席交換の理由を私は知っている
文字数 3,216文字
ちなみにこちらの世界からの留学が多くないのは、異世界では身分社会が根強いために危険が生じる可能性があること(というか、既に異世界探索者が被害に遭っていた)が理由の一つだ。
交流を始めた初期の頃、こっちの世界の延長のつもりでふらっと遊びに出たあげく、人身売買されそうになる事件が起こったこともある。新聞に大々的に報道されていたので私も覚えている。
また、凶暴な巨大生物などがいるため、安全を確保しきれないことなどが理由だ。
巨大芋虫に食べられかけたり、事件には事欠かない世界なのだ。
魔物的にも身分制度的にも、命にかかわりすぎる騒動が避けられないので、法整備や環境整備がもう少し進むまで保留、となっても仕方ない。
もし準備が整ったのなら、私も一度は短期留学してみたいと思っている。
さて、そんなわけでアンドリュー達は異世界のルーヴェステイン王国からやってきているわけだ。
正式な名前はアンドリュー・リヴィール・なんちゃらかんちゃら・エッシャー・ファン・ルーヴェステインだったか。ここまで覚えただけでも私は偉いと思う。
このクラスの人間でも、半数は頭の「アンドリュー」しか覚えていないに違いないのだから。
天使みたいな王子様アンドリューは、苦笑いのままエドに言う。
「その話はあとでじっくりしようか、エド。じゃあお邪魔したね、沙桐さん」
アンドリューはエドの首根っこをつかむと、文字通りに離れた場所へ軽々と引きずっていった。異世界の天使というものは、腕力がべらぼうに強いらしい。もしくはこれが噂されている異世界人の特性なのか。
そのまま彼は、教室の隅で笑顔のままエドを諭し始めた。
「法を守るというから同行を許したことを、もしかして忘れてるのかい?」
「ですが殿下。私はどのような場所へ参りましても、殿下の第一の臣であり……」
「まさかエド、ほとんど留学の手引きを読んでいないわけはないよね?」
「そのようなことはありません。きちんと警備のためにも校内の構造、寮の構造なども把握に努めました」
「……ようするに、それ以外読んでないってことかな?」
しかし上手くいっていない。
怖ろしく凝り固まった思想のエドに、アンドリューの天使の笑顔を浮かべた顔がひきつっていた。
気の毒だが、王子様だというのなら臣下のしつけも彼がどうにかするしかないだろう。
いや、本当は留学した時点で元の世界の身分差持ち込み禁止なのだが、その後国へ戻った後のことを考えれば、そんな真似ができるはずもないのは、こちらも承知している。
彼らは今後もずっと、その身分差の中で人生を送らなければならないのだから。
なので授業以外で上下関係まる出しにしていても、目に余らなければ誰もがそこには触れないようにしている。
とはいえ、私以外にエドの態度に抗議する者はまだいない。
多少不快に思っていても、まだ編入して一月しか経っていない異世界人というものは、大抵なんらかの問題を起こすのが通常だ。
そのうちに教師や留学生同士で情報交換をし合い、変な行動も治まっていくものなので、しばらくの間は距離を開けて静観するというのが常識となっている。
私としても、エドから直接迷惑をかけられなければ、別に何も言わくても良かったのだ。
しかしこの様子では、エドがこちら側の常識を気にして振る舞えるようになるまで、どれくらいの時間がかかるのだろうか。
ぼんやりと考えていたら、隣の席の女の子が話しかけてきた。
「エドさんって怖い人ね。大丈夫だった? 沙桐さん」
小さく首を傾けると、彼女のストロベリーブロンドが、細い肩を滑っていく。その時に花の香りがしたように錯覚した。
華やかな色の髪を背中まで伸ばした彼女は、羨ましいくらい肌が白くて、唇は薔薇色。瞳は青のお姫様然とした、とても綺麗な子だ。
彼女の名前はヴィラマイン。アンドリューやエドと同じく、異世界から編入してきたお姫様だ。
うちのクラスの異世界人は、彼女を含めて三人だけである。
一人ちょっと変なのがいるけれど、アンドリューとこのヴィラマインはこちらの常識にすぐなじみ、気質も穏やかな方でとてもつきあいやすい。
ついでにこの可憐な姿を見ていると、すさんだ私の心まで洗われるようだ。
「全然平気よー。エドがきゃんきゃん吠えるのぐらい、どうってことないわ」
私はヴィラマインを心配させないように笑ってみせる。
どうせ日本にいる間、元が騎士だろうと大臣だろうと、同級生に剣を振り回すことなどできないのだ。おおっぴらにそんなことをしたら、異世界へ強制送還なのはわかっているらしく、エドは暴力に訴えてくることはない。
敬愛する主人と引き離されたくないのだから。
それを知っているから、私も安心して強気にはねのけられるのだ。
「沙桐さんは強いのね」
素敵、と私を賛美してくれるヴィラマイン。
しかし私は知っている。
エドがなぜこの席をほしがったか。
