第14話

文字数 3,681文字

廊下にぽつねんと放り出されたわたしは、とにかく暇になってしまった。

瑞姫と立てた計画は、祐斗と二人で回って楽しむための計画だから、一人で行けば不自然で寂しい場所ばかり。

そもそも、文化祭で一人って、こんなに孤独を感じるものなんだ。

わたしは急に恥ずかしくなって、いかにもなにか役割を負っていますよという顔をしながら、胸を張って早足に歩き始めた。

肩を並べて歩く、背の高い男子二人組の背中。派手なコスプレで宣伝する、顔だけ見たことのある普通科の一年生。正面から歩いてきてわたしの横を通り過ぎた男女は、きっと彼氏彼女なのだろう。名札に「Ⅲ―2」と記されていた。

二人の背中を見送って、ふと正面に視線を戻すと、こちらに歩いてくる田島の姿が見える。文化祭で一人でいるところを、クラスメイトに見られたくない。方向転換すれば、間に合うかも。

そう思った瞬間、田島がこちらを発見した。田島も「あ」みたいな顔をしていたから、偶然見つけたに違いない。一瞬だけ目が合って、お互いすっとずらした。「俺と同じだ」って田島に思われたらどうしよう。べつに、田島がどう思おうとわたしの日常生活にはなんの関係もないけれど、田島に同種だと思われることそのものが嫌悪感を誘う。

一人でいても、あんまり目立たなくて、溶け込める場所。ポケットの中でくしゃくしゃになったパンフレットを広げて目を走らせる。視聴覚室、体育館、校庭に設置されたステージ。見ているだけで済むのがいい。ぼけっと椅子にでも座って時間を潰そう。

三か所を回って、わたしは校庭での催しを見ることに決めた。視聴覚室で騒いでいる軽音部のバンドはあまりにもうるさいし、観客も参加しなくちゃいけない雰囲気だったからパス。

体育館では演劇部の意味不明な劇が終わりかけていて、次は吹奏楽部の演奏。歌詞のない音楽はパス。

校庭は漫才とかダンスとかで、まぁ、ほどほどに楽しめそうだった。

内輪ネタの多い漫才は、わたしも明真学園の生徒だから少しくすっときてしまったけど、流行りのアイドルを真似たダンスのクオリティは学芸会に近かった。

でも、踊っている人数が多いぶん、出演者の友達がきゃあきゃあと騒ぎながらスマートフォンを掲げ、大量に写真を撮っているのが目立つ。その集団に高濱さんの姿を見つけ、わたしは遠くの席に移動しようと腰を上げた。

隅の席に空きを見つけて腰を下ろそうとしたとき、校庭の向こう側、校舎と校舎のあいだの、中庭に通じる空間に瑞姫の姿を発見した。三人組の男子と話していて、すぐに別れた。瑞姫は中庭に消えていき、男子たちは喋りながらこちらに向かってくる。なんだ、男子とも喋ってんじゃん。わたしはなぜか、瑞姫にいらだった。

曲が止まり、わたしの周囲で歓声が上がる。振り向くと、疑似アイドルたちがステージの左右へと去っていくところだった。観客たちもばらばらと退散していく。

パンフレットをめくると、十分の休憩を挟んで次が最後の演目だった。かっこつけた英語名が冠された、有志団体によるダンス。有志がこの時間なんて、本当に特定団体を贔屓してないんだな、とわたしは感心した。公演場所と時間はくじ引きで決めることになっているが、初日の最後というのは魅力的な時間帯の一つだ。そろそろ屋台や教室展示は学校が決めた終了時間になり、後片付けに入る。そうなると、お客さんの足も自然と校庭のステージに向かい、屋台や教室を運営していた生徒たちも解放されて校庭へとやってくる。

でも、校庭に出てくる生徒ってきっと、そうやって「集まって騒げる」人たちだ。わたしは本来なら、「フツー」グループの三人と一緒に教室で後片付けをやっているべき存在。窓から端だけがようやく見えるステージと、そこに集まる人を見て、「すごいねー」なんて言いながらだ。

そうするべきかもしれない。ここにいても、雰囲気に乗り切れないかもしれない。そう思いながら席を立ち、でも、いまから三人と会っても気まずいや、とわたしは足を止めた。

瑞姫に会いに行こう、と思いついたけど、きっと、瑞姫はバドミントン部の屋台を片付けているのだろう。ほかの部活の輪に入っていく勇気なんてあるわけがない。ということは、そうだ、瑞姫だけを呼び出せばいいんだ。

