第1-2話 理科準備室

文字数 1,600文字

 中へ一歩踏み込むと、僅かに薬品らしき理科準備室特有の匂いがした。
 その薬品をしまっている棚が狭い部屋をさらに狭くしているが、和技の目にとまったのは、部屋奥にいる人体模型だった。

「やあ、おはよう」

 半分皮膚残り半分が内蔵と骨になっている人体模型が椅子に座り、缶コーヒー片手に机にあるノートパソコンを操作していた。

「……」

 まるで人が授業前の準備を進める教師のように、それを人体模型がやっているのだ。

『これは完全にバグだな』

 この世界にはありえない事が起きてしまう。それを修復するのが『特別な人達』である和技の仕事であった。

『バグを知らない『普通の人達』が来ないうちに、ちゃっちゃと済ませよう』

 まず和技はスマホウォッチをタップし操作する。

「おはようございます。昨日の授業で聞きたい事があるんですが」

 和技は人体模型を先生のように話しかけながら、近づく。操作を終えたスマホウォッチ画面を近づけて。

「ほう、朝から熱心なのは感心だが…君はどこのクラスだっ……」

 スマホウォッチ画面に触れた人体模型は、動きを止めた。

「おっと」

 動きをやめた人体模型が手にしていた缶コーヒーが落ちるのを阻止してから、和技は人体模型の背中にぴったりと付けたスマートウォッチの画面を離した。
 数秒とたたないうちに人体模型の背中には『修復ポイント確認中』の赤い文字が浮かび上がる。
 スマートウォッチにも反転した同じ文字が表示されている所からして、電子の力でハンコを押したのだろう。本来の電子ハンコとはかなり違うが。

「あとはあっちの機械が勝手に処理してくれるから、これにて修復完了。
 帯論さん、修復したよ…?」

 ハンコ機能を終了させて腕時計に話しかけるが、さっきみたいに おっさん声の返答はなかった。

「あれ? ミュート解除したのに……!」

 和技はスマートウォッチの画面に文字が表示されている。

『和技、今すぐ隣の理科室にいる人を捕まえろ』

 この様子を誰かに見られていた事に気づいた和技は、慌てて理科室をつなぐドアを開けた。

「……」

 開けた途端、理科室を脱出しようとする女子生徒のセーラー服が見えた。

「待って」

 和技の制止する声に従う事なく理科室の引き戸を開け駆け出していく。

『あーあああ、どうするんだよ、見られた上にバラされたら、お終いなんざぞ』

 ミュート状態を解除したので、同僚が事態の深刻さを口にする。

『捕まえりゃあ、いいだろ。ほら、おっさん、先回りするから、移動処理よろしく』



「あれは一体、何だったんだろう…」

 後方からの追っ手がいない事を確認した女子生徒は走るのをやめた。
 昇降口を通り過ぎ、階段に向かう廊下に入ると複数の生徒が目に入り、安堵した女子生徒は他の生徒にまざり教室に向かう。

『昨日の授業で忘れ物したから、準備室にいる先生に聞こうとしたら…人体模型が座ってて……先生のイタズラかなと思ったけれども…。とりあえず理科室に行って、忘れ物を取ってから、人体模型をもう一回、見てみようとしたら…あの子が来て…』

 女子生徒は階段を上り踊り場で振り返ったが、謎の少年は見当たらない。

「早く、七流とちーちゃんと合流しよう、そしたら…」

 階上を見上げた女子生徒は階段を下りてくる謎の少年に凍り付いた。

「ど、どうして上から? そもそも理科室から迂回できない」
「飛んできたのさ、まあ跳んでの方が当たってるのかな」

 少年こと和技はスマートウォッチの画面に表示された文字を確認してから、女子生徒に状況を告げる。

「踊り場を貸し切りにさせてもらったよ。誰も来ることなければ話を聞かれることもないからね」

 女子生徒は無音に気づいた。朝の校舎は走る音や大小様々な声が踊り場にいても届くはずなのに、何も聞こえないのだ。

「え、何?何で? 貸し切りなの? 何で誰もいないの? 」
「簡単に答えるならば俺が『特別な人達』だからさ」

 和技は あっさりと白状した。

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