第2話 ペントハウスの団十郎 その2

文字数 3,330文字

海老原が、わんんだーらんど電気店を訪ねてきたのは、翌日のことだった。
夕方のまだ明るかった時刻だったので白沢は、ひとりで店番をしていた。

ドアが開いた瞬間、海老原が挨拶する間もなく
「お~!エビちゃん、まだ生きているのか。お前みたいなのは、とっととくたばっちまえよ」
と、白沢が声を掛けた。
「生きてますよ~。白沢さんとちがって善良な市民は、世の中が必要としているからそう簡単に死なないもんです」
「何が、善良な市民だ。今日は、何だ?金ならないぞ」
「また、すぐそれだから・・・とりあえず、これを」
「どうせまた菓子だろ。昨日の煎餅は、湿気ってたぞ」
「いやあ、そんなはずは無いと思うけど・・・」

海老原は、持ってきたビニール袋をカウンターテーブルの上に置くと事務所の中に入って来て、白沢の向かいの椅子に座った。
「ところで、今日は、何だ?金ならないぞ」
白沢が、入ってきた時と同じ言葉を云うと、海老原は、機先を制されたのが見え見えの《しゅん》と音が聞こえたように元気をなくした。

「何だ、やっぱり金の話か・・」
「いや、金の話は金の話なんですが、今度の話は、本物なんです。とにかく凄い話で、何といっても、話してくれたのが、あの松波さんなんで本物のもうけ話なんです」
「松波が儲けているのは、知っているがよ・・あの松波がエビちゃんみたいな者にもうけ話を話すかよ。信じられんな」
「いや、とにかく凄い話なんで、聞いてください」
それから海老原は、白沢の思いなど斟酌もかけずに一方的に口角に泡を飛ばしながら1時間以上も話し続けた。

松波が、海老原に話した儲け話というのは、海老原の趣味である競馬のことだった。
ギャンブルに必勝法などあるはずが無いというのは、ギャンブルをやる人間だけでなく、普通の人々でも常識として持っている当たり前のことである。
その当たり前の常識を覆す必勝法が競馬にはあり、それを見つけたというのが、今回のネタだ。

簡単にその必勝法を説明すると、そもそも競馬では、どの馬が一等になり、どの着順で一等から三等までが決まり、どれぐらいの配当になるかが決まっているという理論だった。
走る前から勝ち馬が決まっている?
誰がそれを決めているのか・・・・
それは、主催者である日本中央競馬会である。と海老原は、断言した。

Wikiより
日本中央競馬会(略称:JRA)は、競馬をとり行う団体として、農林水産大臣の監督を受け、日本国政府が資本金の全額を出資する特殊法人である。
監督する部局は、農林水産省生産局畜産競馬監督課であるから日本中央競馬会は農林水産省の外郭団体である。

この説を証明する数々の証拠がありますと、海老原は、続けた。
要約すると、次のようになる。

1)日本には、競馬の競走馬飼育場、馬主、厩舎、厩務員、騎手など競馬を生業としている職種が、数百とあり、そこに従事している人間たちは、数万人以上もいる。
その誰にも、これまで赤字で倒産した人が存在しない。
2)時には、絶対本命が勝つかと思えば、高額の万馬券が出る場合もある。
その不確実性がギャンブルだと言える。
だからこそ予測するのは、難しいと言われる。
しかし、1年を通じて全てのレースの配当金を平均すると2000円程度の配当金になり、しかもこの2000円という配当金は、何十年も変わらず一定である。
3)この2つの事実を確定して作り出せるためには、JRAのコンピュータを駆使してレースの賞金、出走する馬の選定、枠順、馬順を年間平均配当率に合わせる必要がある。

つまり、JRAのコンピュータに保存されていると同じ馬のデーターを自分のパソコンに持ってくることができたら、その禁断の領域にアクセスすることができる。
そして、極めつけは、同じようなプログラムで確率の高い予想をするのではなく、何とそのJRAのコンピュータの裏をかくとっておきの秘策があるという。

