第22話 占いのマニュアル 一話完結

文字数 3,019文字

最近は、ほとんど見なくなった道路わきで小さなテーブルを置いて、手相占いとかいてある看板を出している、街角の占い師

歌舞伎町の昔・・・それこそバブルの時代などは、街角の角という門には、夕暮れと共に出没して、多いときは、一つの通りに十数人が並んでいたこともあった。
伊勢丹の傍には、新宿の母と呼ばれる有名な占いのおばちゃんが居て、順番待ちをしている客が列を作って並んでいた時期もあった。

その筋の怖い人たちが居るといわれている歌舞伎町で、道路に稼ぎ場所を出すということは、難しいのではと思われるかもしれないが、これが実は、意外に簡単に商いをすることができる。
歌舞伎町には、複数の組の複数の縄張り(シマ)が存在する。
しかし、縄張り争いが頻発することは、ほとんどない。
それは、巨大な欲望が渦巻いて巨大なお金が乱舞する経済市場では、争いごとで損失を出すより、協定してそのシノギを分けたほうが、利益が高いからである。
路面で商売を行う占い師のような日々の稼ぎが少ないビジネスに縄張りを主張して他の組と争っても何の得にもならない。

ましてや、こうした庶民生活に溶け込んでいる商売に対しては、昔から古いしきたりで運営されてきたテキヤ系列の組がマネジメントしている。
そのため、路面にテーブルを出す許可だけ得られれば、誰でもその日から看板を出すことができる。
シノギ代金として支払う代金も一日3000円と決まっていて、寒い日に凍える辛ささえしのげれば、一人や二人程度しか客が付かない日でも十分に稼ぎになる。
それが、有名な占い師にでもなれば、仕入れの必要のない、つまり元手のかからない商売なので、丸儲けの商売だ。

だから、本当の占いの勉強をした人間でなくてもすぐに始められるということと、経費がかからないこともあって、失業した人間、ギャンブルですってんてんになった人間、地方から上京したばかりで生活費もままならない人間などが、その日から開業できて、その日から日銭が入る商売は、救いの商売だ。

実は、その占い師になるためのマニュアルがある。
そのマニュアルを発行しているのは、歌舞伎町一帯の路面の占い師のショバ代を管理している東星会である。
そして、そのマニュアルを編集したのは、国友という男で、自分自身が占い師をしていた。
ある日、組の山ちゃんが、いつものように歌舞伎町を巡回して、路面に机と看板を出している占い師たちから3000円のショバ代を回収していた。

すると、一番ロケーションの良い区役所通りから花園神社に行くまでの間に、知らない男が、机と手書きの看板を出して占いの店を出していた。
山ちゃんと同行していた、組の古株の牧野が、声をかけた。
「おい、兄さん、ここで商いするには、ちゃんとことわってもらわないといけないんだよ。何の届も出していないだろ?」
「届ですか? 新宿区役所かなんかの許可が必要なんですか?」と、男が返した。
「いや、区役所じゃなくてよ・・俺らに断ったかということだよ」
「ああ、そうですか。そういうことですね。いや、今日初めて勝手に始めてしまいました。たぶん、そういうことだろうなあとは思っていましたが、知り合いなどのツテもなかったので、看板出せば、お会いできると思ってましたので、これからよろしくお願いします」「おお、そうか・・・それなら、名前だけ教えてくれ。そして、毎日看板出す日は、3千円だけ収めてくれ。ここにいる山か、俺が集めにくる」
「はい、分かりました。これからそうさせていただきます。これは、今日の分の払いです」
そういって、男は、封筒に入った3千円を手渡した。表書きには、ちゃんと国友と書いてある。
つまり、初手からこうした縄張りのルールを知っていたのである。

若いわりにしっかりとした受け答えをした上に、こちんとした仁義もわきまえて居ると思った牧野は、いかつい顔を緩めて、「にいちゃん、頼むからな」と封筒を受け取った。
すると国友は、「ところで、先輩・・・よかったら、占ってみませんか。もちろん、今日のお詫びにお代は、いりません。私は、こう見えても高島易団の正当な占いの資格を持っています」
「おお、そうか・・・それなら診てもらおうか」
「はい、では心を込めて診させてもらいます。こちらにお掛けください」

台の前に置いていた小さな丸椅子に牧野を座らせると、国友は、筮竹を振り、占いを始めた。
「先輩!」
「おお、俺は、牧野だ」
「牧野さん!」
「何か、あったか?・・・・・」
「いやあ、牧野さんが、どういう人か、わかりました。これまで大変苦労なされたんですね・・・」
「苦労?・・・・まあ、それは、なあ・・・苦労ちゃいやあ苦労なんだけどよ・・・」
「ああ、それに少し残念なことに、どうも人から誤解されやすい人ですね・・・本当は、いい人なのに・・・」
「いい人ってことは、ないだろうけどよ・・誤解されやすいってことは、あるかもしれんな・・」
いかつい顔から強面な存在として組でも重宝がられている牧野が、何かおどおどした少年のような態度と言葉で占いを聞いている。
少し、その顔が紅潮している。

「やっぱり・・・・そうですか・・・」
「何だ? 何だよ・・・」
「牧野さんのことを一番心配しているのは、お母さんですね。そのお母さんにも何年も会っていませんね。ずいぶん心配していらっしゃいます。そして、そのお母さんが、牧野さんに苦労を掛けたと思っていらっしゃいます。ご連絡とられた方が良いと思います。
ただ、これからは、牧野さんの一つの心配が無くなったのでご自身の運勢も吉のほうに大きく動いていくという卦が出ています。いろいろと大丈夫でしょう」
「そうか・・・そうか・・・ありがとよ」

牧野は、すっと立ち上がると、山ちゃんを促して場を離れた。
その時、山ちゃんは、牧野の目に光るものを見つけていた。
歩きながら、牧野は、山ちゃんに「あれは、本物の占い師だな。じつに凄いなほとんど当たっているぞ」と、繰り返ししゃべっていた。
組の事務所に帰ってからもそのことばかりを皆に説明していた。

さて、ここで種をばらすのは、マジックのネタバラシの様で興ざめになるが、国友が牧野に占ったことは、ほとんどが、後になって国友自身が書いた占いのマニュアルに書かれている決まり文句であったのである。
つまり、占いが当たっていたのではなく、国友の創作による占い師とお客様の想定問題集ということである。

いかつい顔で、強面の雰囲気を持っていることは、幼少のころから学校の成績は、かんばしくなく、おそらく喧嘩などで母親を困らせて定職につくことなく、組に拾われているだろう。
ただ、本人は、根っからの悪ではなく、田舎者の素朴な心根も残している。
自分のことを心配しているのは、身内の中でも母親くらいで、その母親を郷里に残してほとんど帰省したこともないというシナリオに基づいた占いというのが真実である。

「あなたは、本当は、いい人です。ただし、誤解されやすいところがあります」
「お母さん(時として父親とか先生とかに適宜変える)は、心配しています」
などのキーワードを随所にちりばめる。
そして、占ったことで、これから運勢が開けて行く。
つまり、今後も私の顧客として通うことになる。
という成功のためのハウツーのマニュアルである。
国友は、それらの人智に長けた才覚を武器に組の知恵袋として昇って行き、そしてこの占いのマニュアルを初心者に配布し、シノギを獲得していった。
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