文字数 7,262文字


 私は猫が嫌いだ。
 野良猫を見かけるだけで石をぶつけたくなるし、猫を飼っている人など問題外で、話に聞くだけで人格を疑いたくなるほどだ。
 全世界の猫に対して、私は宣戦を布告することにした。一生をかけ、一匹でも多くこの世から消し去ってやるのだ。
 店へ行き、まず猫イラズを買ってきた。
 本来はネズミを退治するための毒薬で、何に使うという目的があったわけではないが、そのネーミングのあまりのすばらしさに、思わず手を伸ばさずにはいられなかったのだ。
 まったく猫など、この惑星に存在する必要のない生物だと思う。
 以前、私の家では犬を飼っていた。
 よくなついた柴犬で、私もかわいがっていたのだが、ある日偶然、動物学では犬も猫目(ねこもく)に分類されるのだということを知り、大嫌いになった。
 この犬が隣の伯父さんの自転車にひかれて死んでしまった時、家族はみな泣いていたが、私はせいせいして、とてもうれしかった。
 猫目であろうがなんであろうが、猫と名のつく物が家の中に存在するということ自体に耐えられない。
 だから私の家には、招き猫の置物だって存在しない。
 以前はあったが、家の中に誰もいないときを見計らって持ち出し、裏の川に捨ててやった。
 あれは姉のお気に入りで、突然なくなってしまったことを不思議に思い、残念がっていたが、私は知らん顔をした。
 私はナマズが嫌いだ。
 天然ではなく、養殖ものは泥臭さがなく、てんぷらにするとおいしいと以前は思っていたが、英語でキャットフィッシュというのだと知って以来、匂いをかぐのさえ嫌になった。
 工事現場の人たちが使っている猫車だって、目にすると腹が立つ。工事現場の前では顔をそむけ、いつも早足で通り抜けることにしている。
 姉に連れられて映画館へ行き、漫画映画を見た。
 猫が登場する映画だと、始まってからわかってゾッとした。
 すぐに立ち上がって外へ出ようとしたが、意外にも結局、最後までおもしろく見ることができた。
 生意気だが元気のよい子ネズミが、体は黒いが尾と耳の先が白い嫌らしい猫をコテンパンにやっつける物語だったのだ。見終わって、私は気分がすっきりした。
 冬休みが終わり、また学校が始まった。
 だが3学期の最初の日、教室へ足を踏み入れた瞬間、私は思わず立ちすくんでしまった。なんと教室の中に猫がいるのだ。
 赤々と燃えるストーブの前に寝そべり、気持ちよさそうに丸くなっているではないか。もちろん私は加藤先生に説明を求めたが、その返事は私をひどく驚かせた。
 加藤先生は独身で、学校近くの下宿に住んでいるのだが、雪でも降りそうなこんな寒い日、この子猫が震えながら鳴いているのを拾ったのだそうだ。
 水たまりにでも落ちたのか、びしょぬれになり、丸まっているのを見捨てておけず、暖かい教室の中へと連れてきたのだそうだ。
「これからどうするんですか?」
 私の声はなかば裏返り、震えていたに違いない。私を見つめ、加藤先生はにっこりした。
 私はといえば、猫の姿が少しでも目に入らないように、教室の反対側のすみへ向かって少しずつ移動していった。
「ご迷惑だとは思ったのだけど、さっき役場へ電話して、幸子さんとお話ししたの。そうしたら同情してくれてね、その子猫を飼ってもいいと言ってくれたのよ」
 貧血を起こし、私はもう少しで床に倒れてしまいそうになった。
 幸子というのは私の姉のことで、加藤先生とは親友だったのだ。同じ学校を卒業し、加藤先生は学校の教師になったが、姉は役場に勤めている。
「姉がそんなことを言ったんですか?」
「なんでも家の中にあった招き猫の人形が行方不明になって、さびしい思いをしていると言っていたわ。ちょうどよくはなくて?」
 こうして、このいやらしい子猫は私の家へ行くことが決まってしまった。
 それだけでなく、用務員のおじさんが用意してくれたボール紙製の箱に入れ、私が家までつれて帰るという約束までさせられてしまったのだ。
 教室の中にクラスメートたちが集まり始め、みな猫のまわりに来て、なでてやったり毛に触ったりしている。
 たいそうな人気だが、離れたところから見つめながら、私はとても気分が悪かった。
 私は心を決めた。
 猫など、断じて家には持って帰るまい。授業が終わって校門を出るまでは仕方がないが、その後で何とか始末をつけよう。
 放課後になると用務員のおじさんがやってきて、丈夫な紙箱に入れた猫を手渡してくれた。逃げ出さないように、フタはヒモで十字にしばってある。