さすがのJRAの大型コンピュータとそこに蓄積されている膨大な馬のデーターと同じく膨大な開発費をかけて開発された勝ち馬予想プログラムと言えども、何しろ畜生が走るのだから時としてプログラムの予想を裏切って配当が乱れることがある。
それに競馬をやる側の人間たちが、天候やその時々のニュースなどで予想プログラムとは、かけ離れた投票券の買い方をする時がある。
そうすると、年間平均配当率を一定にすることができない。
それでは、競馬関係者の全ての人々が安定した生活は、できない。
それを一定にするために、JRAは、密かに自社買いを行っている。
それも一般の人に判らないように、締め切り5分前の短い時間に数千万円から時には、数億円の馬券をJRA自身が、買いを入れているということだ。

その証拠に、競馬場の電光掲示板を眺めていると、締め切り5分前にオッズがとんでもなく動くことがある。
特に中穴や大穴などの配当率の高いオッズが、締め切り5分前にとんでもなく動いて下がる時がある。
その時は、たいていの確率で下がった馬順で勝ち馬が決まる。
とてもじゃないけど、個人ギャンブラーが突っ込んで買える金額ではない。
それだけの資金を一度に突っ込めるのは、外ならぬJRAだけだ。

その裏をかくためには、締め切り5分前にオッズを表示している電光掲示板の前に一人の見張り番を置いておいて、オッズが変な動きをした時に無線で知らせ、その連絡を受けた人間は、動いたオッズの馬券だけを大量に購入する。
こうすれば、JRAと同じ予想プログラムの予想と同じ確率で勝てるという理論だ。

その為には、自分ひとりではできないので人間を雇う金と投資する金が必要だ。
その金を貸してほしいというのが海老原の頼みだった。

実は、海老原は、裏の世界での白沢の素性を知っている。
麻雀でも伝説の雀士であるが、競輪の予想では神がかりの予想で高額配当を当てるギャンブラーでもあった。
その白沢が、最近その筋の組の代打ちとして競輪で数百万円の配当を当てたことを情報として得ていたのである。

話を聞いた白沢は、(ははあ・・この野郎、俺が最近競輪で勝ったことを聞いて来やがったな。まあ、今なら少しぐらい海老原の与太話に乗ってやれる金があるから遊んでみるか)と、思った。
天才的なギャンブラーである白沢もこの時ばかりは、相手が海老原だったので少し気が緩んだのである。

白沢は、200万円ほどを海老原に用立てた。
そして、何と“絶対は、無い”と言われるギャンブルの世界で、海老原の目論見は、成功するのである。

数か月後、金回りの良い、喜色満面の海老原が、誕生していた。
廃棄物で組み上げたペントハウスは、プレハブではあったが、ちゃんと玄関も、そしてなんと応接間まであるそれなりの住宅に建て替えられていた。
そして、墨文字で、海老原団十郎の表札が掛けられていた。

しかし、いつまでも自分から木の根っこに飛び込んで頭を打ってしまうウサギなど存在しないことなどこの世の定理である。
おかしな馬券買いをする人間が居て、締め切り間際の特定のオッズを狙って購入する人間が居ることをJRAが気付いてしまう。
そして、本当に自社買いがあったかどうかは、今となっては不明であるが、どうやらJRAのコンピュータのプログラムを変更したようである。

ある時から、海老原の締め切り前オッズ狙いの馬券がまったくヒットしなくなっていた。
投資金の回収が思うように行かなくなった海老原は、資金繰りに窮するようになって、途中まで良いパトロンを務めていた白沢への返済も滞るようになっていた。

そしてある夜取り立てに清水マンションの屋上まで行った白沢と橋下の二人は、電気を消して静かに息をひそめている海老原の居るペントハウスをバールで全部取り壊してしまうのである。
風通しが良くなって夜空が見えるようになった奥の部屋から出てきた海老原は、
「ああ~、また一からやり直しか・・・清水の婆さんにことわってくるか~」
と二人に聞こえるようにつぶやくと菓子の入ったビニール袋を持って降りて行った。

End
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