第69話

文字数 2,027文字

俺と副島先輩は、二人でぽかんと見つめ合った。美晃のコールで俺は我に返り、シャトルが落ちたあたりに振り向く。宮沢さんがシャトルを拾ってくれていて、俺と目が合うと、彼女は俺の手元に向けてシャトルを投げた。

シャトルを胸元で受け取り、俺はすぐにサーブの構えに入る。アウトにした副島先輩が悪いとはいえ、予定が狂ってしまった。さて、どうしようか。

俺はいつもより間をとってからサーブを放った。二点目を獲ったとき以来のショートサーブ。あえなくネットにかかって、俺は悔しげな表情を浮かべて頭を掻く。副島先輩が構えを崩して頷いた。

それでよし、ということだろう。副島先輩の心配事は、俺が三セット目の土壇場で裏切らないかということのはずだ。このセットはどちらにしろ俺が勝つ。

それでも、こうやってサインを送り、忠誠心を示しておいたほうが安心してくれるだろう。五十万円は確実に、確実に貰わなければいけない。お金は副島先輩が持っている。言い訳やいちゃもんの口実を与えてトラブルになるのは避けたい。

二十―十九から二十一―十九になって、俺がセットを獲った。お互い一セットずつ獲ったので、次の第三セットで試合の勝敗が決まる。

コートの周りには試合のない三年生が集まってきていて、近くの壁にもたれながら俺たちの試合を観戦していた。

レギュラーの、最後の一枠を賭けた戦い。そして副島先輩にとっては、最後の大会でようやく訪れたレギュラーを勝ち取るチャンス。レギュラーの三年生四人にとっても戦友が決まる試合であり、もうレギュラーの望みがない多くの三年生にとっても、この三年間に思いを馳せるような試合であるに違いない。

一セット二十一点というのは実力差が現れるのに十分な数字で、よほど実力が均衡していない限り、どちらかが二セット連取して勝つことが多い。この重要な試合がフルセットまでもつれこんでいる状況は、外野からすれば興奮が頂点に達するような熱戦になっているのだろう。

コートのそばに置いた水筒から水分を補給して、タオルで汗を拭く。この試合が醸し出す緊迫感がそうさせるのか、すぐ近くにいる美晃はもうこちらを見ようともしない。その横顔は真剣そのもので、ただ遠くを見つめて静かに次のセットの開始を待っていた。

俺は水筒とタオルを置き、一息ついて実果のいる場所を見上げた。手すりを強く握って、身体を乗り出すようにして試合を見ていた実果は、俺がゲームを獲ると笑顔になって、すぐにまた真剣な面持ちに戻った。

実果がバドミントンのルールを理解しているかどうかは分からないけど、俺がゲームを獲って、かえって緊張感の高まる雰囲気から察知したのだろう。普通の試合ならば、ここからが天王山であるということを。

実果は俺と目が合うと、遠慮がちに微笑みながら肩のあたりで小さく手を振った。俺はどう応えてよいのか分からなくて、そのまま目を伏せ、逆側のエンドに向かった。第一セットと同じく、実果に背中を向ける形になるから、その姿は視界に入らない。

第三セット、サーブはこちらから。俺はロングサーブを高々と上げる。副島先輩がステップを踏みながら下がって、そして打たなかった。シャトルはラインとラインが交差したところに落ちる。

宮沢さんがまっすぐに手を伸ばして「イン」のサイン。副島先輩が苦笑しながら首をひねった。宮沢さんが手を伸ばしたまま副島先輩を見上げて、副島先輩が渋い顔で頷く。

一―〇になって、俺のサーブが続く。さっきの絶妙なサーブの感覚、あのときの動きをトレースしようと意識して打つと、今度もいいところに飛んだ。対抗するように、副島先輩もコート奥に高いクリアを上げてくる。

それならばと、俺はめいっぱいの威力でスマッシュを叩きこむ。副島先輩も鋭くレシーブする。お互いに強い球の応酬が続いた。ネット際にすとんと落ちるような緩い球を混ぜることもできたけれど、そんなことをする気分じゃなかった。

今日は本当に調子が良い。副島先輩のショットが速いと感じることはあっても速すぎると感じることはなく、厳しいコースだと思うことはあっても返せないコースだと思うことはなかった。

俺はまるで、そうプログラミングされた機械のように、ひたすら強い球を返した。肩の力を抜いて、しなやかにラケットを振り下ろす。正しい打ち方をすれば、疲労はそれほど蓄積しない。今日は何百回でも打ち返せる気がした。

そして、自分ではそれだけいいショットを打っていると思っているのに、副島先輩も際限なく打ち返してきた。決まったな、と思ったショットが、平然と、驚くような速度と角度で返ってくる。元々、一つ一つのショットの威力や正確性は高い人だ。それでも、これほどかと思わさせられるようなシーンが既に何度もあった。

結局、このラリーをものにしたのは俺で、スコアは二―〇になった。動き回ったせいで、つい先ほどインターバルを挟んだというのにもう肩で息をしてしまっていた。副島先輩の肩も規則的に上下している。
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