 声も出さず、猫は箱の中に座っているのだろう。
 クラスメイトたちは、いとおしそうにお別れを言い、加藤先生も声をかけてくれたが、私はふくれっつらを隠すのが精一杯だった。
 雪が降り始めていたので傘を差し、カバンをかかえ、おまけに猫の入った箱まで持って、私は歩かなくてはならなかった。駅までの距離がひどく遠く感じられた。
 猫は静かで、ときどき箱が揺れたときにだけニャーと小さな声を出したが、それ以外はおとなしくしていた。
 電車がやって来て、私は乗り込んだ。車内は少し混雑し、床はぬれて滑りやすかった。
 すみに空いた席を見つけ、私は腰かけた。猫の箱は邪魔になるので、荷物棚の上に乗せた。
 電車は走り続け、何回か停車し、とうとう私が下車する駅に着いた。立ち上がり、猫の箱のことなど知らん顔をして、私はカバンだけを手にした。
 そして歩き出し、廊下を通り、誰にも邪魔されずにホームまでやってくることができたのだ。そのまま電車は発車してしまい、もちろん猫は車上の人だ。
 やってしまえば、あっけないものである。東京か名古屋か横浜か、猫の行き先など私の知ったことではない。
 一件落着。姉には、道を歩いていたら突然箱のフタが開いて、猫は逃げていったと言えばよい。
 まずバレることはない。
 いい気分のまま駅を出て、雪の舞う冷たい空気の中、私は道路を歩き始めた。
 駅から数分行ったところで、私はあるものにふと目を止めた。
 こんな日のことである。道路のわだちの左右はうっすらと雪が積もり、白くなっている。
 そこに花が置いてあるのだ。何本かの花をセロハンで束ねたもので、地面にそっと横たえられている。
 置かれてからまだ時間は立たず、真新しい感じがする。ついさっきか、少なくとも今朝のうちに置かれたのだろう。
 表面にはうっすらと雪が積もり、こんな季節だからもちろん温室栽培ものだろうが、安くもない花をいったい誰がここに供えたものか。
「ふん」
 私は思わず鼻を鳴らした。
 鳴らさないではいられなかった。その花が置かれた理由を私は知っていたのだ。 
 小学2年の頃、私には大切な大切な宝物があった。
 子供のことだから、もちろん高価な本物の宝石などではない。駄菓子屋で買った小さなおもちゃなのだ。
 大きさは10円玉程度でしかなかったが、赤いプラスティック製の模造ルビーだ。ゴムひもが付いていて、髪飾りとして使えるようになっている。
 駄菓子屋のクジ引きの景品だったが、これ欲しさに私は3回もクジを引き、その週の小づかいを、もう少しですべてスッてしまうところだった。
 だが運良く、私はそれを手に入れることができた。翌日から、学校へも付けていったのは言うまでもない。
 ところが、それがまずかった。増崎康子という同級生がいて、これが体の大きないじめっ子なのだ。
 私が住んでいるのは新興住宅地だったが、戦前から戦後にかけて、大小の業者が無秩序に開発したものだからたまらない。
 昔からの小さな家々が集まった地区、鉄筋コンクリートの団地街、面積の大きな屋敷町の三者が入り混じった町になってしまった。
 小学校の校区も複雑に入り組み、運の悪いことに、私は少し離れた小学校へ通わなくてはならなかった。
 すると当然、登下校時に一緒になる子は少ない。なにせ私の家は、小学校からはポツンと離れているのだ。
 康子も、私と似た境遇ではあった。事実康子の家は、私の家の3軒となりだったのである。
 自然と私は、康子と一緒に歩くことが多くなった。
 しかしこの康子、どうやったらこんな人間が生まれてくるのだろう、と思えるほど嫌な性格だったのだ。
 康子の家は、私の家よりも金持ちだった。
 それは家の大きさで分かる。あんなお屋敷の一人娘であれば、新しい洋服でもおもちゃでも、いくらでも買ってもらえただろう。
 そういう豊かな家の子供なのだが、康子は本当のいじめっ子だった。私は何度もつねられたり、物を隠されたり、髪の毛を引っ張られたりした。
 もうお分かりであろう。その日の下校時、康子は私のルビー髪飾りを欲しがり、奪い取ったのである。
「これかわいい。頂戴ね」
 事実は『頂戴』ではない。康子は私から奪い取ったのだ。
 もちろん抵抗したが、体はあちらのほうが大きい。しかも増崎家といえば、町内でも力があった。職員室へ駆け込み、
「せんせい、康子ちゃんが取った」
 と言いつけてもどうにもならないことは、すでに私も学習していた。教師たちも、康子を注意できないのである。
