『フリ』をしてもらう作戦
文字数 2,618文字
人のことを間男同然に扱ったキースのことだ。
ご執心の妹似な笹原さんに男が現れたらどうするのか?
「その実験をしたいと思います」
「えと……実験?」
私の提案に、笹原さんは戸惑いの表情に変わる。
なぜだろう。この上なくいい思い付きだと思ったのに。
「まずこの実験の目的は、キースに笹原さんが『妹ではない』と印象づけること。そのために笹原さんには、誰かと付き合ってもらう『フリ』をしてもらいます……って、好きな人いたりする?」
念のため尋ねると、彼女は首を横に振る。
私は安心して話を続けた。
「えーこの作戦には目的がもう一つあります」
「もう一つ?」
「笹原さん、キースのことを見ると今でもどきどきするでしょう? それは本当にフェリシアの記憶に引きずられてのこと? それとも、あなた自身の気持ちなの? てか、分けて考えられる自信ある?」
言えば、笹原さんは自信なさげに答えた。
「いいえ……。正直、どっちがどっちだか……」
「あのね、笹原さんてついキースのこと切なそうに見ちゃってるのよ」
「えっ!」
笹原さんが顔を真っ赤にする。頬を両手で押さえるなんて、女の子らしくて可愛いなぁ。私なんぞ「ぬぉぉ」と悔しげに呻いてしまうだろう。
「でもそれじゃ、キースも気があるんじゃないかって期待しちゃうと思うのね。だからまず、他の人と付き合ってみようよ」
そしたら、彼女もキースだけが男ではないと認識できるだろう。
なにせフェリシアの記憶に引きずられている笹原さんは、怖くて避けているだけで、キースへの恋心が解消されていないのだ。
一度それをリセットできる一番の特効薬は、恋だろう。
他の人に恋するか、恋愛なんてそう特別じゃないと思わせるか。どちらかができれば、兄妹だっただけという意識が強くなるはず。
そしてキースは、他者とつきあっている笹原さんを見て絶望するという図式である。
正直、その姿を想像するとぞくぞくしそうだ。変な扉を開けてしまいそうで怖い。
だが、なにもキースをいたぶるためだけの作戦ではない。ほんとほんと。
他の人を好きになったのなら、キースも同じ人物だという気持ちや疑いもなくすはずだ。そうしたら、笹原さんへの執着も消滅すると思ったのだ。今朝の反応からして、心底笹原さんを妹と思っているようなので。
……まぁ、うちの妹に何をするんだと突撃してくるかもしれないが。
「問題は相手なのよ……私みたいにつっかかってこられるかもしれないし」
この間の騒ぎを聞いたことのある人なら、まずこんな話は受けない。というか、突然ある女子と付き合ってるフリしてくださいと言われて、すんなり受けてくれる人はいないだろう――約一名を除いて。
「では師匠、私にお命じを」
その約一名は、いつものようにカモの子よろしくくっついてきていたので、すぐ後ろにいたのだが、案の定さっと一歩進み出て申し出てくれた。
しかし今回ばかりはこういうしかない。
「エドには無理」
女の子の心の機微が理解できない男に、昼ドラの後日談みたいな代物を任せられるものか。
状況を引っ掻き回すのには使えるが、相手をかく乱すると同時に私まで混乱させられてしまうというリスクがあるのだ。自分まで負傷しそうな爆弾を投下する勇気は私にはない。
そして私がエドに宣告した途端、アンドリューが苦笑いする。どうやら私の意図を察してくれたようだ。
女心が多少なりと察せられて、しかも状況をある程度理解してくれてる人。それはアンドリューだ。
しかしそれを依頼するには、アンドリューとその邪魔をしないようエドにも事情説明をするしかない。
私は笹原さんに了解を求め、彼女はうなずいた。むしろ自分から説明を買って出た。
「私の問題に巻き込んでしまうんですから」と。
そうして笹原さんにある日異世界人の記憶が甦ったこと、それがキースの妹であったこと。キースが留学してきてしばらく経った頃から、キースが異様なまでに笹原さんを妹認定し、つきまとうようになったことだ。
