第17話 デスパレート・シンドローム(破滅依存症)その5 

文字数 2,276文字

本当に久しぶりの酒だった。
そして、ゆっくり味わって飲む酒だった。
これまでは、いつも何かに攻め立てられて、追い立てられて苦々しく飲む酒ばかりだった。
そう思いながら、飲んでいると1合徳利の酒がすぐに無くなった。
1杯だけと決めていたから、今日は本当に1杯だけにしよう・・・
そう自分に言い聞かせて、店を出た。
しかし、もともと酒は好きでも強くなかった高田は、少しふらついた。
一杯で酔ったか?
そこまでは、まだ少し自分を客観的に見るだけの余裕があった。
歩きながら、息子の個展に行くことを考え始めた。
息子に会ったら何と声をかけようか・・・元妻に会ったら何を話せばいいのだろうか。
そんなことを思いめぐらせながら道を歩いているときに持っていく祝儀のことを考えた。
2万円か・・普通だったらそれぐらいで済むだろう。
しかし、これまでほとんど養育費も払って来ていない。
2万円は少ないなあ・・・父親らしく5万・・いや、10万ぐらい持って行くのが、筋だろう・・今の俺には、5万も10万も・・・

そう思いながら歩いていると、さらに頭がふらついてきた。
5万も10万もどうにかなる・・・・・
頭の中で、何かがはじけた。
そのままふらふらと、よろけながらポーカーゲーム屋の扉を開けた。

まず、白沢から手渡しでもらった、1万円がものの10分ほどで消えた。
BIG,SMALLで叩いて16万円ほどまで上がった点数が、32万円で外れて、ゼロになった時に高田の精神は、完全にダークな領域に支配された。
祝儀袋の2万円もゲーム機に吸い込まれていった。
「アウトお願いします!」
高田が、ゲーム機から顔を上げ、手を振りかざしながらゲーム屋の奥に向かって大きな声を上げた。
すぐに店員が飛んできて、「お客さん、最近お見えでないので、今日は無理です。ここまでにしてください」と小さく冷たい声で告げた。

《アウトとは、こうした賭博の店で行われている慣習であるが、常連の客に限り、最後の一勝負の1万円ほどを店が貸し出すというシステム。当然その1万円は、ゲーム機に吸い取られて店に戻ってくるので、自動的に借金を生み出すシステムでもある。そして、次に来店した時には、その1万円を返さないとゲームを始められないが、来店しなくても損にはならないし、来店したらまたそれ以上に金を使ってくれるので、どちらにしても店側は、ぼったくることができる》
ビジネスとして、こうした不良客との対応に慣れている店員が、高田の所まで来て、顔を見合わせた時驚いた。
高田の人相は、明らかに常人の平常な心の時の人相から逸脱して“取りつかれている人間の顔”だった。

さすがの高田でも金が尽きたら、ゲームを続けることができない。
しかし、一度心の奥底で燃え上がった暗い炎は、消えるはずがない。
高田は、急ぎ足で部屋に取って返し、テレビと布団とノートパソコンとを質屋に入れて元金を作った。
質屋が出したわずか12000円の金を握りしめて、再びゲーム屋の扉を開けたのは、閉店ぎりぎりの午前1時50分だった。
表向き喫茶店の形をとっているので、店は、午前2時に閉店する、
しかし、その前に入っている客には、店のシャッターを全部閉めた後でゲームを続けさせる。
苦労して、ぎりぎりで閉店前に駆け込んだものの、12000円は、これまたわずか数分で消えてしまった。
そして、再度のアウトの願いも聞き入れてもらえないまま、店を追い出された。

もう酒の酔いなどとっくに醒めてしまっていたが、大きな心のくすぶりを抱えたまま、夜の街をとぼとぼと歩いて、部屋に戻った。
そして布団は、質屋に入れてしまったので、残ったシーツと毛布を身体に巻いて畳の上で寝た。
寝たといっても、寝付けるはずがない。
シーツと毛布にくるまって、悶々としながら夜を過ごした。

息子の翔の個展までは、まだ3日ほどある。
何としても祝儀は持って行きたい。
しかし、質屋に入れる金目のものは・・・・・・・・
あった!
講師をしている新宿区民のパソコン講座のパソコンがある。
パソコン講座のパソコンを質屋に入れれば、その後どのような状況が発生するか、解らない人間ではない。
しかし、一度その考えに取りつかれると、軌道修正ができないのがギャンブル依存症の怖さである。
次の日に高田は、15台のパソコンを全部質屋に入れた。

文化会館の担当者には、講座で必要なソフトをインストールすることと、定期点検のために移動しますという説明をした。
最初の2台だけをタクシーで運び、質屋でレンタカーを借りる金を作った。
そして、残りの13台をレンタカーの軽トラックで質屋に運んだ。
質屋には、パソコン講座の講師をやっている名刺と新宿区の広報を見せて信用させ、
機種を新しい機種に変更するので、講師の自分が全部格安で払い下げてもらったので、お金に換えるために買い取ってもらうと説明した。

ギャンブルの元金を得るためなら、どんな嘘でも作り出せるし、どんな面倒な作業でも即座に実行できる行動力がある。
その行動力も知恵も全部ギャンブルのために生み出せる。
それだけの知恵と行動力があれば、もっと有益なものに力を発揮できるではないか・・・
と、考えるのは、こちら側の人間の考えで、ギャンブル依存症・・いや破滅依存症の向こう側に行った人間には、無理なのだ。

そして、誰でもが容易に想像できるように、ここまでして作った元金もわずか数時間でゲーム機に飲み込まれて消えてしまったのである。
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