 むんずとつかみ、康子は私の頭からむしり取るようにした。髪が引っ張られ、ひどく痛かったことを覚えているが、私はそんなことに文句を言っているのではない。
 私の最大のお気に入りを、康子は奪ったのだ。
 これまでの経験から、康子に盗られたものはまず帰って来ないと分かっていた。
 康子というのは本当にいやな子で、人から奪ったものを自分の物として使うか、あるいは取り返されるぐらいならと踏みつぶしてしまうのが常であった。
 踏みつぶすことが難しい品物ならば、深い川の中へ投げ捨ててしまう。
 そうやって私は、それまでに何回も大切なものを取られてきたのだ。今回も同じ目には合いたくない。
 だから私は、康子を追いかけた。
「返してー」
 かけっこなど全く不得意な私が、全速力を出したのだ。しかし康子はすばしっこく、運動会でも一位を取るような子だ。
 私が追いつき、髪飾りを取り戻せる可能性は大きくはなかった。
 川はもうすぐそこだ。子供が入るどころか、大人でも泳げるかどうかも分からない深い川だ。
 私が追いつく前に、きっと康子はその中に投げ込んでしまうだろう。
 私の耳には、髪飾りが水に放り込まれるポチャンという音が、もう聞こえるかのようだった。
 道路は、あと10メートルほどで川に突き当たる。私はすでにあきらめかけていたと思う。
 しかしその時、それが起こった。
 道路は、それほど広くはない。だが、いつも混雑している国道の抜け道ではあったのだ。
 交通量は多くないにしても、通り抜ける自動車はみな急いでいる。
 白い普通乗用車だったことを覚えている。しかし私には車種のことなど分からないし、7歳の子供に、ナンバープレートを記憶することを求めても仕方がない。
 おそらくはスピード違反をしていたのだろう。衝突の結果、康子の体は大きく跳ね上げられ、まるでヒトデのように手足をまっすぐに伸ばしたままクルクル回転し、何メートルも飛んでいった。
 康子の体はアスファルトに激突したが、自動車はブレーキもかけず、スピードをゆるめもしなかった。そのまま東へと消えてしまったのだ。
 町はずれのことだ。現在と違って、このあたりはまだ宅地化が進んでおらず、周囲は原っぱばかりだった。
 通行人など他にはおらず、目撃者など一人もなかった。
「康子ちゃん…」
 むろん私は駆けよって見下ろしたが、康子の頭はまるで千切れかけた人形のように奇妙な方向へ曲がり、手も足も、指先さえピクリともしなかった。
 髪飾りは指から離れ、康子の足元から3メートルほどのところに落ちている。
 康子が死んでいるということは、私もちゃんと理解していた。つい何ヶ月か前に伯母の一人が病死しており、私はその葬儀に出席していた。
 スウとも息をしないところなど、康子の様子は、その時の伯母の死体とそっくりだったのである。
 私はかがみ、髪飾りを拾い上げた。康子の首は180度反対側を向き、もしも意識があったとしても、私の行動が見えたはずはない。
 しかも目撃者はいない。
 それはもちろん確かめてあった。私は周囲をよく見まわし、それからしゃがんだのだから。
 やっと取り返した髪飾りを、私は再び自分の頭につけることができた。
 ところがだ。
 やはり私は注意が十分ではなかったのだろう。このとき気が付いたのだ。
 私が髪飾りを拾い上げるのを見ていた者がいる。あれも一種の目撃者であろう。
 4本足で、体中が濃い毛におおわれ、言葉を話すことができないとしても。
 一匹の野良猫だったのだ。青みがかった濃い灰色の濃淡だから、サバトラというのだろう。
 そのサバトラが、黄色がかった大きな丸い目で、私の行動を見ていたのだ。
 この後のことは、もうあまりにも目まぐるしかった。数分のうちにもう1台の自動車が通りかかり、横たわっている康子に気づいて停車してくれたのだ。
 康子の体を動かしてよいか分からなかったので大事を取り、数百メートル離れている人家へ向けて(そこが最も近い)、ドライバーは再びアクセルを踏んだ。
 救急車が到着したのはさらに20分ほど後のことで、すでに警察官も姿を見せていた。
 目撃者ということで私は話を聞かれたが、小学2年生がそうそう役に立ったとは我ながら思えない。
 そのことを警察官がどう判断したのか、結局私も康子と一緒に救急車に乗せられることになった。
 想像するに、肉体的なケガは負っていなくても、私にも医療的対応が必要と認められたのだろう。
