第19話 組の山ちゃん  その1

文字数 2,185文字

山ちゃんは、歌舞伎町の旧い歴史のあるその筋のいわゆる“組”の人間だ。
だけど、喫茶店のマスターも雀荘の店長もその客たちも全員「山ちゃん」としか呼ばない。
しかも親しみを込めて。
組の兄貴たちも使い走りの若い連中もみんな「山ちゃん」と呼ぶのだから、しょうがない。
唯一、組の親分と頭(かしら)だけは、「やま!」と、“ちゃん”付けせずに呼ぶ。

そもそも、人相風体を見て、組の人間だと気づく人がいない。
身長は、160Cmより低い。
丸顔で、ほっぺたと唇が女の子みたいに赤くかわいい。
小柄で、頭を剃髪しているので、一見「うん?・・・とっちゃん坊や?」と、思ってしまう。
いつもニコニコと笑っているので、童顔が余計に子供みたいに見える。
本人は、職業が職業なので、それなりの貫録を見せようとダブルのスーツを着ているのだが、それが一層子供が七五三のお宮参りにでも行くときの服装みたいに見えて、むしろ貫録を台無しにしている。
さらに追い打ちをかけるように、しゃべり方が甲高い早口で、しかもどこの出身だかは明かさないから判らないが、少し地方の言葉のような訛りがあるしゃべり方をする。

人相風体の全てが、その筋の職業の人だとは、思えないので、「山ちゃん」という呼び名が似合っている。
山ちゃんの人柄を表すエピソードで最高に面白いのは、酒を一滴も飲めないという体質だ。
何と、組に入れてもらう時の一番の晴れの儀式である親分からの盃を貰うときに水杯(みずさかずき)にしてもらったという。
そして、それを居酒屋なんかに行ったときに、必ず自分の口から酒を断る時に喋べってしまう。

組は、元々テキヤの系統からきている平和な部類の由緒ある組だった。
しかし、多数の組織が乱立している歌舞伎町という土地柄、ましてや某関西系の最大組織が、関東に拠点を築くようになった頃から混沌とした組の間の集合離散が相次いだためにすっかり様変わりをしてしまっていた。
山ちゃんの組も現在では、武闘派と呼ばれる組の下に位置付けられていて、シノギもゲーム賭博店の経営のような少しダークなものも手掛けている。

山ちゃん自身の仕事は、組の縄張りの中を、揉め事などが無いかどうかを見て回るという平和な仕事だ。
純粋な組の人間なのに一応堅気の白沢の傍にくっついて居ることが多く、知らない人は、白沢が組の頭かと思ってしまう程だ。

この物語を書いている丸川も雀荘で白沢と一緒にいるところで知り合い、酒は飲めないのでコーヒーをよく飲みに喫茶店に行った。
それが縁で頭を紹介してもらい、カタギでは、絶対に立ち入れない歌舞伎町のダークなシーンを見たり聞いたりできる機会に巡り合えた。
そんな山ちゃんとの付き合いも数年を過ぎたころ、昼日中電話で歌舞伎町に呼び出された。
「丸川さん。ちょっと頼みごとがあるんだけど、トップまで来てくんない?」
※トップ 西武新宿駅の傍にあった、喫茶店 ネルドリップのコーヒーは最高
だったが、今は、無い
仕事中だったが、山ちゃんの頼みなら出かけなくてはならない。
先月の誕生日には、頭から誕生日のプレゼントとして、仕立て屋を呼んで採寸してもらい、シルクのYシャツを貰ったばかりだった。

喫茶店に行くと、待っていた山ちゃんが、すぐに「丸川さん、ちょっと俺のアパートまで一緒に来てくんねえか?」と、言った。
「山ちゃんのアパート? いいよ。だけど何しに?」
「うん、来れば、わかる。たいしたことじゃない。迷惑は、かけないよ」
山ちゃんは、大きなマジソンスクエアーガーデンのスポーツバッグを抱えて出てきた。
まあ、山ちゃんだったら迷惑は、掛けないだろう。
そう思って就いて行った。
アパートは、明治通りを超えて、戸山団地の近くにあった。

小さな部屋だったが、ほとんど生活用品が無く、がらんとしていた。
しかし、若い女性の下着が、部屋の窓の外に洗濯して干してあったので、女性と同棲しているのは、見て取れた。

部屋に着くなり、山ちゃんはバッグを畳に放り出して、「これ見てよ」とジッパーを開けた。
バッグの中には、札束が無造作に放り込まれていた。
「金?! どうしたのこれは」
「6000万円ある。俺、これからこれを持ってトンズラするからさ」
「トンズラ?逃げるってことか・・・・どこへ逃げるの・・この金は・・・」
「これは、組の金。今日、上納の日で銀行から卸して来いと言われて卸してきたんだけど、欲しくなってよ。このまま持って逃げるのさ」
6000万円もの組の金を持って逃げたら、最悪どういう結末になるのか、誰でもすぐに想像できる。
「大丈夫、作戦は、できている。だけど、自分でできない始末が2つあるんで、それを丸川さんに頼みたいのよ」
「俺にやってもらいたい頼みって、何よ。怖いことならかんべんしてよ」
「一つは、・・・・・・・」と言いながら、山ちゃんは、押入れを開けた。
そして、上の段の足をかけて上がると、畳んである布団の上に登り、天井の天袋を開けた。

大きな箱を重たそうに2箱抱えて降りてきた山ちゃんを見て、「まさかそこにも、金が入っているとか言わないでよ」と、半ば冗談めかして言ったが、箱から出てきたのは、現金よりさらに怖いものだった。

「これは・・・・・」
「そうだよ、チャカだよ。オートマもある。さらに・・・・・」
「手りゅう弾?」思わず大きな叫び声を出しそうになった自分の声を押し殺すのがやっとだった。
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