キースからの謝罪を受けました

文字数 4,137文字

 学校へ到着した時、車から降りた私とエドに、人々の視線が集まった。
 そこで私が思い出したのは、笹原さんにアンドリューと登下校をさせた時のことだ。

 恋人と誤解させるための行動を、もしや私もやってしまったのかと身構えたのだが、

「と、とうとう師匠に、送迎付きのVIP対応をするようになったのか……」

「あのエドを手懐けると、ルーヴェステインはVIP対応をするらしいぞ」

「どれだけひどかったのあの騎士は」

「俺はあの小幡がラスボスのように見えてきた」

 聞こえてくる言葉は、取り越し苦労を飛び越えて、人を魔王扱いするような代物ばかりだ。
 や、分かってはいたけどね?
 でもさ、こんなエドでも『騎士』ってだけで、一緒にいたいというミーハーな人もこの間増やしたからさ、ちょっとはこう艶っぽい噂とか経験しちゃうかもしれないって心配してたけど。

 妙な敗北感に肩を落とした私だったが、これが予想外に良い方へ作用したらしい。
 乾いた笑いを浮かべている間に、男子生徒達とすれ違ったりしても気づかなかったほど、もう恐れる気持ちが消えていた。

 このエド効果に感謝すべきかどうか悩む。
 キースのことも多少は警戒していたが、周囲ににらみを利かせる三白眼なエドが真後ろをついてきているからか、心配はしなかった。
 ……たぶんうっかり顔を合わせたら、驚きはするだろうが。
 そうして教室に入り、まず最初にやったことはアンドリューに顔を貸せと、教室の隅へ連れて行ったことだ。

「で、アンドリュー。弟子をお迎えに寄越したのはどういうこと?」 

 アンドリューはさわやかな笑顔で答えた。

「いつでも助けに行くって言ったよね?」

「そりゃ言ったけど」

「でも助けに行く前に、露払いしとけばもっといいかなって」

「…………」

 エドで威圧して露払いか。
 意図は理解したけど、とうとう私への認識が魔王レベルになりつつあるのは不測の事態だ。エドに師匠と呼ばれるようになっても、せいぜい小ボスくらいの認識でとどまれると思っていたのに。

「まぁ、効果は……あったわ」

 認めざるを得ない。そんな私に、アンドリューはさらに攻撃を加えてきた。

「あと、これからエドが大丈夫って思うまで、ずっと沙桐さんと一緒に行動させるから」

「……は?」

「あと、送り迎えは僕とエド、もしくはエドが必ず同伴になるから」

「え、これからずっと!?」

 一回きりの措置ではないのか。思わず振り返ると、背後にいたエドもその話は了解していたようで、重々しくうなずいた。

「師匠、今までも校内では同伴させていただいておりました。その範囲が広がるだけです」

 最近、笹原さんの件でエドを便利に使って、いつでもどこでも連れ歩いていたのは私なのだ。
 その延長だと言われてしまってはぐうの音もでない。

「万が一のことがあってはいけないからね、沙桐さん」

「うぅ……」

「エドを、連れて行ってくれるね?」

 アンドリューにじっと見つめられて、私は夏の強い陽射しに負けた植物のようにうなだれた。

「……でも、ケリはついたじゃない?」

「沙桐さんが、怖くなくなるまでだよ」

「いやもう、多分怖くない……」

「こういうのは後から不意に思い出したりするそうだよ? だからしばらくは僕らといようね?」

 何を言っても、アンドリューには暖簾に腕押しというか、暖簾を押そうとしてもひらりとかわされて元に戻られてしまうような気分になる。
 とうとう反論が尽きた私は、なしくずしにアンドリューの提案を受け入れるしかなくなっていた。

 それからというもの、授業の合間に何をするでもなくエドが背後に立つ。
 移動教室も、背後にエドが付き従う。
 私の姿を見た人達がドン引きする。
 この図式に周囲が慣れ始めた昼休みには、

「おい、VIPが来たぞ!」

「ホントだ騎士連れてる!」

「へぇ、あれが異世界の騎士を屈服させたっていう女子生徒?」

「空手の有段者とかなの?」

 誤解がさらに広まっていく。それを否定しようとすると、今度はアンドリューに止められるのだ。

「怖い人だと勘違いしてもらった方が、沙桐さんにとっては良いでしょう? うかつに誰も近寄らない方が安心だろうし」

 その意見に賛同したのはヴィラマインだ。
 教室で机をくっつけて一緒に弁当を広げていたヴィラマインは、アンドリューの意見にうなずいていた。

「男性に脅されたのでしょう? いくら沙桐さんが平気でも、身を守るにはしばらく必要だと思いますわ」

 本日の異常事態に、とりあえず街中で(よく見知った男子生徒に)脅された話をしておいたヴィラマインは、護衛の意味を含めて必要だと主張してきた。

「ただ……沙桐さん、かっこいいと思いますわ」

「え、どこが!?」

 どこをどう見たらそういう評価になるのかと聞けば、ヴィラマインはちょっと頬を染めて言った。

「うちの国でね、ある町の屈強な兵士が魔物を飼い慣らしたらしいの。実際に身に行くことは禁じられてしまってできなかったのだけど、絵姿は人に書かせて送ってもらったのよ。その人みたいでとてもかっこいいわ」