 そうやって救急車は病院に到着したのだが、それが非常に小さく小規模な病院で、診察室は一つしかなかった。間をカーテン一枚で仕切っただけの状態で、私と康子はそこへ運び込まれたのだ。
 もちろん康子はピクリとも動かず、ストレッチャーに乗せられてだ。
 しかし医師たちにしても、康子には手の施しようがなかったのだろう。一方で私は、ケガなど負ってはいないのである。
 みなバタバタと忙しそうで、ほんの数分間、私は康子と二人きりにされた。
 そこへ病院の玄関あたりから、あわただしい足音と話し声が聞こえてきたのである。連絡を受けた康子の両親が到着したのだ。
 両親たちはまだ診察室へは案内されず、医師と警察官の口から事情の説明を受けているところだ。
 康子の母親の泣き崩れる声が聞こえる。そこへ男の怒声も混じるが、康子の父親であろう。
 診察室の中で生きている者は私一人だ。退屈になったというのではないが、好奇心に駆られ、カーテンの隙間から私がひょいと隣をのぞき込んだとしても、とがめられるようなことではないだろうし、実際私はそうした。
 カーテンの向こうには、まるでテーブルのような銀色の診察台があり、康子の死体が置かれていた。肩から下は白いシーツにおおわれ、顔には白い布がかけられている。
 警察官や医師たちの見立て通り、このときの康子が死亡していたのは間違いないことだと思う。
 まず事故現場で救急隊員が死亡と判断し、診察台に乗せられてから医師もそう判断した。2人の専門家が判断を誤るということはないだろう。
 しかし、その時それが起こったのだ。
 思うにほんの数秒間だけ、康子は息を吹き返したのだろう。心臓が動き始め、コトコトと数秒間だけ鳴り、そして今度こそ永久に停止した。
 そういうことが医学的にあり得るのかどうか、私は知らない。
 私は医師ではない。
 だが私は目撃し、この耳で聞いたのだ。息を吹き返したほんの数秒の間、康子の胸も上下に動いていた。呼吸をしていたのだ。
 そして白布の下で喉と口が動き、康子は言葉を出した。
 ごく小さく、ささやくような声にすぎなかったが、私は充分に聞き取れるだけの近い場所にいた。
「髪飾り…、あのルビーの髪飾りを拾ったね…、洋子ちゃん。私に…、返して…」
 それだけの言葉をつむぐと、康子の口は閉じ、もう二度と動きを見せることはなかった。
 この時私は、心底ぞっとしたことを覚えている。冬の日なのに、その上にさらに氷水をぶっかけられたような気がした。
 私が髪飾りを拾い上げ、取り戻したことを康子は知っていたのだ。
 しかしなぜ?
 自動車にはねられた衝撃で、髪飾りは康子の手を離れ、地面に落ちた。
 それは康子の足元から3メートルは離れた場所だったから、首の骨が折れて反対方向を向いていた康子の視線に入ったはずはない。
 もちろん私も、
「髪飾り、みーっけ」
 などと口走ってはいない…。
 ならばどうして?
 この時になって、私は気が付いた。そしてもう一度、全身がゾッとしたのだ。
 猫だ。あのサバトラが、黄色がかった両目でしっかりと私を見ていたではないか。
 気味が悪くなり、私は髪飾りを頭から外した。自分の物であり、つい40分ほど前までは大好きな宝物であったのに、もう今は手を触れるのも恐ろしかった。
 カーテンの隙間から診察台へ向けて、私は髪飾りをポンと放り投げた。
 放物線を描いて髪飾りは飛び、康子の体を覆っている白いシーツの上に落ちて止まったが、もちろん康子は何の動きも見せなかった。
 おそらく髪飾りは、あのあと康子の死体と共に焼かれたであろう。
 康子の両親は、それが自分たちの娘の正しい所有物だと信じたのだ。
 もっとも彼らは、康子の真の姿など知らなかっただろう。学校の人気者と思っていたかもしれない。
 クラスの鼻つまみ者だったとは、夢にも知るまい。
 それはまあいい。問題は猫のことだ。
「猫は死者によって操られている」
 私はそう結論した。私の経験は、そう考えることでしか納得できないではないか。
 もしも同じ経験をしたら、きっとあなたも私と同じように考えるだろう。
 死者というものは、猫の目玉を通して生者の行動を見張り、監視しているのだ。
 私が猫をあれほど嫌う理由が、もうお分かりであろう。
 余談ではあるが、康子をひき逃げした犯人はいまだに捕まっていない。

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