第21話 イケメンに悪い奴は居ない 一話完結

文字数 3,449文字

このワンダーランド歌舞伎町に登場する雀荘“ちょんぼ”は、1990年ぐらいまで歌舞伎町の一番端の西武新宿駅の横に実在していた。

表向き風営法で許可された合法的なゲーム屋という性格上、健全なはずのお店であったが実態は、客同士の掛け金が動く賭博行為が行われている場ということと、それに輪をかけて歌舞伎町の中にあるという特殊性が、様々な客が出入りするカオスな店であった。

それだからこそ、ワンダーランドという題名がそのまま物語の舞台になるほどの実に変わったパーソナリティを持った人間たちと出会える店でもあった。
しかも、変わった人間というレベルを超えて、ほとんど三文小説に登場する主人公の様に「そんなやつおらんやろ!」というレベルの変人や奇人たちばかりであった。

そんないかがわしい、信用ならない曲者ばかりの店に、ある日珍しく一人の颯爽とした清潔な若者が現れた。
最初現れた時から、丁寧な挨拶をして店に入って来た。
「こんにちは、初めまして、一人ですが、遊べますか?」
入口の扉の所に立ったままそのように喋っても店長が入り口に迎えに出るまでそこに立っていた。
身なりもこざっぱりとして、若者らしいスーツにネクタイをしている。
そして、緊張するでもない態度で、にこやかに笑みを浮かべている。
何しろイケメンだ。(当時は、イケメンという言葉は、使われてなくて普通に“いい男”だったが・・)

「ああ、どうぞどうぞ。 レートは、ピンのワンツー、どぼんなし、箱下あり、赤5が2枚ソウズとピンズ、ウラはネクストで一発ありです」
と、店長の熊は、手短にルールを説明した。
※1)レートは、ピンのワンツー:千点100円で1位と2位に“ウマ”というご祝儀の賞金がつくという意味
2)どぼんなし、箱下あり:持ち点が全部なくなってもゲームは進行する。点数は、マイナスで計算するという意味
3)赤5が2枚ソウズとピンズ:麻雀牌の5索子(そうず)と5筒子(ぴんず)に赤色が着色されていて、その色を含んだ手役であがると、ご祝儀として5百円が加算される。
4)ウラは、ネクスト:裏ドラと呼ばれる1翻増える牌は、表示された牌の次の数字の意味

「わかりました。お願いします」
「ちょうど、メンバーが入っていますから、すぐ入れます」
と、4人の卓に入っていたメンバーを席から立たせて、入れ替えた。

卓に入る時も、「森川と申します。あまり知らないので、ご迷惑をおかけしますのでよろしく教えてください。お願いいたします」と残りの3人に頭を下げた。
いつも入り浸っている、常連の3人の客は、全部サラリーマンだったが、彼らも最初から危険な匂いのしない人間だったので、快く森川を迎え入れて何事もなく、ゲームが始まった。

4荘(ゲームの回数4回 よんちゃんと呼ぶ)を終了するときに、「今日は、初めてですので、これくらいでおしまいにさせてください。楽しかったです。どうもありがとうございました」と負けた掛け金を払って席をたった。
そして、店長の熊にも「どうもありがとうございました。時々顔を出しますので、また遊ばせてください。よろしくお願いします」と、丁寧な挨拶をして、出て行った。
熊は、「今どきの若者にしては、礼儀正しい態度でしかもさわやかいい男だな」と、店に居た全員に聞こえるように大きな声を出して笑った。
いつも一癖も二癖もあるような遊び人ばかり相手にしているので、そういう感想がでるのだろうが、嫌味にもとれるので、店員も店にいた客たちも全員笑ってその場が和んだ。

それから森川は、ちょくちょく“ちょんぼ”に顔を出すようになった。
来るたびに、にこやかな挨拶をすることと、出入りする怪しげなその筋の人間たちにも誰にでも礼儀正しく挨拶をするので、店では評判がよく、欠員が出た卓からは、すぐにお呼びが掛かるほどであった。
中でも一番気に入ったのが、山ちゃんの組とつながりのある某テキヤ系組の若頭であった高頭だった。
高頭は、昭和の遺物かと言われるほどの、イカツイ顔をしている。
祭りや縁日などでテキヤの連中を仕切る時は、睨みが効くし、古株だから歌舞伎町の同業にもそれなりの扱いを受けるのだが、何しろ素人筋には、怖い人相だ。
当然、女性のいる飲み屋などに顔を出しても、身構えられるので、当人は少し気分が悪い。
それがたまたま、山ちゃんが誘った時に就いてきた森川をクラブに連れて行ったら、「好青年を連れてきたのね」と、好評で大いに株をあげたことを気に入っていた。

