第9-3話 モンスターの中

文字数 1,823文字

 視界いっぱいに茶色い紐のような物が、うねうねと和技(わぎ)に向かってきた。

「はぁぁ、これが女の子の感触なのか。なんて柔らかい」

 先端部分が和技の全身を軽く覆い、それら全てがくねくねと動く。

「ちょっ、くすぐったい。操作ができない」

 ソフトタッチしてくる紐状のものをどかし、スマートウォッチを操作しようとするが、思うように操作できない。
 和技のスマートウォッチは修復士としての色々な機能が入っており、通信障害時に切り抜ける方法を見習い期間中に教わっていた。



「いいか、和技。クラスZ(犯罪者)の手口は年々巧妙化している」

 未来の先輩であり、先生でもあった帯論(たいろん)は黒板サイズのウィンドウを開き、チョークの3D映像をわざわざ出現させ『あなどってはいけないクラスZの手口とその対策』と書いた。

「最近では通信障害を管理システムに気づかれない状態で起こすのも朝飯前だ。だが、通信が途絶えても、修復士側が何もできないけではない。
 まず、通信障害が起きた時のマニュアルがある。
 基本、修復作業中はツーマンセル(二人一組)で動くから、現実世界にいる一人がシステム管理に報告、架空世界にいる方は、通信障害が戻るまで待機するか、離脱する」
「通信障害なのにできるの?」
「スマホ、和技の場合はスマートウォッチの電源を落とすか、操作できないレベルに壊せば、こっちの世界にあるダイビング用のベッドに通信が途切れる。そうなればベッドは緊急モードに切り替わり、使用者を目覚めさせてくれる。まあ、緊急離脱というやつだな」
「この前、架空世界で帯論さんが酔っ払ってスマホを道路に落としたら、トラックが通過して大破壊。始末書を書く羽目になったやつだね。取り扱いには気をつけないと」
「んなもの、いつまで覚えているんだよ。
 あと、機内モードに切り替えな。俺らから見れば通信障害モードになるが」


「…はぁ、ぁ…」

 記憶はまだ続くのだが、モップモンスターが密着する紐状の物の動きと、呼吸が荒くなってきた

「早く機内モードに切り替え…って、どこ触っているんだよ」

 殴ろうとするが、腕や全身に絡みつく力がさっきより強くなり反撃になるダメージは与えられなかった。

「はぁ…プログラムのくせに…こんな…な、体をして…」
「まずいな…」

 ここが架空世界なのと、性別が違うので、こんな場面で女性なら持つであろう恐怖はないが、少しずつ荒くなるモップモンスターの呼吸音に不安と焦りが高まる。

「本当の世界にサインサがいるから、通信障害を帯論さんに報告してくれる。通信が回復するまで切り抜けるしかない…
 ここも含めて」

 和技は、さっきよりも強い力を入れて上半身周辺の紐状のを何とかどかして、何度も中断した機内モードをオンにしようと人差し指を向ける。

 だがそれよりも早く、押しのけた紐状の物が戻ってきた。

「あと、少しなのに…」


 再び全身をくすぐられる感触と、それ以上の感触、普段、人に触れられる事のない域にまで紐状の物が到達してきた。

「!」
「…んはぁ、やわらかい所…おにいさん、見つけちゃった」

 モップモンスターは、紐状の体の一本を和技の柔らかい…唇に触れ、さらに中に入ろうとする。
 悲鳴があがった。

「ぎゃあ、痛い痛い痛い」

 モップモンスターはあまりの痛さに和議から離れた。急いで痛みが発生する紐状の物体の1本を目の近くに移動させると、先端がちぎれている。

「うぇ、紐だとおもったら、変に柔らかい」

 和技はモップモンスターの一部を地面に放り投げる。口の中に入ってきたのを噛みちぎったようだ。

「機内モードをオン。それから」
「おのれ、プログラムの分際で…」

 怒りくるったモップモンスターは、再び和技に紐状の物を今度は息ができないほど強く絡みつく…はずだった。

「へ?」

 和技に触れる前にぼとりと地面に落ちた。
 それどころか、切られた一本が茶色から緑色の英数字に変わる。
 今、架空世界にいるのだから、それはプログラムで、自分の体に不具合が発生したと気づいた時、和技の2撃目が振り下ろされていた。

 和議が振り下ろした武器、小さなナイフの周りから英数字に変わる。それが刃に吸収されるかのように一文字ずつ消えていく。
 プログラムは1文、1単語、1文字でも間違えば、プログラムとして成り立たない。バグとなり不具合が発生するか、そのものが形成できなくなる。
 プログラムを消されていくモップモンスターが架空世界から消えていくのに、多くの時間を必要としなかった。

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