第14話 デスパレート・シンドローム(破滅依存症) その2

文字数 2,052文字

この物語の核心につながる重要なファクターなので、もう少しテーブル・ポーカーとギャンブルの話にお付き合い願いたい。

何故、このゲームが地獄につながる恐ろしいギャンブルなのか・・・・
そもそもギャンブルの恐ろしさの定義は、負けが続くと持っている財産を失ってしまうという単純な原点にあることは、周知のことである。
そして、大概のギャンブルには、基礎控除と呼ぶべき胴元の取り分があるが、このテーブル・ポーカーには、掛け手のもらい分である配当率というものが存在せず、全部を根こそぎ持っていかれる仕組みが存在する。
いわゆる“やらずぶったくり”というやつである。

それは、このカードの出目(役柄)を決めているのも勝ち負けを決めているのも、コンピューターのプログラムであるということから来ている。
プログラムは、人間が作るものであるから、掛け手を勝たせるのも、負けさせるのも自由に設定できる。
もともとこのゲームの機械メーカーは、ある確率で掛け手も勝つようにプログラムを作って内蔵している。
しかし、このゲーム機を設置してゲーム喫茶を経営している職業の人たちは、改造して、賭け手には何も残さない自分たちだけが総撮りで巻き上げてしまう裏ゲーム機を設置している。
それが“送り”と称される遠隔操作装置である。

「絶対に勝たないギャンブル?それでは、詐欺じゃないか」という声が聞こえそうだが、
もともとこのゲーム機のビジネスを営んでいる人たちは、それが当たり前の“しのぎ”だ。
それならば、絶対に勝たないギャンブルということが判っているのに、どうして熱くなって身を持ち崩すまでのめり込むのか?
そこに破滅依存症の際立った特徴がある。

そうした、掛け手の心理を読み取った胴元側は、微妙なタイミングで高額な点数を遠隔操作で送り、時々勝たせてあげ、数万円・・時には数十万円というお金を払い戻す。
特に最初に来店したような初心者やギャンブルで身を持ち崩してしまったようなやつでないいわゆるカモには、勝たせてあげる。
わずかの掛け金で少し遊んでみようかなと最初にお金を入れた千円札1枚が、1万円札1枚がなんと数十万円という金額に化けて手の中に入ってくる。
そうして最初のころは、何度か美味しい思いをさせてこの道に誘い込む。
後は、地獄の道をまっしぐらに突き進むだけである。

普通の常識をわきまえている人なら、「どうして?」と思われる行動をとるのが依存症だ。
依存症だから常識では考えられない行動に走るのか、どちらにしてもおおよそ普通の人には、理解することが難しい。
その心情を理解できるはずがないという気持ちと病気云々を通り越して完全に逝っているとさえ思えてしまう。

高田もそのような行動を取っていた。
ある日、高田がポーカーをやっているという店に白沢は、顔を出した。
単に暇だっただけであるが、個人的にMBAまで取った人間がやるギャンブルとは、どのようなものであるかを見てみたいというギャンブラーとしての好奇心がそうさせた。

「おう、どうかね?」と、声をかけて高田のゲーム機の横に座った。
「あ?ああ・・・」とだけ高田は返事してゲーム機を睨んだままだった。
そのゲーム機には、60000点の点数が表示されていた。
つまり、金額にして60万円を獲得していることになる。
これだけのお金を勝っていれば、返事どころじゃなく、ゲームにのめりこむのも頷ける。
Take outのボタンを押すと、60万円が店から貰える。

すると、その瞬間、高田は、Big or Smallのボタンを押した。
裏ギャンブラーのプロの白沢からすれば、金額そのものは驚く数字じゃなかったが、高田の懐具合からすれば想像以上の金額である60万円をさらに120万円にしようと叩いたわけである。
高田は、Bigを叩いた。
すると画面には、♣の6が表示され、♪ひゅるひゅるひゅるる~と小馬鹿にしたような音楽が流れ、画面上の60000点が急スピードで逆回転しながらゼロになり止まった。
Big or Smallで負けたために持ち金が全部無くなった訳である。
しかし、高田は顔色一つ変えずに財布を取り出すと1万円札を掴んで、頭の上にかざした。
すぐに奥に待機していた店の店員が、飛んできてゲーム機のカギを開けて掛け金の点数を1000点に増やしてカギを閉めた。
ゲーム機には、一応千円札が入れられるようにお札の挿入口があるのだが、高額な掛け金は、違法性が強く賭博の現行犯で摘発がかかるので、1万円札をかける場合だけ機械に入れられるように店員が開けるのが当時のゲーム機だったからである。

高田は、再びトランプの役作りにゲームのボタンを叩き始めた。
その目は、明らかにゲームに取りつかれてまったく世界が見えていない依存症の患者そのものの目だった。
白沢は何も言わず、ポンと高田の肩を叩くと、店を出た。
財布の中身が全部なくなるまでやるのは、解りきっていたからである。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み