すると、それから事ある毎に高頭は、ちょんぼに顔を出しては、森川を探すようになった。
そして、森川と一緒に卓を囲むようになると、必ず「やっぱり人間は、顔だな。どうだ、森川ちゃんのこの礼儀正しい態度は・・・・、お前らのように下品な顔をしていない若者は、やることなすこと立派なんだよ。お前らも今度生まれてくる時は、まっとうな人間に生まれてきな。まあ、お前らの顔じゃ無理だろうけどな」と、いうことを言うようになった。
「そう言えば、若頭に似てますね。息子さんですか?」などと、チャチャ入れる人間もいたが、それも愛嬌の内と喜んでいた。

それや、これやで月日が流れたが、どうしたことか、森川が雀荘に顔を出さなくなった。
皆が、「最近森川さん顔を見ないね」などとうわさ話をしているある日、“ちょんぼ“に3人の私服刑事が入ってきた。
職業柄、警察関係の人間が店に入ってくることは、何時ものことだったが、険しい顔をして入って来たので、店長の熊も一瞬何事が起きたのかと顔を曇らせて出迎えたほどだった。
「この店にこの人間が出入りしているという情報があったので、調査に来ましたが、この人間に心当たりは、ありませんか?」
と、写真を出して、熊に尋ねた。
その写真には、森川が写っていた。

「ああ、森川さんね。良く来ていましたよ。最近ちょっと見えないけど・・・。この森川さんがどうかしたんですか?」
「ああ、これは、森川じゃなくて、森山というやつなんだが、今ある事件の被疑者として内定調査中でね・・・と、言っても間違いはないんだが・・・今度店に顔を出したら、即連絡くれますか。できれば、本人に気づかれずに連絡くれると助かりますがね」
と言って、名刺を置いて出て行った。
名刺には、警視庁新宿警察捜査三課の文字が入っていた。
捜査三課といえば、窃盗の類である。
店長の熊の所に集まって、名刺を覗きに来た店の常連客達は、口々に「え~、森川じゃなくて森山!、捜査三課!?・・・あいつ何者だ?」と騒ぎ始めた。

しかし、その真実は、翌日すぐに全部表に出ることとなった。
何と、朝刊に“病院の枕探し犯人逮捕・検査中の隙に入院患者の枕の下から現金などを抜き取り・余罪を含め前科多数犯”という見出しとともに、森川いや森山の素性も全部報道された。
それによると、森山は、大きな病院を花束を持って入院患者の見舞いと称して、病室を訪ね、午前中の検査で病室を離れて検査などに出ている隙に、枕やベッドの近くに保管されている財布などから現金を抜き取る窃盗を繰り返していたらしい。
大病院の大部屋では、入院患者も多く人の目があることから、まさか窃盗に合うことはないだろうと、現金などが無造作に置かれているケースが多いという。

そこに、若くて爽やかなイケメンがりっぱなスーツにネクタイをして、さらに花束を抱えて入ってきても誰もまさか窃盗犯だとは、思わない。
「検査から戻ってくるまで。待たせてもらいます」といって、留守になっているベッドの傍で待たれても、だれも怪しまない。
また、入院患者が戻ってきても「部屋を間違いました」とか、言って出て行っても誰も追いかけようとしない。
巧妙に悪賢く計算された窃盗犯罪だった。

「それにしても、あの森川がねえ・・・」
雀荘の客たちは、ひとしきりその話題で持ちきりだった。
そして、もう一人身近に被害者が居た。
若頭の高頭だった。
「イケメンに悪い奴は、いない。お前らも見習うんだな。まあ、お前らの顔では無理だけどな」と、豪語した上に、「息子さんですか?」とまで言われて有頂天になっていた、若頭の面子はぶち壊されたわけである。
それから高頭が、“ちょんぼ”に顔を出すことは、なかった。

蛇足
今でも、この話を思い出す時があるが、“人は見かけに寄らないもの“と、良く言われるが、あの森山だけは、爽やかで非の打ちどころがないぐらい優しいそして善良な人相をしていた。
それが、どうして病院の枕探しなどというケチな窃盗犯だったのか?
本当にわからない。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み