第6-3話 正しい浮遊能力

文字数 2,147文字

「まさか、例え話が本当になるなんてね」

 和技(わぎ)は高層ビルを見上げたが、ど真ん中の外壁に発生したバグは、地上から確認できない。

『で、どうするんだ和技? スパイ映画みたいに建物内部に入って内側から攻略するか?』

 辺りに人の気配はないので、脳内に届く同僚の声を声を出して返答する。

「まさか、夜で真っ暗なんだし『浮遊』と『半透明化』の2つ使って外から行くよ。
 明日、小テストあるから、さっさと済ませたい。というわけで申請よろしく」

 架空世界なのでシステム上、体の濃淡を変えられるのは可能だが、悪用されると大変な事になるので、管理する所に申請しなければならない。しかも完全に消える事はできなかったが、この時間なら万が一目撃されても怪奇現象になってくれる。

「申請が通ったから、作業を開始してくれ。もちろん、周囲の安全、人がいないのを確認してくれ」
「わかっているよ」

 和技はスマートウォッチを操作して、ふわりと体を浮かせる。
 数センチで喜ぶ妹の顔を思い出し少し複雑な気分になるが、見えないエレベーターを乗っているように上昇を続けた。

「結局、ジィズマイは何がやりたかったんだろうね」

 上昇スピードは安全上の理由で遅く、目的地に向かう間、今回の騒動を口にした。

「SNSをしらみつぶしに見て回ったんだけれども、どれも俺らが得たものか、髪が劇的に伸びたとか、視力が良くなったとか、足がちょっとだけ速くなったぐらいで、どれも『特別な力』と言えないものばかりだったよ」
『僅かな外見変えや運動機能の数値変換は、警察の目を逃れるための対策だろう。
 ただ、変化する恐れがある。数センチ浮いていた七流ちゃんが、一週間後には空を飛んでたなんてありえないとは言い切れない』
「チェックを怠らないようにするよ」

 上昇はぴたりと止まる。高層ビルの外壁に、浮遊する力がない限り不可能な落書きを確認すると、スマートウォッチを操作し電子ハンコを起動させる。

「修復ポイントの作動を確認」
「了解。周囲の安全と人の有無を確認して下降を始めてくれ」

 返答した和技は下降しながら、帰宅後の行動を考える。

『ここから家まで距離があるから、瞬間移動で戻ろうか………何か面倒だな。このまま本当の世界(あっち)に帰る…それか、大人の姿に変えてファミレスで勉強しようかな……修復士の作業をしていたから、帯論(たいろん)さんに申請すれば違反にはならないけれども…あの、おっさんの事だから『頭脳明細(自称)な帯論さんが教えてやろう』とか言ってついてくるかも…ってまだ、謹慎期間ないだから大丈夫か』

 地面に着地した和技は『特別な人達』の少しばかりの特権を利用しようと口を開こうとした時だった。

「おい」

 背筋が凍りついた。
 特権を利用しようとした負い目もあるが、何よりも浮遊能力後の呼び止めは、目撃された事になる。

「…」

 振り返った和技は、さらに混乱した。

「み、ぬいさん? どうして、と言うより、その格好は?」

 クラスメートの姉で『特別狩り』の未縫依(みぬい)が立っていたが、その足は裸足でピンク色のパジャマ姿だった。
 未縫依は少し怯えた表情で辺りをキョロキョロする。

「分からない。お風呂に入って、また『特別な人達』の特別な力を撮りたいと思いながら廊下を歩いてただけなのに…なぜか、ここにいた」
『おいおいおいおい、どうなってるんだ? 』
『こっちが聞きたいよ』
「ここはどこだ? 何で私は外にいるんだ?」

 居合わせた者達は混乱を口にしたが、一番早く冷静になったのは人生経験の長い帯論だった。
 帯論は和技に対処方を指示する。

『原因を考えるのは後だ、まずは未縫依ちゃんを穏便に家に連れて行くのが最優先になる。
 和技、方法は分かっているだろうな…』
『あ、あぁ…』

 和技は、深呼吸して未縫依に話しかける。

「えーと、未縫依さん。これは夢です。ほら、現実ではありえない事が起きるのは夢だから…」
「え、夢? ……そうか、夢か。そうだ、こんな事は夢に違いない」
「俺、戻る方法を知ってます…なので…あの、少しの間だけ、目を閉じててくれませんか?」
「戻る方法を知っているんだな。わかった、目を閉じよう」

 夢と信じてくれた未縫依は素直に目を閉じ、和技はもう一度、深呼吸して彼女に近づく。

「……」

 帯論から出た指示は未縫依の強制終了。未縫依の一部分に口を触れなければならない。
 見知らぬAIの女子中学生と違い今度は顔見知り。至近距離に近づくにつれて鼓動も早くなる。

『どこに触れる? パジャマの上着の端…帯論さん服も大丈夫だよね?』
『可能だが、未縫依ちゃんがインナー着てなければ、生肌見えるな。あ、寝る前なら、もしかしてノーブラかも』
『! って、そんなにめくらないし』

 和技の反応を帯論は楽しそうに観察したが、助け舟も出してくれた。

『髪にしておけ、未縫依ちゃんのは肩甲骨(背中)辺りにだから、もう少し近づいて』
「…」

 和技はさらに接近し、恐る恐る手を伸ばす。気づかれないように耳下のクセ毛を軽く掴み口元にもっていく。

『U49580-和技が…って、強制終了する時、正式には唱えないといけないんだけれども…未縫依さんの番号知らない…帯論さんに聞いている暇も……』
「まだ、戻れないのか?」

 未縫依は目を開き、気配のする方向に顔を向けた。

「あ…」

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