第20話 組の山ちゃん その2最終話

文字数 3,091文字

「ははは、実は、俺・・保管係なんだよ。一番警察に目を付けられない安全パイだというので、俺が預かっているんだけど。まあ、ここんとこ抗争なんかないしさ、必要ないわけだ。だけどトンズラする時に、これ持って逃げるわけには、いかないしさ。そこで、これを組に返して欲しいわけ。丸川さんに」
「俺に?!!!!」
「俺が、金を持って逃げたのが判ると、追い込みがかかる。その時には、俺と一緒に遊んでいた丸川さんにも追い込み組がかなり厳しい調べすると思うんだ。ところが、俺から預かりましたと先に組に持って行けば、俺のトンズラとは関係ないと、釈放してくれるという計算よ」
「え~、やばいな・・・・そうだとしても、この危ないやつを俺が組に持って行くわけ、その途中で警察に見つかったら俺もぶち込まれるよ」
「大丈夫だよ、俺らと違って丸川さんなら組に行くまでの途中で職質なんかされないから。そんなことができて頼めるやつって丸川さんしかいないから」
「こえ~なあ~・・・ところでもう一つの頼みって何よ。一つがこれだともっと危ないのかよ」

「もう一つは、これのことだけど・・・・」
と、山ちゃんは、小指を指立てて突き出した。
そして、ポケットから小さな紙きれを出した。
「歌舞伎町の真ん中の鰻鉄の近くに昼サロのピンクローズという店があるだろ?その店に俺のバシタがいる訳。そのバシタのミキにこれを届けてほしいんだ。」
と言って、開いているバッグの中の札束の中から2つの塊を小さな紙袋に入れて渡した。
「渡すのは、できると思うけど組に見つかったらそれこそ、そのミキちゃんも俺も血祭りだよ。やだよ・・・そんな危ないの」
「大丈夫、大丈夫・・・組に行く前に寄れば店にいるからすぐ済むし、第一ミキのことは、組には、全然知られてないから問題ないしさ」
「渡すとき、どうして山ちゃんから預かったかと聞かれたらどうするの?」
「ああ、その時は、「あばよ」と言っていたと言えばいいよ。ははは・・」
「あばよって言えってか・・・はははじゃないよ」
「まあ、そういうことだから、俺は組が帰ってくるのが遅いと気づく前に高跳びしなくちゃいけないから、先に行くな。あばよ」
そういうと、バッグのジッパーを閉めて、玄関から出て行ってしまった。

何という、頼み事だ。
しかも、問題ないからとか、あばよとか・・・何考えているんだ。
しかし、思い悩んでいる時間は、なかった。
もし、この出来事が山ちゃんの説明通りだとすれば、早くここを立ち去らなければならないし、山ちゃんの台本通り、全部を処理して、一時も早く歌舞伎町から姿を消さないと自分が大変なことになる。

そう考えたら後は、ためらわずに行動することだった。
拳銃と手りゅう弾が入った大きな紙袋と200万円が入った小さな紙袋を持って急いで山ちゃんのアパートを出た。
そして、その足で昼サロのピンクローズに行き、ミキちゃんを呼び出してもらい小さいほうの紙袋を渡した。
店から出てきたミキちゃんは、まだ確実に10代だろうと思われる少女の面影を残しているポチャッとしている娘だった。
「これ、山ちゃんからミキちゃんに渡してくれと預かったものです。伝言は、あばよと言ってくれと言ってました」
それだけを言うと、「え?あばよって、どういうこと?」と言うミキちゃんに振り向かず、店から出てきた。
そして、大きな紙袋を持って、組の事務所に行った。
この前、頭にワイシャツを作ってもらったばかりだから、組の前で立ち番している若い組員もすんなり入れてくれた。

