恨みはフルーツ牛乳とともに

文字数 2,849文字

 しかし異世界についての理解は深まったが、キース対策は一向に良い案が浮かばない。
 どっちにしろ、姿形が似ていないはずの笹原さんに『妹みたいだ』と他人にキースが言うことに違和感があるのだ。
 個人的には、キースは恨みから病んでしまって、妹に似た人を探していたとしか思えない。なにせ笹原さんが『フェリシア』の記憶を持っていることなど知りようもないのだから。
 であれば、笹原さんに近づけてたら彼女が怪我をさせられる可能性もある。

「やっぱり、妹とは別人だと認識させるのが一番なんだよね」

 病むに至った対象ではない、と認識させるのが重要だろう。

「笹原さんのこと?」

 尋ねるアンドリューにうなずく。

「あれだけしつこく他人から妹呼ばわりされたら、気味が悪いでしょう? だからなんとかしてあげたくて、キース君の目を覚まさせる方法を考えてたんだけど」

「それでエドを連れて歩いてたんだ。エドから逃げ回ってたのに、どうしたんだろうと思ってたよ」

 確かに、アンドリューには笹原さんのことを話せないでいたので、私の行動が不可解に思えただろう。

「にしても、沙桐さんは面倒見がいいね。エドの時も結局かまっちゃうあたり、人がいいんだなと思ってたけど」

「うっ……」

 私は言葉に詰まる。
 このまま話していると、お人よしだから笹原さんを助けようとしたのではない、ということがばれそうで怖い。うっかり口に出してしまいそうだ。

「わ……私、なんか煮詰まったから、気分転換にジュース買ってこよーっと」

 慌てた私は、そんな口実を言葉にするという不審行動をとった上で、アンドリューから逃げたのだった。
 まぁでもジュースはいくらあってもいい。
 一日一個と決めてはいるが、こんな日には二個目を買ってもいいだろう。
 そして買うのは校内の自販機だと90円で買えてしまうフルーツ牛乳だ。

 自販機のある一階の購買店前に来た私は、100円を投入しガコン、と紙パックのジュースが落ちた音を聞きながら、10円のお釣りを取り出す。
 しかしその間に、誰かが取り出し口から、勝手に私のフルーツ牛乳を掴み出した。

「え! ちょっとそれ私の……っ!?」

 叫びながら振り返ると、そこにいたのはフルーツ牛乳片手にニヤついた顔をしているキースだった。

「はぁっ!?」

 最初に思ったのは、なんで一人でこんなとこにいるの!? というものだ。
 次になんで人の物盗ってんの!? という疑問。どちらにせよそれをキースがしたのが意外すぎた。

「なんで人のジュース盗ったのよ?」

「嫌がらせの仕返しだ」

「……え?」

 なんか頬がひきつった。

(まさか笹原さんに話しかけたのを邪魔したから? だからってジュースとっちゃったってこと? この人小学生? 小学生なの!?)

 そんな私を、キースは嫌そうな表情で見下ろしている。

「……なんだその表情は」

「いや……レディーファーストにこだわったり、随分礼儀作法にこだわるような貴族の坊ちゃんでも、安物のパックジュース片手にニヤつくんだなって思って」

 あと、と私は付け加える。

「別にあなたに嫌がらせしてるつもりはないし、出来ればこんな品性が欠けてる行動に出るような人、関わりたくないんだけど」

 笹原さんのことがなければ、近寄りたくもない。
 それを綺麗な言葉で包み隠さずそのまま言い渡せば、キースはぎょっとした表情になった後、フンと鼻先で笑った。

「お前だろう、ルーヴェステインの騎士にうちのクラスの人間を呼びに行かせているのは。それが迷惑だと言ってるんだ」

「そっちの予定なんてこっちが知るわけないでしょ。私はお友達と話したいから呼びたかっただけだし。エドはそれなら、って迎えに行ってくれただけよ。それにエドが奇矯で空気読まないのは本人の問題で、話が付くまでちょっと待てとか言うなら、エドに交渉してよ」

 キースの文句をバッサリ切り捨ててやる。
 エドの滔々とした斜め上演説に負けたのはキースの問題だ。そしてわざと邪魔をしている事については、キースも確証のない事のはずだ。であるなら、私はそれを認める発言をするわけにはいかないのだ。
 だってキースと妹のあれこれを知ってるのは内緒なんだし。

 一方のキースは、ここまで女子に真っ向から反論されたのがショックだったのかもしれない。
 ふるふると肩や腕をふるわせて、驚愕の眼差しでこちらを見ていた。
 ややしばらく衝撃を受けて思考停止していたが、彼は元から負けず嫌いさんなのだろう。私の発言を受け流すことはなく、真っ向から宣戦布告をしてきた。

「あ、あくまで認めようとしないなら……このジュースは返さん!」

「は、はぁっ!?」

 とんでもない微妙な脅しに、逆に私は度肝を抜かれた。
 やっぱりこいつ小学生だ!

「ちょっと返してよ!」

 今月のお小遣い、貯めようと思って節約してるっていうのに、また買い直すなどごめんだ!
 しかしキースは、あちらの世界の人間だけあって普通の男子より背が高い。
 かえして、かえしてと飛び跳ねても手を上に上げられると届かなかった。

 この絶対的な背丈は、脚立でも持ってこないと越えられない。一瞬、キースを蹴り倒して手の位置を物理的に下げさせるという作戦が脳裏をよぎったが、キースの来歴的に不可能だ。
 こいつは騎士だったのだ。化け物と実戦経験がある人間が、私のか弱い脚力でどうにかなるわけがない。

 ぐぬぬ……と悔しがるしかない私に、キースは見下すような視線を向けてきた。

「あがく姿は無様だな」

 あざ笑われた私は、怒りのあまり暴言が口を突いて出た。

「このせこい三下!」

「は?」

 キースは一瞬首を傾げた後、その意味に思い至ったのか顔を怒りに歪める。

「貴様……こんな子供だましで済ませてやろうというのに、つくづく愚かな女だ」

「盗人に偉そうに言われたくないわ!」

 私の怒りの表情に、とキースは余裕を取り戻したようだ。「違うな」とうっすら笑いながら言う。

「これはお前への罰だ。今後も、私の邪魔をしたなら、同じような目に遭うと思え」

「ちょっ、やっぱりせこ!」

 フルーツ牛乳をカツアゲ宣言に、思わず私は言ってしまう。

「はっはっはっは!」

 しかしそれを負け惜しみだとでも思ったのか、どこの悪役かと思うような台詞とともに、キースはフルーツ牛乳を片手に立ち去った。

「返しなさいよーっ!」

 叫ぶことしか出来ない私は、その場に立ち尽くす。
 そして雪辱を誓った。

「食い物の恨みは怖いのよ……覚えてらっしゃい!」

 その時、笹原さんを助けるという大義名分は私の中からどこかへお出かけして『キースをやっつける』という単語が心の中に刻まれた。

 そして私は、闘志を燃やしながら水道水をがぶ飲みしたのだった。
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