わたしはスマートフォンをポケットから出して、そこで瑞姫からメッセージが来ているのに気付いた。

「実果、絶対そこにいなよ。わたしもさっき知ったんだ。バド部なのにごめん」

どういうことだろう。そう聞いてみようとしたとき、さきほどの男子三人組がわたしのそばを通り過ぎていった。見たことのある顔。いつか、ラケットケースを背負って廊下で祐斗と喋っていた男子たち。バドミントン部に所属する普通科の男子だろう。彼らは談笑しながら、最前列の席に座る。

まさかね、でも、瑞姫がそう言うってことは、そういうことなのかも。わたしは隅の席に再度、ぺたりとお尻をつける。スカート越しに椅子の冷たさが伝わってくる。九月で、秋で、夕方が近づくと冷え込んでくる季節だった。

お客さんはわらわらと集まってきていた。もう立ち見も出だしている。そんなに注目を集める団体なのだろうか。そういう情報は、女子の「フツー」グループ。それも特進科の「フツー」グループなんかには入ってこない。あとから知って、苦笑いと「そうだったんだー」でやり過ごして、何事もなかったような顔をして、少し傷つく。

プー、プツッ、と、スピーカーに再生機器が接続される音がした。ただそれだけで、どこからか手拍子が起こり始める。それはまたたく間に拡大して、校舎の窓から身を乗り出している生徒にまで伝播する。わたしもおざなりに手をたたき始めた。アップテンポのイントロが始まって、上手から三つの影が飛び出してくる。

男子の大爆笑と、そこに混じるわずかばかりの悲鳴。どぎついコスプレで飛び出してきたのは、祐斗と、美晃くんと、そしてあろうことか、田島だった。見たことのない衣装で、聞いたこともない曲だったけど。たぶん、美晃くんが好きなアニメに出てくる美少女たちの服で、曲もそれに関連したものなのだろう。腰をくねらせたり、お尻を振ったり、あざといポーズをして見せるたびに観客は湧いた。

最後はアクロバットな技を見せて決めポーズ。いかにもアニメな仕草をしながら下手へと消えていく。観客のざわめきは収まらない。同じくらい、わたしの心のざわめきも収まらなかった。祐斗が? 噓でしょ? 田島が? そんなわけない。

同じアニメでも、今度は誰もが知ってる国民的テーマソングが流れ始める。出てきたのは、スーツにサングラスの三人。直立不動でステージ中央に立ったかと思うと、ロボットダンスが始まった。素人目に見ても上手い。かっこいいな、と思ってしまった。田島が中心で、ソロで踊るシーンにも、ちょっとだけ感動した。

ぴたっと止まって、演技が終わる。思わず、拍手、拍手。ひゅー、と誰かが指笛を吹くと、指笛や口笛に自信ある生徒がぴーぴーと鳴らし始める。祐斗が舞台袖に走り、マイクを持って戻ってきた。美晃くんがサングラスを外しながらそれを受け取る。

「みなさーん。楽しんでますかー?」

いぇーい。なぜかみんな、こういうときの返事は「いぇーい」だ。

「聞こえないなー? 楽しんでますかー?」

いぇーい。わたしもちょっと声を出してみる。心の中のもやもやしたものが少しだけ霧消する気がした。

「メーシンガクエン、サイコー!」

さいこー。もう少しだけ声量を上げて言ってみる。心地いい。こんなに大声出したの、いつぶりだっけ。

「じゃあ、最後の一曲いくから、よろしくー」

いぇーい。わたしは大声で叫んでみる。

流れてきたのは、さっき見た女子たちの有志ダンスと同じ、流行りのアイドルソング。今年の定番なんだなぁ、なんてどこか客観的な思考は一瞬で吹っ飛んでしまった。

飛び出してきた三人は制服を着ている。コスプレ用に売ってる制服なんかじゃない。見るからに本物の、明真学園高校の、女子の制服だった。ブラウスはいまにも裂けそうなくらい張っていて、スカートの長さは膝上よりも股下から数えたほうがはるかに効率がよさそうだ。白いソックスも、目を凝らすと筆記体のMが刺繍されている。どこで売ってるんだ、そんなの。

しかも、振り付けはオリジナルだった。オリジナルというか、全ての振り付けが元の振り付けより大げさになっている。祐斗たちの表情に貼り付けられた笑顔もちょっと歪んできている。

それでも、祐斗たちは激しく踊っていた。跳ねる汗がここからでも見える気がした。みんな、思わず立ち上がって飛び跳ねていた。わたしも全力で跳ねる。だれかが蛍光色に輝くライトを掲げている。どこで買うんだ、そんなの。

祐斗も、美晃くんも、田島も、踊る、踊る。キレのある動き、自分のすべてをぶつけている躍動感。思い切りジャンプして、スカートがめくれ上がって、いつのまにか最初の何倍かに膨れ上がっている観客の集団から、特に女子生徒から、切り裂くような悲鳴。わたしも両手で口をふさいでしまった。だって、下着も女性用だったよ。
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