第12話
文字数 1,436文字
「夕方からちょっと用あるから」
「あ、うん。分かった」
文化祭の朝、教室で顔を合わせたわたしに、祐斗は開口一番そう言ってきた。特進科の催し物はありきたりなお化け屋敷。シフトの確認をするために、朝に一度だけ全員で集まることになっていた。わたしはいつもの四人組でお喋りをしていて、そこに祐斗がふらっと寄ってきてそう言うもんだから、わたし以外の三人は目をぱちくりさせていた。
「富田くんと何かするの? 二人ともシフト夕方だったっけ?」
裕子が愛想笑いを浮かべつつ、真剣なまなざしで詰問してくる。
「ううん。わたしが午前中に一時間で、祐斗は昼過ぎから……今日は富田くんと文化祭回ることになってて」
三人は目をぱちくりさせていた。目を丸くしながらぱちくりさせていた。
「みんな揃ったみたいだから始めよっかー」
学級委員長の隣に立って号令をかけたのは高濱さん。わたしたち四人も、そして、祐斗と美晃くん、それに田島も、会話を中断して高濱さんへと身体を向ける。
無表情で話を聞く祐斗の横顔を見ながら、わたしは心がきゅっと縮み上がるのを感じていた。どうしよう。裕子たちの羨望は心地よかったけど、これで付き合えなかったら惨めだ。
こっちはこんなにも意識しているのに、祐斗はこちらに一瞥もくれる様子はない。
高濱さんの話が終わり、わたしは四人組から抜け出して廊下に出た。祐斗がこちらに背中を向け、美晃くんと田島に「じゃあ、また」と軽く手を振っていた。
「富田、くん?」
わたしが呼び、祐斗がこちらを振り返る。
「あ、栢原さん。どっか行くとこって決まってるの?」
わたしは息が詰まりそうになる。裕子たち三人が、わたしをじろりと見ながら横をすり抜けていった。
私立のマンモス校だけあって、明真学園高校の文化祭は結構盛り上がる。
メイド喫茶、占い、げてものレストラン、室内ジェットコースター、漫才にバンド演奏、自作ダンスゲームの公開。女装男子写真集はその過激な内容から午前中に販売差し止めを食らったらしいけど、わたしたちはちゃっかり入手していた。「購入した生徒はすぐ返却するように」、校内放送が流れるものの、従う生徒なんていない。
そんなわけで、手を抜いているクラスや部活もときどきあるけれど、力を入れているところはどこも見ごたえがある。わたしは瑞姫と相談して回る順番を事前に決めていた。
面白い催し物だけを効率的に回って、祐斗との雰囲気を壊さず、いい感じに保つ。瑞姫は姉から仕入れた情報だと言って、オススメのクラスや部活を教えてくれた。瑞姫の姉はこのとき明真学園高校の三年生で、社交的な性格らしく、事前情報をよく知っているらしかった。
時刻は午前十時半の少し前になっていて、わたしが特進科の教室に戻るべき時間だった。
「富田くんはそのあいだどうするの?」
「バド部のシフトがぴったり同じだから、お好み焼き焼いてくるよ」
「ごめん、バド部もシフト入ってたんだ。でも、時間かぶってて良かった」
「なんで?」
「二人でいっぱい回れるし」
自分で言っておいて、自分で顔が熱くなるのを感じた。打算的心理がそのまま口に出てしまっただけなのだけれど、なぜか急激にどきどきし始めてしまう。
「そっか。俺もシフトずらしてもらってよかった」
「えっ?」
「昨日無理言って交代してもらったんだよ。せっかく誘ってくれたのに、お互いのシフトがずれてたらダメだから。じゃあ、お化け頑張って」
祐斗は眩しい笑顔で手を振りながら、屋台の並ぶ中庭へと下りていく。いい人だな、とわたしは思った。
「あ、うん。分かった」
文化祭の朝、教室で顔を合わせたわたしに、祐斗は開口一番そう言ってきた。特進科の催し物はありきたりなお化け屋敷。シフトの確認をするために、朝に一度だけ全員で集まることになっていた。わたしはいつもの四人組でお喋りをしていて、そこに祐斗がふらっと寄ってきてそう言うもんだから、わたし以外の三人は目をぱちくりさせていた。
「富田くんと何かするの? 二人ともシフト夕方だったっけ?」
裕子が愛想笑いを浮かべつつ、真剣なまなざしで詰問してくる。
「ううん。わたしが午前中に一時間で、祐斗は昼過ぎから……今日は富田くんと文化祭回ることになってて」
三人は目をぱちくりさせていた。目を丸くしながらぱちくりさせていた。
「みんな揃ったみたいだから始めよっかー」
学級委員長の隣に立って号令をかけたのは高濱さん。わたしたち四人も、そして、祐斗と美晃くん、それに田島も、会話を中断して高濱さんへと身体を向ける。
無表情で話を聞く祐斗の横顔を見ながら、わたしは心がきゅっと縮み上がるのを感じていた。どうしよう。裕子たちの羨望は心地よかったけど、これで付き合えなかったら惨めだ。
こっちはこんなにも意識しているのに、祐斗はこちらに一瞥もくれる様子はない。
高濱さんの話が終わり、わたしは四人組から抜け出して廊下に出た。祐斗がこちらに背中を向け、美晃くんと田島に「じゃあ、また」と軽く手を振っていた。
「富田、くん?」
わたしが呼び、祐斗がこちらを振り返る。
「あ、栢原さん。どっか行くとこって決まってるの?」
わたしは息が詰まりそうになる。裕子たち三人が、わたしをじろりと見ながら横をすり抜けていった。
私立のマンモス校だけあって、明真学園高校の文化祭は結構盛り上がる。
メイド喫茶、占い、げてものレストラン、室内ジェットコースター、漫才にバンド演奏、自作ダンスゲームの公開。女装男子写真集はその過激な内容から午前中に販売差し止めを食らったらしいけど、わたしたちはちゃっかり入手していた。「購入した生徒はすぐ返却するように」、校内放送が流れるものの、従う生徒なんていない。
そんなわけで、手を抜いているクラスや部活もときどきあるけれど、力を入れているところはどこも見ごたえがある。わたしは瑞姫と相談して回る順番を事前に決めていた。
面白い催し物だけを効率的に回って、祐斗との雰囲気を壊さず、いい感じに保つ。瑞姫は姉から仕入れた情報だと言って、オススメのクラスや部活を教えてくれた。瑞姫の姉はこのとき明真学園高校の三年生で、社交的な性格らしく、事前情報をよく知っているらしかった。
時刻は午前十時半の少し前になっていて、わたしが特進科の教室に戻るべき時間だった。
「富田くんはそのあいだどうするの?」
「バド部のシフトがぴったり同じだから、お好み焼き焼いてくるよ」
「ごめん、バド部もシフト入ってたんだ。でも、時間かぶってて良かった」
「なんで?」
「二人でいっぱい回れるし」
自分で言っておいて、自分で顔が熱くなるのを感じた。打算的心理がそのまま口に出てしまっただけなのだけれど、なぜか急激にどきどきし始めてしまう。
「そっか。俺もシフトずらしてもらってよかった」
「えっ?」
「昨日無理言って交代してもらったんだよ。せっかく誘ってくれたのに、お互いのシフトがずれてたらダメだから。じゃあ、お化け頑張って」
祐斗は眩しい笑顔で手を振りながら、屋台の並ぶ中庭へと下りていく。いい人だな、とわたしは思った。