第42話

文字数 2,115文字

そんな橋本は、ふらふらと色んなグループをさまよった挙句、その過程で俺たちともちょっとは絡んだけど、一年の五月ごろから富田と田島のところに定着していた。強引に理由をつけるなら、特進科男子でバドミントン部は橋本と富田の二人だけというところだけど、でも、あの三人は不思議な取り合わせだった。

その頃、「暇なときはアニメとかよく見てるよ。というか、暇をつくって見てる」と橋本が言ったことがあって、それは意外で、実はそういう取り合わせなのかもしれないと思ったけれど、逆に富田や田島はそこまで興味がなさそうで、やはり謎は解けなかった。

しかし、大事なところはそこじゃない。橋本は自分から女子に話しかけたりしないけれど、中島ともたまに、親しげに話していた。橋本は別格に面白くて気さくだし、顔も整っているから、そうだよな、と思わせる組み合わせだった。

そんな奇妙な三人組は、最初の半年で、ポジティブな意味で不思議な存在になっていった。橋本と、富田と、田島。三人がいつも一緒に教室に来ることの謎を解いたのは俺で、ちょうど一年ほど前の、大雨の日、それは長く続く梅雨の始まりの雨だった。いつも通り早くに登校したとき、教室には既に三人の姿があった。

「おっす」

座ったまま身体を百八十度近く捻り、手を挙げて俺に挨拶したのは橋本で、「おはよう」と気のない声で続くのが富田。最後に田島が、会釈するように顎を引き、聞こえるか聞こえないかくらいの声で「おはよう」と言った。

「三人とも、早いな」

俺が机にカバンをどさりと置きながら言うと、

「椎名こそこんな早くに来てんのかよ」

橋本がそう答えた。捻った態勢はやはり苦しかったのか、股を広げて背もたれに腕を置き、前後逆に座る態勢でこちらに向いていた。

「まぁな」

クラスメイトの会話を聞いたりするため、教室の様子を掴むため。そんな本音を言うわけにはいかない。

「じゃあさ、椎名も来ない? 朝練」
「朝練?」
「うん。三人でやってるんだよ。今日はランニングの途中で大雨になったから中止だけど」

確かに、俺が家を出るころはまだ小雨だったっけ。

「うーん。いや、遠慮しとくよ」
「そっか、残念」

橋本は苦笑気味に微笑む。そんな繊細な表情もさまになっていて、俺は心の中で嫉妬と羨望を感じていた。

けれども、感じるべきはそんな感情ではなかったのだ。「遠慮しとくよ」。その一言がきっと、大きな分岐点だった。朝練なんかもうこりごりだし、三人の中にいまさら入っていくのは気まずいし、浮きそうでもある。だいいち、そんな汗臭くなって教室に入りたくない。

これはいたって常識的で、凡庸な考え方だったと思うけど、そんな考え方に沿って動いていたのでは、常識的で、凡庸な存在にしかなれないのは当たり前だった。

明真学園高校は行事が盛んな学校として有名だ。

文化祭の一般開放日には地元の人もたくさん来るし、体育祭や合唱大会にも、綿密な準備と熱心な練習を行って挑む。入学式では校長や生徒会長がそう宣伝していて、俺は心で大きく頷いていた、文化祭には中学三年生の時に来て、それで入学を決めたところはある。

ここでの学校生活は「盛り上がる」はずだと、勝手に妄想していた。

そして、確かに学校行事は盛り上がった。信じられないくらい、こんな学校があるのかと思うくらい。ほとんどが公立高校を落ちて来ているはずで、もちろん、滑り止めもいくつかある中から選んでるけど、それでも、意図せず入学したはずなのに。

学校の雰囲気や、伝統というものは、確かに存在しているのだと俺は思った。それは生徒が入れ替わっても、校舎が建て替わっても、閉め忘れた窓から吹き込み、誰もいない理科準備室から漂い、廊下の床を鳴らす上靴の音が奏でる、そんなものなんだろう。

そう、ほとんどの生徒が積極的に参加して、だらけてる姿を誇示するようなやつはいない。ただ、そんな教室でも、中心的な生徒と、周縁的な生徒の分類は存在した。

例えば、五月末の体育祭。出場する競技は順当に決まっていった。足の速いやつはクラス対抗リレーで、ガタイのいいやつは綱引きとか棒倒しとか。それで、そうでもないやつは、そうでもない感じの競技。

ここでもほんのりとした優越感や劣等感が漂って、微妙な気遣いや牽制なんかもあるけど、おおかた最初から決まっているようなものでもあって、もう小学校から数えて十回目だから、誰もが自分の立ち位置に慣れているところもある。

問題は、応援団派遣を決めるところだった。各クラスから五人、各組の応援団に派遣することになっている。五人と聞いたときには多いなと思ったけれども、体育祭の組は特進科が属する青組をはじめ八色に分かれていて、それぞれの組に各学年から二クラスずつ所属しているから、各組の応援団は計三十人。まぁ、妥当なところだろう。それに、五人だと男女それぞれ二人か三人だから、思ったよりも少数精鋭が選ばれることになる。この「精鋭」が意味するところ、それが重要だ。

「誰か立候補はいますか?」

教壇に立った学級副委員長の高濱が呼びかける。その背後では、学級委員長が書記役に徹している。完全に役割が逆転しているが、二人の性格を考えればこうなるのは当然だった。
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