お茶会の続き

文字数 2,985文字

「や、でもそれも国元で、エドにこちらの風習を教えた人がちょっと説明不足だったみたいだし……」

「一体どんな説明をしていたんですか?」

 眉の先を下げて、怯えたような表情のソフィー嬢に尋ねられる。

「あの、公平っていうのが説明が難しいからと、男女問わず騎士団員と同じように扱えって言われたらしくて」

 一瞬で、皆が「ああ……」と言いたげな表情に変わった。

「全員男扱いしていれば平等。だけどアンドリューのことは別格なのは変わらず、ってなったらそう言うことになったらしいの」

「確かにそれでは……事情は納得できましたわ」

 リーケ皇女でさえ、しみじみとうなずいていた。
 これでとりあえず、エドとアンドリューの株はマイナスから持ち直したはずだ。代わりに悪者にしてしまった、ルーヴェステインのどなたか、ゴメンナサイ。でもおかげで私が苦労したことも事実なので、あまり反省はしていない。
 しかし一人だけ納得していない人がいた。

「でも、今まですごく迷惑そうだったのに、急にかばうようになったのね?」

 エンマ姫だ。

「う……ちょっと最近ですね、野暮用を頼んだりしてまぁ、借りができたというか……」

「騎士エドに頼み事を? それで最近、大人しく連れ歩いているのね」

 リーケ皇女がふうんとつぶやく。

「どんな心変わりかと思いましたわ。とうとう騎士エドのつきまといに、沙桐さんがほだされたのかと」

「ほだされる……って、何ですかそれ」

 わけがわからないと言えば、リーケ皇女が実に上品に、口の端を上げて笑んでみせる。

「よほど人嫌いでなければ、自分を慕って一心に向かってくる者を、無下にはしにくいものですわ。そして慣れてしまうと、気にもしていなかった犬でも可愛くなるものではない?」

「え?」

 首をかしげていると、そこでなぜかユリア嬢が手を打つ。

「私知っていますわこういう時どうなるか! お互いに反目する二人……共同作業をすることになって相手を理解しはじめて、友達のような関係になりながらも、素直になれず。けれどある瞬間、どちらも相手を異性だと気づいて意識しはじめて。今までは平気でふざけあえたのに。どうして目を見るのも恥ずかしくなるの! きゃーっ!」

 立ち上がって、自分の肩を抱きしめるようにして熱演するユリア嬢に、私は呆然とする。
 ごめん、それは全く考えたことがなかった。
 てかユリアさん、貴方そういう方向の人なんですね……。まさか貴方も、黒歴史ノートとか持っていない?
 そんなことを考えていると、ユリア嬢がずい、と身を乗り出して迫ってくる。

「ね、ちょっとはときめいたりしませんでしたの?」

 問いかけられて、
「うわ、ないわ~~」

 思わず、率直に心の声が漏れ出た。
 ユリア嬢は目が点になる。しまった。きっとユリア嬢はこんな乱暴な言い方にまだ慣れていないのだ。
 なにせうちの学校、留学生が王侯貴族だから、彼らへは丁寧な言葉遣いをしてあげるように言われているのだ。きっとショックを受けたに違いない。

 ちなみにうちの学校の受験内容に品行方正さを見る面接があるのはそのせいだ。簡単な異世界語による会話ができることは、必須項目である。
 まぁ、相手の留学生が日本語ペラペラなので、役には立たないが。
 私は慌ててフォローした。

「いやあの、エドは恋愛対象外っていうか、あの人も貴族とかでしょう? 学校こそ同じとはいえ、そんな相手とどうこうなろうって考えもしなかったっていうか」

 あわあわと弁明していると、こらえきれないように吹き出す人がいた。そのまま笑い出したのは、オディール王女だ。
 つられたように他の人も笑い出す。

「こちらの方は、みんな素直に表現するから楽しいわ」

「そうね。あちらでは率直に『対象外』なんて言えないものね」

「え、でもこんなにそのまま言ってしまうのって、沙桐さんくらいのものではありません?」

 ヴィラマインのツッコミに、更にみんなが笑った。
 どうも話が私の奇矯さに移っているようだ。さっきのことで不愉快に思わないでいてくれたのならまぁいいとしよう。

「それにしてもアンドリュー殿下って、お国に婚約者候補などはいなかったのかしら。普通は、その関係もあって異世界でのことにはあまり干渉しないものですけれど」

「あの方は第二王子でいらっしゃったはずですし、そうするとせっぱつまって結婚相手についてまだ吟味していなかったのでは? ご自身の自由に任せるおつもりなのかもしれませんわよ」

 エンマ姫の言葉に、リーケ皇女が応じる。
 へぇ、アンドリューって第二王子だったんだ、と私はいまさら知ったのだった。

「でも恋など、予定通りにするものでもありませんし。……オディール様のお国はそのあたり厳しいと聞いたのですけれど、いかがなのですか?」

 エンマ姫が水を向けるたのは、オディール王女だ。
 彼女の婚約者候補として挙がっていたのはキースだ。その彼がついてきているのだから、今でもその立場は盤石なのではと思ったのだが。彼女の返事は予想外だった。

「そういった話はありましたけれど、決まる前に一度白紙に戻りましたの。私もまだ年若いことですし、見分を広めた上で改めて吟味した方が、と父にも言われまして」

 ただ、とオディール王女は続ける。

「この国の人は、私たちと同じ年では責任を負ったりはしませんから、時にきつい覚悟を強いるような立場へ引っ張りだすことになるのも、気の毒ではないかと思っておりますわ。なのでよほどの方でなければ、こちらの世界の方を選ぶわけにもいかない、と考えています」

 彼女の意見にはうなずける。
 特に姫君の場合、お相手は男性だ。高校生であっても、姫を支えられるほどの技能を持っていることが要求されるだろう。
 役に立てなければ立場を無くし、やがて二人の関係も早々に破たんするに違いない。

「となると、留学してきている他国の方はいかがです? オディール様のお眼鏡に叶う方はいらっしゃいました?」

 再び恋の話になったからか、ユリア嬢の瞳がらんらんと輝きだした。
 オディール王女は「まだ入学して日が浅いので、あまり沢山の人とかかわっていないので、なんとも」と濁した上で言った。

「どちらにせよ、殿方はしっかりと一本筋が通った方ならば、と思いますわ。自分が恋に溺れて、そのあたりを見誤ったりしないようにとは念じておりますけれど。……国のためにも」

 オディール王女の言葉に、私は半紙の真ん中にびしっと書かれた黒い縦線を連想する。
 ……なんだろう。好みといい、当初予想していた傾向とは違う人のような気がする。

 予想ではこう、むしろソフィー嬢やユリア嬢のように、おしとやかで女の子らしくて、ピンク色が似あう人ではないかと思っていたのだが。

 それに『白紙に戻った』という言葉。
 キースは婚約者候補から外れたということなのだろう。
 原因は何なのか。本当に、二人が仲違いをした末のことなのだろうか。

 その後、オディール王女と二人で話す機会を得た私は、フェリシアがいなくなった後のことについて、考えが及んでいなかったことに気付くのだった。
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