第7話 外敵 後編

文字数 1,782文字

 
「そう、あやつじゃ」
 “突慳貪”はうなずいて、ことばをつづける。
「あやつが、最近、むやみやたら彼らの命を奪っとるんじゃ。なかにはある日突然、不条理のうちに両親の命が奪われてしまって、すっかり途方に暮れてしまう子どもたちも散見されよるんじゃ……なんとも心が痛いのう」
 「まったく……いたたまれませんね。でも、それって、あれですよね……あ、い、いや、はは、えーと、皮肉、そう、皮肉ってやつですよね」
「皮肉? 」
 “突慳貪”が、ほう、と目を丸くする。
「おまえさんも、たまにゃ、難しい理屈を言うんじゃのう」
 「へへへ」
 褒められた“あれだ”が、照れくさそうに、頭をかく。
「おまえさんの言う通り、慥かに、皮肉じゃ。自らが創りだしたテクノロジーで、自らの首を絞めておるんじゃからのう。もっとも、自業自得と言ってしまえば、まあ、それまでじゃがの」
 “突慳貪”はそう言うと、雑踏に向けていた眼差しをいっそうとげとげしくさせて、こうつづけた。
 「しかも、あやつらがいま、眼を釘付けにしているあのテクノロジー……あれもまた、皮肉この上ないんじゃ」
「へえ、あれもそうですか?」
「ふむ。ああいうふうに、ながらをしておれば、そりゃあ、無聊はなぐさめられよう。じゃがの、結局のところ、自らの首を絞めることにつながるんじゃ」
「どういうふうにですか?」
「ふむ。たとえば、あのクルマに撥ねられたりしてな。自らが利便性のために生み出した文明の利器に殺されるんだから、これほどの皮肉もない。それを思えばおまえさんがさっき言った通り、まったくもって呆れたやつらじゃよ」
 “突慳貪”は顔を曇らせてそう言うと、やれやれじゃのうと力なく首を振ってため息をついた。
「へへ、でもそれって、それこそ、自己責任ですよね。だって、むざむざ外敵に襲ってくださいと言わんばかりに、無防備に外界を歩いてるんですからね」
 “あれだ”はせせら笑うようにそう言った。

「ふむ。おまえさんの言う通りじゃな。そもそも、あやつらは、利便性を追及するあまり、のべつあそこを行き来するクルマのような、自分たちだけに都合のいい文明の利器をこれでもかと生みだしよった。その挙句、この地球(ほし)の環境を破壊するという愚を犯しよったんじゃ」
「なるほどね。ただ、あれですよね……あ、いけねぇ、と、とにかく、えーと、そう、自らが蒔いた種で環境を破壊するのは、まあ、勝手です。しかしながら、この地球は彼らだけのものじゃありません。むしろ、みんなのものです。だというのに、それが導火線となって異常気象が常態化し、そのテクノロジーの恩恵受けない、おいらたちまでもが側杖を食っています。それって、なんだか、え~と、あれですよね……」
「はは、また、あれ、かい」
「へへへ、ちょっとことばが出てこなくって……」
 そこで言い淀んでしまった“あれだ”は、えーと、何だっけ? としきりに首をひねる。
 ほどなく、“あれだ”は「あ、そうだ」と思い出す。
「エゴイストだ……エゴイストってやつですよね」
 「ほう」と“突慳貪”はまたしてもうなって、目を丸くする。
「エゴイストのう。粗忽もんのおまえさんにしちゃ……あ、いや、これは失礼、と、とにかく、あれじゃ……あれ、なんか、やりづらいのう」と“突慳貪”はそこでことばを切って、バツが悪そうに、苦い笑みを浮かべる。
 それから、“突慳貪”は、ことばを選んで、つまりは、“あれだ”とパワハラを気にしながら、「おまえさんも、なんじゃのう、いいこと言うのう」と無難につぶやいて、お茶を濁した。

 それから、“突慳貪”は、ひょいと彼方を見やった。
 見ると、一朶の雲。それが、淡く、茜色に染まっているのが眼に入る。
「もうすぐ昏じゃ。そろそろ、寝どこに帰るとするかのう」
  “突慳貪”は、傍らにいる“あれだ”に声をかけるともなくかけながら、よいこらしょ、とつぶやいて腰を上げた。
  暫くのあいだ、“あれだ”も、同じ雲をぼんやりと眺めていた。
 それでもやがて、何かを思いだしたように、「ですね……」とポツリつぶやくと、やおら、腰を上げた。
 そうやって、四本脚で大地をしかと踏みしめたふたり(?)はふいに踵を返すと、ビルとビルとの狭間の、それこそ、“猫”の額ほどの薄暗い空間の、そのもっと奥へと、ピンと尻尾を立てて、やがてどこかへと消え去った。

 
おしまい
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