落とし物から騒動は始まる

文字数 2,013文字

「申し出って何?」

 話を途中から聞いていたらしいアンドリューが、訳がわからなかったようで眉をひそめる。

「何か重たい話でも持ちかけられたの? 沙桐」

「ああ『申し出』なんてカタイ言葉使ったから誤解させちゃってごめん。どうもその人、レディファーストしたかったみたいで」

「ガーランドの人間なら……そうか」

 思えばガーランドだと、ヴィラマインの大好きな凛々しい女騎士など存在しえなくて、彼女の人生の潤いが半減するのだろうな。
 そう思う私の耳に、午後の授業の予鈴が届く。
 ざわつきながら、各教室へ流れていく人の波。
 その中に遅れて入りながら、私はふと右手を向いていた。

 二つ向こうの教室の入口。そこに見覚えのある、少し長めの栗色の髪をした男子生徒がいた。
 遠目だしあのイヤリングが見えたわけでもないのではっきりとは言えないが、間違いないと思う。なにせあそこまで髪色が淡い人間は、大抵が異世界の留学生だ。

 彼は複数の女生徒に囲まれたあげく、教室へ入る時には彼女達を優先していた。
 一人一人手を取って導き、ささやかながらに上がる黄色い声の中、最後に自分も扉の向こうへ姿を消した。
 その後ろから、げっそりとした表情の男子生徒が数人、教室へ入っていく。
 きっと、そんな風にレディーファーストをしてくれるキースの周りに集う女子の姿に、脱力感でいっぱいになるのだろう。

 一方の私は、ほっとしていた。
 あれだけ沢山の女の子に囲まれていれば、昨日会った私のことなど忘れるのも早いだろう。うっかり恨まれたりしたら面倒なので、大変助かった。
 惜しむらくは、私は彼よりも救い主である聖母様な女生徒を見つけられなかったことだ。
 そちらもこの日は、なかなか果たされそうになかった。

 代わりに、帰りがけに私は妙なものを見つけることになる。

「師匠~っ! まさか私がどこに潜んだ敵でも見つけられるよう、鍛えているおつもりですか!」

 低木の隙間から、真剣な表情で三白眼をつり上げた男子生徒が全力疾走していくのが見える。
 いや私、別に騎士を鍛える気なんてさらさらないし。
 心の中でだけ返事をしつつ、その姿を見送る。

 今日のエドはやけにしつこくて、私を捜し回って校舎周りを四周ほどしているはずだが、その体力が尽きる様子がない。
 ……体力馬鹿すぎて怖い。
 更には、かくれんぼの回数を経る度に、エドが私を発見するまでの時間が短くなっている。
 おかげで今日も、地面に這いつくばる寸前の、怪しい態勢をとらざるをえなくなっていた。
 こんなところを誰かに見られたら恥ずかしさのあまり憤死するかもしれない。

「なんか対策考えなくちゃ……」

 難解な任務でも与えて、今年度末まで苦悩してもらうべきか。

「お姫様達の好みを探れとか、好きなケーキなんて面と向かって聞けないだろうから、調べるまでは弟子と認めないとかどうだろ」

 つぶやいてはみたが、私はその案をボツにする。
 エドのことだ。間違いなく喫茶店などの近くをうろつき、お姫様たちをつけまわして警察の世話になりかねない。
 あげくに、馬鹿正直なエドのことだから、師匠から与えられた任務をこなすためだと堂々と主張して、犯罪を教唆したとして私にまで累が及びそうで怖ろしい。

「なんであの人、もうちょっとそつなくできないんだろ」

 昔、想像していた騎士とはあまりに違いすぎる。
 テレビで初めて騎士を見た時には、いろいろ妄想を広げたものだった。
 品行方正そうだなとか。女の子の危機にはさっと駆けつけ、ひざまずいて手をとって安否を気遣ってくれたりとかするんだろうなとか。
 現実の最も近しい騎士は、完全に猪だった。

「顔は悪くないのにね……なんであんな、脳みそがつるんとした立方体ぽい人になったんだろ」

 残念なことこの上ない。
 そして十代も後半になってあれということは、周囲も親も、彼を矯正するのは不可能だと諦めたのではないだろうか。
 度々教え諭しているアンドリューの苦労が偲ばれる。だからといって私に押し付けるのはどうかと思うが。

「私もあきらめたいんだけどなぁ……」

 ため息をついて下を向いた私は、低木の根元に転がる、ポケットにはいりそうな小さい手帳を見つけた。
 ビニールのカバーは磨りガラスのような白で、手帳の表紙の濃いピンクを淡く透けさせている。明らかに女の子のものだろう。
 誰かの落とし物だろうかと思った私は、表紙裏か最終ページに、名前が書いていないかどうかを確かめた。

 そして目を見張る。

「笹原 柚希(ささはら ゆずき)……フェリシア・クレイトン?」

 普通の名前の上に、ルビをふるように書かれていたのは、異国人らしい名前で。

「……中二病、ひきずってんのかな」

 初見ではそうとしか思えなかったのだった。
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