「へ、へぇ……」

 私はひきつった笑みを浮かべるしかない。
 でもわかってるんだ。ヴィラマインは心からマッチョな強い人間が大好きなだけなのだ。ついでに言うと、マッチョじゃなくても強い女の子に憧れている彼女は、私にかくあってほしいという理想像があるらしいのだ。
 異世界人ってやっぱちょっと変わってる。

「恐縮です」

 エドはちゃんと訳が分かっているのかどうか、頭を下げて礼を言っている。
 この男の反応もかなり謎だ。エドよ。主の花嫁候補から魔物扱いされてるんだが、君はそれでいいのか?

 とはいえ深く突っ込むことはできず、私はお弁当箱いっぱいに詰め込まれていたエピピラフを口に運んだ。

   ◇◇◇

 お弁当を腹に収めた直後、アンドリューが誰かからメールを受け取っていた。
 そうして彼に誘われて、エドとともに人目を避けるようにして誰もいない化学室へと案内された。

 待っていたのは、オディール王女に連れられたキースだった。

 目が合った瞬間、肩が震えそうになったがそれは堪えられた。怖がっているなどというそぶりなど、決してしてやるものか。
 ぎゅっと右手を握りしめて入る時に、さりげなく案内をするようにアンドリューが私の左手を掴んで中へ誘導し、背後のエドが促すように背中に手を当てる。
 それだけでほっとしてしまう。
 本当は気を使ってくれる二人に礼を言いたいけれど、今は後回しだ。

 オディール王女の前に私が立つと、美しい黒髪を今日も背に流した彼女が、両手を肩に当ててお辞儀をする。おそらく彼女の国の礼儀作法なのだろう。

「沙桐さん、昨日の一件では我が国の者がご無礼をいたしました」

「オディール様がしたことではありませんから。頭を上げてください」

 落ち着いてオディール王女に応じることができて、私もほっとする。キースが見ている前でも声だって震えてはいない。克服したんだと思えば、なおさら自信がわいて来る。
 オディール王女は顔を上げて、でも申し訳なさそうな表情で続けた。

「事前に行動をお知らせいただいておりましたのに、対応できなかったのは私の責ですわ。しっかりと監督し、今後決してこの者から沙桐さんやもうお一方、ご迷惑をおかけしている方には接触させないようにいたします。それだけでなく……」

「王女」

 アンドリューの言葉に、オディール王女はハッとしたように言葉を途切れさせる。

「これ以上は大丈夫ですよ。沙桐さんもわかってくれますから。ね?」

 アンドリューの言葉から、更なる償いをと言い出そうとしていたのだと私は予測した。うん、止めてくれてよかった。あまりにがっちりと謝罪され続けるというのも、なんだか居心地が悪くなるものだ。
 だから私はアンドリューにうなずいて見せた。
 少しほっとした表情になったオディール王女は、次にキースの名を呼ぶ。

「あなたからもお詫びをなさい」

 促されたキースが、一歩だけ前に出る。
 けれどオディール王女の前には出ない。半歩ほど下がった位置で、膝をついて左肩に右手を沿えて、平伏するかのように一礼した。

 いつもなら、異世界式の貴族にされるような礼におたおたする私も、今日ばかりは冷静に見下ろすことができた。
 こうした礼は、服従の意を表すために行われるものだ。
 利き手をよく見える場所に置くことで、剣を隠し持ってはいないこと――害意がないことを示させ、一段低い場所から見上げることで、どちらが上なのかを知らしめるためのもの。

 私は偉い立場ではないけれど、キースには私に害意がないと示した上での謝罪をしてもらう必要があると思った。
 なにせ剣をつきつけられたに等しい事をされたのだから。

「私の個人的な感情により、小幡殿には多大なご迷惑をおかけいたしました。お詫び申し上げます」

 顔を伏せたキースは『許してくれ』とは言わなかった。
 許してもらえるとは思っていないからなのか。とりあえず許しの言葉をもらうまではと、すがりつかれることだけはなさそうだと私はほっとした。
 罰はオディール王女が与えるだろう。女性が蔑まれる国を憂える彼女に、私からもぜひこき使ってやるように言って、後にその様子を教えてもらって溜飲を下げられればいいとする。
 私はこれからがんばらなければならないオディール王女に、余計な心労をかけさせたいわけではないので。

 はい、と顔を上げたキースは、一度オディール王女の方を振り仰ぐ。
 その表情に、私は微かな違和感を覚えた。
 オディール王女はキースのことを見ていないので、気づかなかったようだ。そのまま私にもう一度詫びを言い、アンドリューにも手を患わせたことを詫びる。
 そうしてオディール王女と私が握手をし、この件は決着をしたことになった。
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