑んで暖かいことばをかけてくれる、そんな家族もいる。
「結局のところ、答えは何も見つからなかったよ……」
旅の顛末を、ぼくは、彼らに包み隠さず披露した。
わかったのは、ぼくという一種の現象は、ぼく自身にとっても不可解なものだということだけだ、ということも。
「そっか、それは残念だったな。でもさあ、おまえ、心なしか以前より凛々しくなったような気がするんだがな」
「そうだったの……ま、しょうがないわね。けれど、それにしたって、あんた、ここにいるときより、どこか、すっきりとした表情になったんじゃない」
え!
彼らの、このことばを聞いたぼくは思わず、膝を打っていた。
なんのことはない、ここに、かつて読んだコラムの、あの鏡のように機能する他者の客観的な『目』が、あるではないか。
案外、探し物は近くにあったってことか――そう思ったとたん、目から鱗が落ちていた。
もっとも、それに気づくことができたのも、「自分探しの旅」に出かけたからにほかない。
さながら、あの「青い鳥」のように。
それを思えば、この旅は、けっして、無駄ではなかったということになる。
ただ、そうとはいえ、この場にとどまり、ぼくを客観的に見てくれる友や家族がいてくれるからこそ、それに気づくことができたのにちがいない。
だとすれば、あながちだれしもが「未知のものへの漂泊」をする必要などはない、そう言えるのかもしれない。
そうぼくは自分に言い聞かせて、おもむろに瞼を開く。
それからぼくは、改めて、⦅ふ・る・さ・と》の空に眼差しを投げる。
秋の日はつるべ落とし、とはいみじくも言ったものである。
西の空を見上げると、もうあかね色の残照はすっかり見当たらなくなっていた。
代わりに、東の空に浮かぶ中秋の名月が、「やあ、おかえり」と優しく微笑んでくれた、ような気がした。
おしまい
なぜかといえば、ある古びた異国の街では、ぼくがこれまで認識すらしていなかった価値観を教わることができたし、そのおかげで見識を深めることもできた。
それとまた、その土地特有の情緒や風習を感じとることもできた。
これは、ふるさとに閉じこもっていたのでは、けっして、得ることのできない貴重な体験だったと思われる。
このように、舌足らずだったぼくが、そう思えるようになったことこそが、この旅の有意義さの証左ではなかろうか。
ただなあ――ふと、ある疑問が脳裏をかすめる。
このまま旅をつづけるべきなのか。たとえつづけたとしても、当初の旅の目的は達成できないのではないだろうか。
「自分とは、いったい、何者か?」
このままでは、その答え合わせなど、到底できっこないのでは――。
そうした疑心暗鬼が、ゆくりなく、ぼくのなかを支配しはじめる。
やがて、それはぼくのなかで、次第に、大きく、膨らんでいく。
【と】うとう、ぼくは「もう終わりにしよう」と、この旅をあきらめる決心をするのだった。いささか後ろ髪を引かれる思いを持て余しながら……。
結果、こうして、ぼくはいま、自分のふるさとに戻ってきた。
「ただいま。とんとご無沙汰だったな」
「やあ、おかえり。ぶらっと、旅に出ていったから、どうしてるんだろうって、とても心配してたんだぜ」
「そっか……そりゃあ、わるかったな……」
「でも、まあ、思いのほか元気そうで、何よりだ」
てらいなく、優しく微笑んでそう言ってくれる、ここには、そんな友がいる。
「ただいまあ。いま、帰ってきたよ」
「あら、お帰りなさい。突然出ていくもんだから、ほんとうに心配してたのよ。それでも、まあ、元気そうでよかったわ」
こうして、ここにはにっこり微笑んで暖かいことばをかけてくれる、そんな家族もいる。
「結局のところ、答えは何も見つからなかったよ……」
旅の顛末を、ぼくは、彼らに包み隠さず披露した。
わかったのは、ぼくという一種の現象は、ぼく自身にとっても不可解なものだということだけだ、ということも。
「そっか、それは残念だったな。でもさあ、おまえ、心なしか以前より凛々しくなったような気がするんだがな」
「そうだったの……ま、しょうがないわね。けれど、それにしたって、あんた、ここにいるときより、どこか、すっきりとした表情になったんじゃない」
え!
彼らの、このことばを聞いたぼくは思わず、膝を打っていた。
なんのことはない、ここに、かつて読んだコラムの、あの鏡のように機能する他者の客観的な『目』が、あるではないか。
案外、探し物は近くにあったってことか――そう思ったとたん、目から鱗が落ちていた。
もっとも、それに気づくことができたのも、「自分探しの旅」に出かけたからにほかない。
さながら、あの「青い鳥」のように。
それを思えば、この旅は、けっして、無駄ではなかったということになる。
ただ、そうとはいえ、この場にとどまり、ぼくを客観的に見てくれる友や家族がいてくれるからこそ、それに気づくことができたのにちがいない。
だとすれば、あながちだれしもが「未知のものへの漂泊」をする必要などはない、そう言えるのかもしれない。
そうぼくは自分に言い聞かせて、おもむろに瞼を開く。
それからぼくは、改めて、⦅ふ・る・さ・と》の空に眼差しを投げる。
秋の日はつるべ落とし、とはいみじくも言ったものである。
西の空を見上げると、もうあかね色の残照はすっかり見当たらなくなっていた。
代わりに、東の空に浮かぶ中秋の名月が、「やあ、おかえり」と優しく微笑んでくれた、ような気がした。
おしまい