彼は、隣国の王女であるヴィラマインと、主のアンドリューをくっつけようと画策しているのだ。
***
それを知ったのは、確か始業式から間もない放課後のこと。
掃除の後でゴミ捨て場に行くと、エドがゴミを漁っていたところに行き合ったからだった。
猛然とゴミをかきわける異国の美少年、というのは、大変微妙な光景だった。
あー、なんか鼻かんだやつとか手に掴んでるけど、ほんとにいいのか? と尋ねたくなるかぶりつきっぷりに、ちょっと引いた。
とはいえ、この時はまだエドに対してうざいと思っていなかった私は、転入したばかりで勝手がわからないのだろうと、親切に声を掛けた。
「エド君、捜し物?」
すると振り向いたエドは、私の持っているゴミ袋を見て、目をかっぴらいた。三白眼が縦に二倍の大きさに広がったことに、私も驚いた。
「ま、まさか……」
「え?」
「それは、うちの教室のゴミなのか?」
「そうだけど?」
今日は掃除当番の日だった。そして私は、じゃんけんに負けてゴミを捨てに行く役目になっていたのだ。
エドはそれを知るなり、
「そ、そのゴミを改めさせてくれ!」
といってゴミ袋を私からひったくり、再びゴミ漁りを始めたのだ。
けれどその甲斐あって、エドは目的の物を見つけた。
「あったーーー!!!」
燦然と輝く王冠を見つけたかのように、折り目一杯の問題用紙が掲げられた。
確かそれは、数学の小テストの問題用紙だ。
その裏には、なぜか様々な人の名前が書いてある……たぶん、エドの母国語で。
だから私には読めないと思って、隠しもしなかったのだろう。
「協力、感謝する」
と告げて、エドはゆっくりと折りたたんでからその場から走り去った。
しかし私は、異世界人が入学してくる学校に入る前、王子様やらとの出会いに胸ときめかせながら、文字を覚えた黒歴史時代があるのだ。
平凡な自分に、そんな夢のようなことなど起るわけがないと、一年生の頃にきっぱり諦めたのだが。どこでどう知識が役に立つのかわからないものだ。
そんなわけで、エドのくしゃくしゃ問題用紙の裏に書き連ねてあった名前を、私はばっちり識別できた。
数秒だったので全部は覚えられなかったが、彼女達の名前の頭に○と×が書いてあって……同じクラスのヴィラマインという異世界の王女の名前の横には、○が見えた。
王子と共に入学した騎士が、異世界の王女や貴族令嬢達の名前を書き連ね、○×を書いて選別していく理由……。
その後、エドがしきりにアンドリューをヴィラマインの近くへ誘導しようとするのを見て、確信した。
……こいつは、王子様の結婚相手を選別していたのだ、ということを。
交流を始めた初期の頃、こっちの世界の延長のつもりでふらっと遊びに出たあげく、人身売買されそうになる事件が起こったこともある。新聞に大々的に報道されていたので私も覚えている。
また、凶暴な巨大生物などがいるため、安全を確保しきれないことなどが理由だ。
巨大芋虫に食べられかけたり、事件には事欠かない世界なのだ。
魔物的にも身分制度的にも、命にかかわりすぎる騒動が避けられないので、法整備や環境整備がもう少し進むまで保留、となっても仕方ない。
もし準備が整ったのなら、私も一度は短期留学してみたいと思っている。
さて、そんなわけでアンドリュー達は異世界のルーヴェステイン王国からやってきているわけだ。
正式な名前はアンドリュー・リヴィール・なんちゃらかんちゃら・エッシャー・ファン・ルーヴェステインだったか。ここまで覚えただけでも私は偉いと思う。
このクラスの人間でも、半数は頭の「アンドリュー」しか覚えていないに違いないのだから。
天使みたいな王子様アンドリューは、苦笑いのままエドに言う。
「その話はあとでじっくりしようか、エド。じゃあお邪魔したね、沙桐さん」
アンドリューはエドの首根っこをつかむと、文字通りに離れた場所へ軽々と引きずっていった。異世界の天使というものは、腕力がべらぼうに強いらしい。もしくはこれが噂されている異世界人の特性なのか。
そのまま彼は、教室の隅で笑顔のままエドを諭し始めた。
「法を守るというから同行を許したことを、もしかして忘れてるのかい?」
「ですが殿下。私はどのような場所へ参りましても、殿下の第一の臣であり……」
「まさかエド、ほとんど留学の手引きを読んでいないわけはないよね?」
「そのようなことはありません。きちんと警備のためにも校内の構造、寮の構造なども把握に努めました」
「……ようするに、それ以外読んでないってことかな?」
しかし上手くいっていない。
怖ろしく凝り固まった思想のエドに、アンドリューの天使の笑顔を浮かべた顔がひきつっていた。
気の毒だが、王子様だというのなら臣下のしつけも彼がどうにかするしかないだろう。
いや、本当は留学した時点で元の世界の身分差持ち込み禁止なのだが、その後国へ戻った後のことを考えれば、そんな真似ができるはずもないのは、こちらも承知している。
