ナナシと丸かぶり

文字数 1,789文字

――着実に自己紹介の順番は進み


自分の番まで後少しというところまで来ている……

ここまで築き上げられた(しかばね)の山


みなには悪いが、ここまでの失敗を参考にして


俺のシミレーションは完璧に出来ている

内容はこうだ……


「はじめまして、

学籍番号『13-2-774』です。

 

学籍番号の末尾三桁が『774』なので


『ナナシ』と呼んでください。


この学校に入学するのを楽しみにしていました。


これから三年間、みなさんと一緒に楽しく過ごせていけたらと思います。


これからどうぞよろしくお願いします。」

これはもう、俺が優勝で間違いないだろう

個人情報の欠片も感じさせない内容


呼び名についてはちゃんと根拠を提示している


失笑や嘲笑の対象にもならず、自虐でもない

唯一の欠点と言えるのは


内容が浅過ぎて、薄っぺら過ぎて


おそらく誰の記憶にも

残らないだろうということぐらいか


まぁ、みな聞いた瞬間に忘れるだろう

だがそれでいい……


まだ慌てる時間じゃあない


スタートダッシュで悪目立ちして

最悪の高校デビューなどになっては


今後三年間がただの苦行になってしまう

あとは噛まないように喋るだけだ……


――前の席に座っている女子が立ち上がった


ようやくこの後、自分の番がやって来る

ほう、中々可愛い、美少女ではないか


今まで背中しか見えていなかったので気づかなかったが

サラサラな黒髪、

パチクリした大きな目、

いかにも明るく清楚なお嬢様という感じがする

はじめまして、

学籍番号『13-2-773』です。


学籍番号の末尾三桁が『773』なので、

『ナナミ』と呼んでください。

――ナナミ、だと!?

迂闊(うかつ)だった……


番号順に並んでいるなら

当然俺の前は『773』


そして前の席が女子であれば

語呂がいい『ナナミ』を使うことは頭に入れておかねばならなかった


警戒して牽制しておくべきだったか……

いや、だかまあ仕方ない


これは語呂がいい番号を

与えられた者同士による

不慮の事故のようなものだ

俺とこの美少女のみに許された

仲間意識ということで

ポジティブに捉えるべきであろう

「私、この学校に入学するのを

すごく楽しみにしてました。


昨日の夜も緊張しちゃって

今日はちょっと寝不足です。」

――美少女の明るい笑い声につられてクスクス笑いが起き、みなの顔がにやけている


さすがは美少女だ


存在だけで大正義過ぎる

「これから三年間、

みなさんと一緒に

仲良くしていけたらいいなと思ってます。


みなさんどうぞよろしくお願いします。」

―― …………

……丸かぶり……だと!?


クソッ、この女

なんてとんでもないことを!

しかも確実に自分より喋りが上手い


この後に全く同じことを言ったところで


単なる超絶劣化版と思われるだけ


下手をするとパクリ疑惑まで浮上する

というか美少女というだけで

もはやこの女の大正義感が半端ない

この後の番である自分への注目も

否が応でも高まっているだろう

どうする? 

アドリブで行くべきか?


いやそれではシドロモドロで滑り倒した『紅』や『ちゃんこ』の二の舞になってしまうではないか……

もうこの土壇場でのプラン変更は出来ない……


既にクラスは拍手の段階に入っている……

瞬間的に頭を高速回転させた挙句、

無事に超絶劣化版を披露したナナシ、

やはり頭の回転が早いだけで機転は全く利がない。


美少女ナナミの時とは明らかに質の違う、乾いた笑いが微かに起こり、枯れたパラパラ拍手でナナシの出番は終わった。


抜け殻と化したナナシ、

口からは魂が抜けかけている。

運命とは残酷なものだな……

俺はこの学園の

自己紹介という戦場で

華々しく散ったということか……

これは予め仕組まれていた壮大な罠……

俺が美少女の後ろの席に座った瞬間に


もう既に勝敗は決まっていたのだ……


俺はただ独り相撲を取っていただけ


道化を演じて踊っていただけ


とんだお笑い草というやつだ

圧倒的陰キャ男子が

圧倒的陽キャ美少女と同じことをやって


大敗するのは至極当然、自明の理

事前に決めてあった自己紹介をしても地獄


プランを変更して滑り倒しても地獄


どちらを選んだとしても

俺を待ち受けているのは

地獄だけだったという訳か……

俺の高校生活はここで終わりか?


このまま終わってしまうのか?

そして、この後ナナシは


「ナナシって某巨大掲示板の

ちゃんねらーみたいじゃね」

と田中公平が言い出して


しばらくの間『ねらー』と呼ばれることになる。


田中公平にまで一矢報いられて、追い打ちをかけられてしまうナナシであった。

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