聞いたアンドリューは、転生かもしれないという話を笑うことはなかった。信じない様子もない。
代わりに、珍しく渋い表情をしていた。
そんな彼の表情は初めて見たように思う。どこか嫌悪を感じているらしい顔なんて。
そんなにいやだったのだろうか。
「えっと、もし嫌なら仕方ないからエドに……」
頼むからといいかけたのを、止めたのはアンドリューだった。
「やってもいいよ」
「うそ!」
個人的にはダメもと、な気分で頼んだのだ。まさかこんなあっさりと受けてくれると思わなかったので驚いた。
「本当だよ。それに、他に当てなんてないんだろう? 沙桐さん」
「確かにそうだけど。嫌がられるだろうなぁと思ってたから……」
「なのに頼んだんだ?」
「反応が悪かったら、エドのお守の件を持ち出して、ついでに一週間の期限限定で校内のみってことで交渉しようかと思ってた」
率直に手の内を明かせば、アンドリューがやれやれと肩をすくめる。
「まぁエドの件を持ち出されたら僕も弱いからね。沙桐さんの作戦はわからないでもない。でも問題ないよ。付き合うふりっていうんだから、朝と昼でも一緒にいて手を繋ぐぐらいで充分なんだろう?」
私はこくこくとうなずいて、作戦を話した。
「そっちにキースが突撃するかもしれないけど、エドもくっつけておけばそういうわけにもいかないでしょ? 指くわえて見てるうちに、キースのクラスのお取り巻きな女の子に、笹原さんを眼中外に置くようエドから働きかけてもらおうと思ってるの」
エドとお話ししていた女の子達の中には、キースのファンが何人もいた。おそらく異世界人に憧れを持っている人達なのだろう。
エドのぽつぽつとした堅苦しい返事を嬉しそうに聞いてくれていたので、アンドリューと交際があることと、それを穏やかに見守ってほしいと言えば、お願いを聞いてくれるに違いない。
「わかった……まぁ、後でこの借り分に関しては、何か返してもらおうかな」
「う、なんかそう言われると怖いけど。いいよ。頼み事してるのは私なんだし」
リスクは背負おう。私はすぐにアンドリューに返事をする。
そこで焦ったのが笹原さんだ。
ご執心の妹似な笹原さんに男が現れたらどうするのか?
「その実験をしたいと思います」
「えと……実験?」
私の提案に、笹原さんは戸惑いの表情に変わる。
なぜだろう。この上なくいい思い付きだと思ったのに。
「まずこの実験の目的は、キースに笹原さんが『妹ではない』と印象づけること。そのために笹原さんには、誰かと付き合ってもらう『フリ』をしてもらいます……って、好きな人いたりする?」
念のため尋ねると、彼女は首を横に振る。
私は安心して話を続けた。
「えーこの作戦には目的がもう一つあります」
「もう一つ?」
「笹原さん、キースのことを見ると今でもどきどきするでしょう? それは本当にフェリシアの記憶に引きずられてのこと? それとも、あなた自身の気持ちなの? てか、分けて考えられる自信ある?」
言えば、笹原さんは自信なさげに答えた。
「いいえ……。正直、どっちがどっちだか……」
「あのね、笹原さんてついキースのこと切なそうに見ちゃってるのよ」
「えっ!」
笹原さんが顔を真っ赤にする。頬を両手で押さえるなんて、女の子らしくて可愛いなぁ。私なんぞ「ぬぉぉ」と悔しげに呻いてしまうだろう。
「でもそれじゃ、キースも気があるんじゃないかって期待しちゃうと思うのね。だからまず、他の人と付き合ってみようよ」
そしたら、彼女もキースだけが男ではないと認識できるだろう。
なにせフェリシアの記憶に引きずられている笹原さんは、怖くて避けているだけで、キースへの恋心が解消されていないのだ。
一度それをリセットできる一番の特効薬は、恋だろう。
他の人に恋するか、恋愛なんてそう特別じゃないと思わせるか。どちらかができれば、兄妹だっただけという意識が強くなるはず。
そしてキースは、他者とつきあっている笹原さんを見て絶望するという図式である。
正直、その姿を想像するとぞくぞくしそうだ。変な扉を開けてしまいそうで怖い。
だが、なにもキースをいたぶるためだけの作戦ではない。ほんとほんと。
