【2020師走】我慢、そして年の瀬

文字数 1,550文字

 勝負の三連休むなしく終わる兆しは感じられない。
 当然のように前の波よりも大きな波となり入院患者数も検査数も加速している。

 嘔吐、腹痛で救急搬送されてきた高齢の女性。ぐったりしており顔色不良。返答は頷くか首を僅かに横に振るのみ。発熱と頻脈も伴っていた。全身の確認をすると、張り裂けそうなほどに膨満しカチコチに固くなっている腹部。CT画像にて腸閉塞の診断。すでに腸管が壊死しているようにみえるので緊急手術になることが、本人と同行してきた息子さんへと伝えられた。
 鼻からチューブを入れて減圧すると、腹部の張りは若干軽減したが、まだ痛みは持続していた。
 本人とはあまりお話できる状況ではないため、息子さんから既往歴や今回の経過ついて話を伺う。同時に、発熱しての入院となるので本人の了承を得てPCR検査を実施したことを伝えると、「ああ、そうですよね。実は、言い訳ですけど」と、自責の念を口にした。
「母が、コロナ禍で病院受診が怖いと行きたがらなくて。ぎりぎりまで我慢させてしまった。病気はコロナだけじゃないのに」
「ずっと引きこもって生活していたことで、動かないからお腹が減らないと言っていて。食事量が減っていたのもそのせいかと思ってしまった」自分のせいです、と。
 他院での通院歴があり数日前に処方薬をもらったばかり。でも今年に入ってからは、家族が薬を取りに行っているだけで、本人は受診していないとのことだった。それが原因ではないけれど、自分を責めては涙を浮かべ、悔しさと哀しみを繰り返す息子さんを見ていると切なくなる。
 タラレバを考えてもどうにもならないのに、この状況下でなければ違ったのだろうかと考えてしまう。人の心や行動を、こんなにも翻弄してしまうCOVID19って何なのだろう。私たちに何を残していくのだろう。

 カレンダーを捲り忘れていて、一週間も過ぎてから十二月の文字をしみじみ眺める。ちょっとした外出どころか外でお茶一杯飲むことすらなく、見事に仕事だけして一年が終わろうとしている。こんなに働いても充実感は薄いと感じてしまうのは、私生活の充実不足のせいかもしれない。仕事と私生活は両輪で、どちらかが小さいと傾いて前へと進めなくなってしまう。
 そう思い、今回は推しの配信ライブ日を週休にあてた。無事リアルタイムで観賞することが出来て臨場感を味わい、zoomの初体験もして気分が上がる。小さく縮んでいた片側の車輪が少し成長した。
 同時に好きなインテリアの資格取得をする。読み書きも本当に心が求めるものをしよう、と今感じている輪郭を確かめる。

 年の瀬。「そろそろ()いているかと思って」と受診していた馴染みの女性。よいお年を、と声をかけると「あなたたちは偉いわね。こんな年末まで。本当に頭が下がります」と、ただ仕事をしているだけなのに突然褒められてしまう。さらに「ありがとう」と何度も感謝の言葉をかけられて、弱っていた心が反応し、いつも以上にじわりと胸に沁み込んで、目頭が熱くなる。すっかり涙もろくなっている。
 知らぬ間に心のどこかしらに作られた傷は、人を慮る言葉で癒されていく。そんな言葉の力をより感じた一年だった。

 晦日(みそか)前日。お正月用品をようやく買いに出かける。駐車場に戻ると、降っていた雪がフロントガラスを凍らせていた。解氷スプレーは切らしたままだったので、車内でゆっくり温まるのを待つ。
 この一年で沈殿したものが一緒に取り払われていけばいい。徐々に貼りつく雪が融け、ワイパーがそれを消し去るように動くのを眺めながら、そう思った。
 始まったのも冬だった。あと数日でカレンダーの数字が一巡しようとしている。あの日の、雪降る白い空と、風に舞う冷たい雪花が思い浮かんだ。
 年が明ける。そこに光はあるだろうか。

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