【2020如月】濃厚接触者と搬送待ち

文字数 1,601文字

 半ばになり予感が現実になる。
 14日、道民初の感染者の判明。その後も、ぽつら、ぽつら、と発表されはじめる。同時に病院の電話が、コールセンターかのように なりやまない。

 そんな中、外来に検査中の濃厚接触者と同じ職場だという患者が、発熱したと連絡もなく突然受診する。一瞬にして凍り付く看護師たち。まさかこんなに早く。そう感じた。
 前日にバタバタと発熱外来用の診察室を作ったばかりだった。夜遅くまでかかってビニールシートで隔離した、一時しのぎの不格好で簡素なもの。とりあえずでも作らないと、ときちんとした話し合いもせず導線も考えずに思いつくまま始めた。皆ぶつぶつ言いながらの作業だったけれど、結果的によかった。昨日作っていなかったら、と思うと恐怖すら感じた。

 その「とりあえずの診察室」へ患者を迎え入れる。たまたま問診係になる。当然、防護具を身に着けて。以前から感染症対策のガウンテクニック研修を何度か受けていたので、幸いにも脱ぎ着すること自体に不安はなかった。ただ、問診室も診察室内も真冬で暖房が高めに設定されていて、防護具はサウナ並みの暑さだった。白衣の下で流れる汗を拭うことすら出来ず、話を聞く。軽い感冒症状のみ。医師が念のため保健所に連絡を入れると、インフルエンザ、アデノウイルス等、考えうるすべての検査を先にして陰性を確認してからでなければCOVID19のPCRは受けられないとの指示。現在は医師の判断ですぐに検査が出来ているが、あの頃はPCRも保健所の承諾が必要で、まだ濃厚接触者の定義も曖昧だった。ひとつひとつに時間がかかり、軽い感冒症状の一名に看護師一名がつきっきりで、一時間越えというような、とんでもなく長い時間を要した。
 これを毎日続けるのは、どう考えても厳しいとしか思えない。再考が必須。それも早めの対策が。明日は同じケースがひとりとは限らないのだから。
 ようやく防護具を脱いだあとも、身体の隅々によどみが行きわたっていて、脱ぎきれない鬱々さが沁みついて残った。

 もともと救急外来には連日肺炎患者が搬送されてくる。
 その中でひとり怪しい肺炎像の患者がいた。が、PCR検査をしたというだけで、受け入れ先がない。陽性かどうか分からない間は、数少ない専門病棟に入ることはできず、かと言って疑いがある限りは一般病棟にも入れられない。救急担当医が、隔離対応のできそうな病院や医療センター等へ電話をかけ続け、一時間半近くを経て、ようやく搬送先を見つける。
 たった一件の搬送にこの時間。救急搬送されてきて検査と処置をして、と到着から換算すると数時間。その間患者のそばから離れることはできない。防護具を着て感染対応している以上、他の患者の対応も、もちろんできない。搬送を待つ苦しそうな患者も、ずっと狭く硬いストレッチャーの上。
 高濃度酸素を吸入するためのリザーバーといわれる酸素マスクが膨らんだりしぼんだりするのと、心電図モニター画面とを虚しく見つめながら、ただ励まし続けた。

 すでに混乱の気配が漂っていた。これからこんな症例は増えていくはずなのに。心に、落ち着きのない細かなさざ波が、次々と寄せてくる。
 その日の帰路から、地下鉄通勤を完全にやめて徒歩に切り替えた。氷点下の帰り道を歩く。凍てつく夜風は、ざわつく気持ちをしずめるのには丁度いい。雲の合間からのぞく細い月だけが、平和そうな顔をして私を見下ろしていた。闇雲に立ち上がってくる心細さを、優しく包み込むように。

 月末近くに休校、そして全国で初めてとなる北海道独自の非常事態宣言と続いた。
 子どもを持つスタッフをどうするか。発熱外来をどうまわすか。玄関でのトリアージはどうするか。電話対応は。当院の方針は。話し合いばかりが続く。残業が、道路脇に寄せられた重く湿った雪のように積み重なっていく。気持ちをしっかり持たないと。大変なのは多分これから。



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