他の人を好きになったのなら、キースも同じ人物だという気持ちや疑いもなくすはずだ。そうしたら、笹原さんへの執着も消滅すると思ったのだ。今朝の反応からして、心底笹原さんを妹と思っているようなので。
……まぁ、うちの妹に何をするんだと突撃してくるかもしれないが。
「問題は相手なのよ……私みたいにつっかかってこられるかもしれないし」
この間の騒ぎを聞いたことのある人なら、まずこんな話は受けない。というか、突然ある女子と付き合ってるフリしてくださいと言われて、すんなり受けてくれる人はいないだろう――約一名を除いて。
「では師匠、私にお命じを」
その約一名は、いつものようにカモの子よろしくくっついてきていたので、すぐ後ろにいたのだが、案の定さっと一歩進み出て申し出てくれた。
しかし今回ばかりはこういうしかない。
「エドには無理」
女の子の心の機微が理解できない男に、昼ドラの後日談みたいな代物を任せられるものか。
状況を引っ掻き回すのには使えるが、相手をかく乱すると同時に私まで混乱させられてしまうというリスクがあるのだ。自分まで負傷しそうな爆弾を投下する勇気は私にはない。
そして私がエドに宣告した途端、アンドリューが苦笑いする。どうやら私の意図を察してくれたようだ。
女心が多少なりと察せられて、しかも状況をある程度理解してくれてる人。それはアンドリューだ。
しかしそれを依頼するには、アンドリューとその邪魔をしないようエドにも事情説明をするしかない。
私は笹原さんに了解を求め、彼女はうなずいた。むしろ自分から説明を買って出た。
「私の問題に巻き込んでしまうんですから」と。
そうして笹原さんにある日異世界人の記憶が甦ったこと、それがキースの妹であったこと。キースが留学してきてしばらく経った頃から、キースが異様なまでに笹原さんを妹認定し、つきまとうようになったことだ。
聞いたアンドリューは、転生かもしれないという話を笑うことはなかった。信じない様子もない。
代わりに、珍しく渋い表情をしていた。
そんな彼の表情は初めて見たように思う。どこか嫌悪を感じているらしい顔なんて。
そんなにいやだったのだろうか。
「えっと、もし嫌なら仕方ないからエドに……」
頼むからといいかけたのを、止めたのはアンドリューだった。
「やってもいいよ」
「うそ!」
個人的にはダメもと、な気分で頼んだのだ。まさかこんなあっさりと受けてくれると思わなかったので驚いた。
「本当だよ。それに、他に当てなんてないんだろう? 沙桐さん」
「確かにそうだけど。嫌がられるだろうなぁと思ってたから……」
「なのに頼んだんだ?」
「反応が悪かったら、エドのお守の件を持ち出して、ついでに一週間の期限限定で校内のみってことで交渉しようかと思ってた」
率直に手の内を明かせば、アンドリューがやれやれと肩をすくめる。
「まぁエドの件を持ち出されたら僕も弱いからね。沙桐さんの作戦はわからないでもない。でも問題ないよ。付き合うふりっていうんだから、朝と昼でも一緒にいて手を繋ぐぐらいで充分なんだろう?」
私はこくこくとうなずいて、作戦を話した。
「そっちにキースが突撃するかもしれないけど、エドもくっつけておけばそういうわけにもいかないでしょ? 指くわえて見てるうちに、キースのクラスのお取り巻きな女の子に、笹原さんを眼中外に置くようエドから働きかけてもらおうと思ってるの」
エドとお話ししていた女の子達の中には、キースのファンが何人もいた。おそらく異世界人に憧れを持っている人達なのだろう。
エドのぽつぽつとした堅苦しい返事を嬉しそうに聞いてくれていたので、アンドリューと交際があることと、それを穏やかに見守ってほしいと言えば、お願いを聞いてくれるに違いない。
「わかった……まぁ、後でこの借り分に関しては、何か返してもらおうかな」
「う、なんかそう言われると怖いけど。いいよ。頼み事してるのは私なんだし」
リスクは背負おう。私はすぐにアンドリューに返事をする。
そこで焦ったのが笹原さんだ。