彼らは今後もずっと、その身分差の中で人生を送らなければならないのだから。
なので授業以外で上下関係まる出しにしていても、目に余らなければ誰もがそこには触れないようにしている。
とはいえ、私以外にエドの態度に抗議する者はまだいない。
多少不快に思っていても、まだ編入して一月しか経っていない異世界人というものは、大抵なんらかの問題を起こすのが通常だ。
そのうちに教師や留学生同士で情報交換をし合い、変な行動も治まっていくものなので、しばらくの間は距離を開けて静観するというのが常識となっている。
私としても、エドから直接迷惑をかけられなければ、別に何も言わくても良かったのだ。
しかしこの様子では、エドがこちら側の常識を気にして振る舞えるようになるまで、どれくらいの時間がかかるのだろうか。
ぼんやりと考えていたら、隣の席の女の子が話しかけてきた。
「エドさんって怖い人ね。大丈夫だった? 沙桐さん」
小さく首を傾けると、彼女のストロベリーブロンドが、細い肩を滑っていく。その時に花の香りがしたように錯覚した。
華やかな色の髪を背中まで伸ばした彼女は、羨ましいくらい肌が白くて、唇は薔薇色。瞳は青のお姫様然とした、とても綺麗な子だ。
彼女の名前はヴィラマイン。アンドリューやエドと同じく、異世界から編入してきたお姫様だ。
うちのクラスの異世界人は、彼女を含めて三人だけである。
一人ちょっと変なのがいるけれど、アンドリューとこのヴィラマインはこちらの常識にすぐなじみ、気質も穏やかな方でとてもつきあいやすい。
ついでにこの可憐な姿を見ていると、すさんだ私の心まで洗われるようだ。
「全然平気よー。エドがきゃんきゃん吠えるのぐらい、どうってことないわ」
私はヴィラマインを心配させないように笑ってみせる。
どうせ日本にいる間、元が騎士だろうと大臣だろうと、同級生に剣を振り回すことなどできないのだ。おおっぴらにそんなことをしたら、異世界へ強制送還なのはわかっているらしく、エドは暴力に訴えてくることはない。
敬愛する主人と引き離されたくないのだから。
それを知っているから、私も安心して強気にはねのけられるのだ。
「沙桐さんは強いのね」
素敵、と私を賛美してくれるヴィラマイン。
しかし私は知っている。
エドがなぜこの席をほしがったか。
彼は、隣国の王女であるヴィラマインと、主のアンドリューをくっつけようと画策しているのだ。
***
それを知ったのは、確か始業式から間もない放課後のこと。
掃除の後でゴミ捨て場に行くと、エドがゴミを漁っていたところに行き合ったからだった。
猛然とゴミをかきわける異国の美少年、というのは、大変微妙な光景だった。
あー、なんか鼻かんだやつとか手に掴んでるけど、ほんとにいいのか? と尋ねたくなるかぶりつきっぷりに、ちょっと引いた。
とはいえ、この時はまだエドに対してうざいと思っていなかった私は、転入したばかりで勝手がわからないのだろうと、親切に声を掛けた。
「エド君、捜し物?」
すると振り向いたエドは、私の持っているゴミ袋を見て、目をかっぴらいた。三白眼が縦に二倍の大きさに広がったことに、私も驚いた。
「ま、まさか……」
「え?」
「それは、うちの教室のゴミなのか?」
「そうだけど?」
今日は掃除当番の日だった。そして私は、じゃんけんに負けてゴミを捨てに行く役目になっていたのだ。
エドはそれを知るなり、
「そ、そのゴミを改めさせてくれ!」
といってゴミ袋を私からひったくり、再びゴミ漁りを始めたのだ。
けれどその甲斐あって、エドは目的の物を見つけた。
「あったーーー!!!」
燦然と輝く王冠を見つけたかのように、折り目一杯の問題用紙が掲げられた。
確かそれは、数学の小テストの問題用紙だ。
その裏には、なぜか様々な人の名前が書いてある……たぶん、エドの母国語で。
だから私には読めないと思って、隠しもしなかったのだろう。
「協力、感謝する」
と告げて、エドはゆっくりと折りたたんでからその場から走り去った。
しかし私は、異世界人が入学してくる学校に入る前、王子様やらとの出会いに胸ときめかせながら、文字を覚えた黒歴史時代があるのだ。
平凡な自分に、そんな夢のようなことなど起るわけがないと、一年生の頃にきっぱり諦めたのだが。どこでどう知識が役に立つのかわからないものだ。
そんなわけで、エドのくしゃくしゃ問題用紙の裏に書き連ねてあった名前を、私はばっちり識別できた。
数秒だったので全部は覚えられなかったが、彼女達の名前の頭に○と×が書いてあって……同じクラスのヴィラマインという異世界の王女の名前の横には、○が見えた。
王子と共に入学した騎士が、異世界の王女や貴族令嬢達の名前を書き連ね、○×を書いて選別していく理由……。
その後、エドがしきりにアンドリューをヴィラマインの近くへ誘導しようとするのを見て、確信した。
……こいつは、王子様の結婚相手を選別していたのだ、ということを。