ナナシのネガティブな通学電車

文字数 2,154文字

クソッ……

なんでこんな朝早くから

出掛けなくてはならないのだ……

早朝、駅のホームで電車を待つナナシは思わずそう呟いた。

これではまるで、運動部の朝練で

めっちゃ早く登校しなければならない生徒のようではないか……

先日、成り行きでナナミが隣町に住んでいることを知ったナナシ。


朝、通学の電車で鉢合わせすることを怖れ


あれ以来電車に乗る時間を一時間以上早くして、毎朝早起きすることを強いられているのだった。

――隣町に住んでいるということは


あの女もこの駅から電車に乗っているということ……

あの女が毎朝教室に現れるのは

いつも午前八時を少し過ぎた頃……

だいたいその一時間前までを

あの女の通学時間帯だと想定すると


七時台の電車に乗っているのは非常に危険


俺があの女に絶対遭遇しない時間帯は、さらにその一時間前の六時台だということになるだろう

迂闊だった……

まさかこんな俺に

高校で親しい人間が出来るとは


夢にも思ってもいなかったからな……


住所バレのことなど全く考えていなかった

…………。

――考えてもみろ……

もし万一あの女に家を知られてしまったとして……

俺が何も知らずに学校から帰ってきたら


あの女が勝手に家に上がり込んでご飯を食っているとか……

ナナシくんのお母さんが作った料理、美味しいねぇ
――ニチャァと悪そうな顔で笑いながら、そんなことを言われたら


俺はいったいどうずればいいんだ?


さらにエスカレートして……

勝手に家の合鍵をつくって


親がいない時とかに

図々しく勝手に家に入り込むようになって


勝手に家の冷蔵庫を開けて

飲み物を飲んだり、

中にある物を食い散らかしたり……

さらには彼氏などが出来たら


彼氏を他人(ひと)の家に連れ込んで

ラブホテルの代わりに使ったり……

俺が何も知らずに家に帰ってきたら


ナナミと彼氏の情事を目撃してしまうとか……


そんな状況に出くわしたら

俺はいったいどうずればいいんだ

いや待て


それは俺のような女性の裸体に一生縁がなさそうな人間が、


彼氏とまぐわっている美少女の全裸を見られて


むしろラッキーということなのか?


リアルAVかっ!?


それもまたラッキースケベの一種なのか?


俺のような人間にとってのラッキースケベとはそういう(たぐい)のものなのか?

いやそれよりもむしろ


他人の猥褻行為を覗いたということで


覗きという犯罪扱いされて捕まるのではないだろうな?

自分の家で覗きで捕まる、だと?

自分の家に帰って来ただけなのに

覗き魔として捕まる


なんという不条理、なんという理不尽

他人の家に勝手に押し掛けて来て

彼氏との性行為を見せつけて


覗き魔と称して通報して逮捕させる……

おそろしい……


なんという卑劣で斬新なトラップ

仕組まれた罠

なんということだっ!!


それでは俺は性犯罪者ということになってしまうではないか

あれだけの美少女だ


すぐに彼氏が出来るというのも間違いない


おそらく今も言い寄る男は

掃いて捨てる程いるだろう


いやもう既に彼氏がいるという前提で考えたほうがいい

つまり家を知られたが最後、

すぐにでもラブホ代わりにされてしまうということかっ!

通報や逮捕まではなかったにしてもだ……

ちょっとこれから彼氏とエッチなことするから


終わるまで外で待っててくれない? 

――そんなことを言われて、

自分の家であるにも関わらず追い出されて


何時間も寒空の下を徘徊することになって


「ちょっとじゃねえじゃねえかっ!」と思わず叫んでしまったり

家の玄関の前で丸まって座り込んで


何時間も地面のアリさんと戯れたり、お話しすることになったりすることになるわけかっ!

そしてしまいには


乱れ髪に頬を紅潮させ

息を弾ませたあの女が顔を出して

ちょっとゴム切らせちゃったから

薬局で買って来てくれない?

――そんなことまで言い出して、


二人の明るい家庭計画のために

使いっぱしりをやらされるパターンのやつだなっ!!

クッソ、なんということだ……

少し考えただけでも

これだけ恐ろしい未来が待構えているのだ……


やはり何としてでも

家バレだけでは阻止しなくてはならんな……

電車に乗ってもなお、ナナシの被害妄想はとどまることを知らない。

――俺としてもだ……


あの女がそこまで図々しいビッチだとは思いたくはない


ちょっと天然が入った心優しいビッチであって欲しいという気持ちはある

だが、まだ出会ってから日も浅いとうのに、俺があの女の何を知っているというのだ


表面のうっすいうっすい部分を

チラッと目にした程度に過ぎないではないか


あんな可愛らしい顔をした仮面の下で、牙を剥き出しにしているのかもしれないのだぞ?

そもそも人間が完全に他者を知り

理解し、分かり合う


そんなことなどあるはずがないのだ……


理想論に過ぎないのだっ!


相手のすべてを知ることは出来ないし、すべてを分かってもうらことは出来ないのだ……

…………。

――いや、よく考えたら

そんな大業な理想論を語る前に


他人とごく普通のコミュニケーションですら、まともに出来ていないではないかっ!俺は!

伝えたいことの五パーセントも

ちゃんと誰かに伝えられているのか? コミュニケーションが取れているのか?


それすらも怪しい立場なのだぞ、俺は


そんな人類の革新のような壮大なテーマについて悩んでいる場合ではないのだ

コンビニで買い物するだけの

たった一言、二言だけでも


意思疎通が図れない

勘違いだらけのレベルなのだからな……

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