【2020睦月】ニュース速報

文字数 1,137文字

 Google photoが、過去の同月に仙台・松島に旅していましたよ、と丁寧にも教えてくれていたあの日。懐かしいな、とスマートフォンの写真を能天気に一枚一枚スワイプしながら眺めていると『武漢市から北海道旅行に来ていた女性の感染が判明』とのニュースが流れた。都市封鎖をした最近見知ったばかりの地名と、自分の住む地名が重なっていることに愕然とする。
 にわかに信じがたく、でも黒い影はひたひたと音もさせず確実に、こんな近くまで忍び寄っていたのだ。寒気を覚え、自らの両腕を自らの両手のひらで無意識にさすっていた。

 勤務先は地域医療を担う中規模病院で、職場内にも不穏な空気は広がっていった。時節柄、感冒症状の患者が増える時期でもあり、混乱、という二文字が頭をよぎる。
 春節になる隣国を含め、世界中から人が集まる雪まつりが控えているというのに。嫌な予感しかしない、と同僚の囁きあう声が幾度も耳に入ってくる。思わず奥歯を噛み締めていることに気付いて力を抜く。
 その女性が診断されるまで、北海道に滞在した期間は五日間。感染を広げるには十分すぎる日数であることは、看護師でなくとも簡単に分かる数字だった。

 今年は雪まつりに写真を撮りに行こうと思っていたけれど中止する。北の街では、巨大な冬の祭りの後にインフルエンザが流行すると医療関係者間ではよく言われていることだった。それが今年は別のウイルスに置き換わるかもしれない。そう考え始めると、ざわざわと心が粟立っていく。
 娘にも雪まつりには行かないほうがいいと伝える。「え、そうなの?」と娘に聞かれるが、正直分からない。知らないからこそ厄介で、意味もなく恐怖を感じてしまうのかもしれない。(あお)ってはいけない。でも。今は恐怖を感じるくらいでもいいのではないだろうか。そんなことを言いながら、看護師なのにCOVID19に対する知識が、ぼんやりとニュースでの見聞きしたもののみだということに我ながら驚く。まだイメージだけしかなかったが、その時、なんとなく脳裏に浮かんでいたのは2002~2003年のSARSの映像だった。明日、職場で正しい知識を早急に得なければ、と思う。

 冬真っ只中の北海道。雪の降る日が続いていた。私の不安とは裏腹に、樹々は白い花をつけたように雪化粧をし、馬鹿みたいに美しかった。寒風が雪を花びらのように舞い上げ、幻想的な風景を醸し出していて、しばし見惚れて立ち止まるほどに。なのに、頬に触れたそれは背筋がぞくっとするほど冷たいのだった。
 傍から見ているのと実際に触れるのでは違うのだと、唐突に感じた睦月の朝。私は中から触れる側に、なるのだろうか、と僅かに緊張している自分を見つける。
 今思えばあれが、長い2020、禍の始まりだった。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み