応対に出た、組員に迎えられて、2階から頭が出てきた。
「おう、丸川さん。今日は、どうした?」
「山ちゃんと道の途中で会ったんですが、何か用事があるというので、これを頭に渡してくれと言伝を頼まれたので、持ってきました」
「そうか、それは、ごくろうさん。山は、組の用事で出かけているから頼んだんだろう。まあ、茶でも飲んで行きなよ。」
「いえ、ちょっと私も次の用事があるので、失礼します。それでは、これを渡したことで、私の用事は、済んだということになります」
と、なんか変な言い回しになったが、紙袋を机の上に置くと逃げるように組を後にした。

翌日から、私は、歌舞伎町に一切出没しなかった。
1か月後くらいに山ちゃんのその後がどうなったか心配だったので、白沢さんに電話をかけて聞いたところ、組は、大変な騒動になっていて、組員が総動員で山ちゃんの探索に動いているとのことだった。
そりゃあ、そうだろう・・・
組の金をそれも上納金を6000万円も持ち逃げしたら、もし捕まった場合、世間的に知られているように東京湾の魚の餌になることは必至だ。
自分のほうにも特別追い込みが来ることもなかった。

その事件から一年半が過ぎたころ、白沢さんから電話をもらった。
「もうほとぼりが冷めて、何にも問題無いから、歌舞伎町に遊びに来な」と、いう電話だった。
そして、その電話の通り、また何事もなかったかのように麻雀をやったり酒を飲みに行ったりという遊びができるようになっていた。
時々、(山ちゃんは、うまく逃げることができたのかなあ~)と、思い出す時もあったが平穏で静かな日々が過ぎていった。

しかし、このストーリーは、これで終わらなかったのである。
事実は、小説よりも奇なりというが、まさしくその言葉通りのドラスティックな真実が隠れていた。

白沢と区役所通りの清龍で飲んでいるときに、雀荘の“ちょんぼ”で時々見かけた常連客が、白沢の所に寄ってきていきなり「この前さあ、高円寺の駅で山ちゃんに出会ったよ。びっくりしてさあ、「元気か?」と聞いたら、「いやあ、元気も元気、楽しくやっているよ」と、応えたけど、あいつ生きてるよ!」と、話しかけてきた。
すると白沢は、「ああ、そうかい」と何か他人事のように短く返事すると、その客に手を振って店から送り出し、酒を飲み始めた。

その雰囲気は、明らかに何かを知っている。
「山ちゃんが生きてるって、本当ですか?・・・高円寺の駅といえば、近いところだし、組に見つかったらやばいんじゃないですか?」
と、聞いてみた。
すると、白沢は、意を決したようにこの出来事の本当のシナリオを全部話してくれた。

山ちゃんの組の親分は、70歳を過ぎた親分で若い時からの何回かのお勤め(刑務所暮らし)で普通の人より老齢化が進んでいた。
最近では、少し認知症もあるんじゃないかというぐらいボケが目立つようになってきていた。
24歳も年下の姐さん(女房)は、組の将来とたんまり蓄えている組の金庫の中身の金を心配するようになっていた。
このまま、老化が進むと、その全部が、上の組に持っていかれてしまう。
何とかしなければという事から、頭と組んで、組の金を退避させることにした。
そして、上納の日に、6000万円の金を山ちゃんに持って逃げさせた。
親分は、当然上の組からの叱責を受けて組長の身分を解かれて引退した。
代わりに頭だった、河内が組長になった。
その組長になった河内と先代の姐さんは、今では組を一緒に切り盛りしている。
6000万円は、実質的に新組長と姐さんの懐に戻り山ちゃんは、都下の風俗店を経営している。
その資金は、新組長と姐さんが出した。
そして、1年を過ぎたころ、山ちゃんは、新宿に居たミキちゃんを自分の店に呼んで、店長にして二人で暮らしている。
という、ストーリーだった。

つまり、すべての寸劇には、シナリオがあり、そのシナリオ通りの役者が演技した出来事だったというわけである。
その茶番劇の一場面に使われて危ない役を演じた割には、何のギャラも貰えなかったなあと今では少し残念な思いである。
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