ナナシとDVな母親

文字数 1,236文字

ガチャ、ガチャ
家のドアが開く音がする。

――今度は母親で間違いなだろう


もう家にいないのは

母親しかいないのだから

ドタドタと走るように

玄関に掛け付ける父親の足音が……

ただいまぁ~

お、お前、

まさか、う、うわき……

バキッ!!

――上ずる父の声のあとに、

母に殴打されたのであろう音

そ、その体にじっくり……
バキッ!!
――再び殴られたと思われる打撃音か……

ちゃんとそっちも

言おうとするんだな


夫婦じゃなかったら

絶対に訴えられるやつ

ちょっと、酷くな~い?

人が遅くまで仕事して

疲れて帰って来たって言うのにっ

――確かに、遅くまで仕事をして

疲れて帰って来たというのに


浮気していたのではないか?

などと疑われたりしようものなら


それこそ普通の夫婦であれば

いつかは離婚につながりそうなものだな……

だが、そこは兄貴にソックリな性格の豪放落雷な母親だ……


まるで、家に帰って来たら

留守番をしていた大型犬が

じゃれついて来たぐらいにしか思っていない……

殴られた頬をさすりながら

まだブツブツ言っている父。

――まぁまぁ、

ガッツリ殴られてるな

なぜだっ……

なぜなのだっ……

――もしや殴られたことに

納得がいっていないのか?


どう考えても

親父に問題があると思うのだが……

こちらから不満が出るとは……


これはまさか、離婚の危機!?

これが原因でいずれは離婚!?

なぜ、妻に殴られると

こんなにもゾクゾク

ドキドキしてしまうのだっ!?

――そっちかい!!

これではまるで

妻に殴られて喜んでいる

変態夫のようではないかっ!?

――おっ、おう

ま、まさか、

この妻からのDVのような仕打ちに


それでもなお妻を愛していると言える自分に、俺は酔っているとでもいうのかっ!?

――よくいい年して

そんな恥ずかしいこと

平気で言えるな

それとも、それともだっ
本当にただのドMだとでも言うのかっ!?
クソッ、なんてことだっ!

こんな年になるまで

自分の性癖に気づかなかったなんてっ!!

――それ一番聞きたくない

カミングアウトだわ

父親がドMとか

この先どう接していいか分からんし


反抗しても喜びそうだし

口汚く罵ったらご褒美とか思われるのか?

家族の内面でSMプレイとか


いくらなんでも

ちょっとハードル高過ぎるだろっ!?

被害妄想系ネガティブが二人も揃うと、

もう意味不明にも程がある。


ただ、ナナシが父親の遺伝子を受け継いでいるというのはハッキリ分かる。


むしろDNA鑑定よりも

間違いなく正確であろう。

あら、

あんたまだ起きてたの?

リビングに居るナナシに気づいて、

声を掛けて来た母親。

――ここは全身全霊で


『夢中になってテレビを観ていたので、今までのことはまったく気づかなかった』


というフリをしなくては

さすがにこんな夫婦の恥部を

息子に見られていたというのは

嫌だろう、きっと


この二人のことだから

気にしない可能性すらあるが

いや、むしろ俺が全身全霊で

記憶から消し去りたいぐらいなんだが

……あ、あぁ、おかえり、


テレビに夢中でまったく気づかなかった……


帰ってたんだ……。

ふぅん

ナナシも少し大人になったということなのだろう。

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